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彼女と私

作者: 更紗 佳奈

ある一文から思いついた話。

 わたしと彼女の話をしましょう。


 私と彼女が出会ったのは、小学生のときでした。


 彼女は、転校生として私の小学校にやってきました。彼女は幼いながらもその美しさをすでに持ち合わせており、周りに溶け込むことはないような、そんな雰囲気でした。


 それでも、その空気にあこがれた子供たちはこぞって彼女と仲良くなろうとしました。彼女も、大人びた笑みを浮かべながらそれらに応じ、なかなかいいグループになっていたように思います。


 私はというと、特にそこに関わることもせず、日々をすごしていました。

 それが変わったのは、いつの事だったでしょうか。


 彼女と初めて話したのは、彼女が来てから一ヶ月は経った後のことでした。そのときは珍しく彼女一人で、夕暮の教室に、ひとり佇んでいました。視線が向けられているのは窓の外で、どうやら空を眺めているようでした。私は邪魔にならないようにと、荷物を取るために静かに教室に入りました。するとそこに声をかけられました。


「ねえ、待って」


 びっくりしました。これまで話したこともないのに声をかけられ、私はなぜだろうと思い、振り向きました。けれど、どうやら私に向けられた言葉ではなかったようです。何もない場所を一心に見つめています。


「いや、そんなのいやだ」


 何がいやだというのでしょう。私には分かりません。そして、ふと、彼女の頭が垂れたかと思うと、どこかあきらめた様子でこちらを振り向きました。とたんに彼女の目がまんまるに見開かれていきます。私はとりあえずこう言いました。


「さようなら。また明日」


 きっと、あの顔からして誰にも見られたくなかったに違いありません。私は何事もなかったかのようにその場を去ろうとしました。


「ねえ、待って」


 先ほどと同じ言葉でしたが、今度はしっかりと私に向けられていました。彼女の澄んだ目がじっと見つめてきます。なにかを見きわめようとしていました。


「さっきの聞いてた?」

「何のこと?」


 私がそう言うと、彼女は手を口にやって少し考える様子をみせました。時々、目があちらこちらへと動いていました。そして一度大きくうなずくと、満面の笑みで私に言いました。


「ねえ、私と友達になってくれる?」

「え?」


 そうして、私たちは友人になりました。

 

 けれど本当は知っているのです、彼女にとって私はなんのメリットも無い人間であることを。なのに、どうして彼女は私と一緒に居てくれるのでしょうか。この六年いつも考えていますが、答えはまだ出ていません、とりあえず今は楽しいのでそれでよいことにしましょう。


 高校生になってしばらくたったころ、彼女は言いました。


「ねえ、かな。こんど一緒に旅行に行かない」


 私の名前は、かなです。


「旅行」

「そう。わたしたちももう高校生になったから、二人でいっても別に問題ないでしょ」

「でも・・・・・・」

「私と旅行に行くのはいや?」

「ううん、そう言うわけじゃないけど」

「じゃあ、きまり」


 もうすぐ、夏休みです、だから彼女はそんなことを言い出したのでしょう。周りのクラスメートたちは、うらやましそうな目でわたしを見ます。そう、あたりまえですが、彼女は男女問わずあこがれの的なのです。少しだけ、優越感に浸りました。


 そして。


「一ヶ月?」

「そう、私の家の別荘で、のんびりしよう」


 驚きました。彼女のうちが古くから続く由緒ある名家であることは知っていますが、こんななんのとりえもない庶民の娘を招待するほどに余裕があるなんて。しかも。


「おうちの人、いないの?」

「そう、たまに管理人さんが来るくらい。ご飯も、自分たちで作るの」

「ねえ、本当にいいの?」

「もちろん」

 

 本当でしょうか。けれど、彼女のきれいなほほ笑みをみると、わたしは何も言えなくなってしまうのです。彼女はいつの間にか私の両親にも挨拶していて、楽しんでらっしゃい、と明るく送り出されました。


 夏休み初日、私たちは大きな荷物を持って彼女のうちの車に乗り込みました。とても大きな車で、運転手さんは私の家の前まで来るのにたいそう苦労していたほどです。私は、あまりの大きさに気後れしてしまい、すみっこのほうに座りました。すると彼女は笑って手招きをして私にくつろぐように言いました。何時間も乗ることになりのだから、と。彼女に言われるまま私は隣に座りました。


 車は海沿いをひたすら走っていきます。晴れ渡る空は眩しく、広い海はきらきらと輝いていました。私ははじめて見る景色に心奪われ、彼女もなんだかうれしそうな顔をしています。途中、休憩を挟みながら半日ほど。やっと目的地に到着しました。森の中、とても静かな場所です。都会と違って空気もきれいです。


 別荘は、京都にある天皇様の昔のお住まいのように立派なものでした。なぜこんな森の中に、と思うほどの佇まいです。こんな広いお屋敷に、彼女と私、二人きりで一ヶ月も過ごすのです。


 その日は疲れていることもあって、早く眠ることにしました。けれど、布団に入って一人でいると、やけに目がさえてきてしまいました。怖いのです。彼女が同じ家の中に居ることが分かっていても、部屋が離れているので、この世に自分しか居ないような気がしてしまうのです。


 意を決し、私は彼女の部屋に行くことにしました。教えられた部屋に向かってそろりそろりと歩き出します。夏とはいえ、ここは夜になると蒸し暑く有りません。むしろ肌寒いくらいです。むき出しの腕をさすりながら進みます。


 彼女の部屋の扉の隙間からまだ明かりが漏れていました。わたしはそっと覗き込み、はっと息を飲みました。着替え中だったのか、彼女の背中があらわになっていたのです。仄かな光に照らし出された成長しきらない細い体、その肌の白さがなんともいえず美しいのです。


 私は、動くことが出来ませんでした。


 それからどれほどたったのか、私が居るのに気づいていたらしい彼女がゆっくりと口を開きました。


「どうしたの?」

「あ、えっと」


 彼女はすでに衣服をまとっていました。いつの間に着替えたのか私には分かりませんでした。


「一人でいて、こわくなった?」


 言い当てられました。彼女はいつもうやって私の考えを読んでしまうのです。私はこのとき、常と違って、なぜかそれが癪にさわり、強く否定しました。


「違うよ」

「そう。じゃあ、どうして?」


 そう言ったときの彼女の顔はこれまで見たことの無いものでした。ただ、それも一瞬の事で、私はその理由を知ることはできませんでした。


「それは」

「こわくないのなら、なんで?」

「なんとなく」

「なんとなく?」

「そう、なんとなくったら、なんとなくなの」


 自分でも意地になっているのはわかっていますが、いまさら怖いだなんていえるはずもありません。


「そう、じゃあ、ちょっと外に出ない?」

「外?」

「本当は明日からでも良かったんだけれど」


 そういわれて、屋敷の奥へと連れられます。たどり着いた先には、庭園がありました。座るのにちょうどよさそうな石に腰掛けます。


「ほら、見て。星がきれいよ」


 見上げれば、満天の星空です。天の川がはっきりと見えます。人工の光がないからこそ、こんなに美しく見えるのです。


「きれい」


 私たちはそのまま、言葉を交わさず、ずっと星空を眺め続けました。このまま時間が止まればいいと心の奥でちょっとだけ思ったのは秘密です。



 翌日からは特に変わったこともなく、日々が過ぎていきました。もちろん、二人きりでの生活は初めてだったので最初は少し緊張しました。けれど、朝起きて、夏休みの宿題をして、ご飯を作って、時々周りの探索に出かけて。そんな代わり映えのない生活にいつしか慣れていきました。


 彼女はその見た目とは裏腹に、料理を豪快に作ります。食事は交代で作るようにしていたのですが、そのあまりの豪快さに私が作る回数を増やすことになりました。その代わりに、彼女に勉強を教えてもらいます。普段よりも数段早く宿題を片付けることが出来ました。


 そんなある日の事。彼女の様子がいつもと違っていました。


 次の日は彼女の誕生日、という日のことです。もちろん私はささやかながらプレゼントを用意して、荷物の中に忍ばせていました。


「明日、大事な話があるの」


 そう、彼女は真剣な顔をして言いました。


「ねえ、それを聞いても嫌いにならないでくれる?」


 明日で彼女も十六歳。そのことで少し不安になることもあるのだろう、と私は思い、明るく返しました。


「なに言ってるの。私があなたのこと嫌いになるはずないじゃない」


 それを聞いて彼女は、心からほっとした表情になりました。


「よかった」


 そのときは、あんなことになるなんて思ってもみませんでした。


 次の日、私は朝起きてすぐに彼女にプレゼントを渡しました。小さな石の付いたネックレスです。わたしも同じものを買っていて、彼女はそれを知るととてもうれしそうな顔をしました。


 朝食を食べ、彼女に誘われるままに屋敷を出て森の奥へと進んでいきます。


 舗装もされてない路で、迷路に迷い込んだような気分でしたが、彼女にはどこを歩いて、どこに向かっているのか分かっているようでした。


 どれくらい歩いたでしょうか。森の奥、小さな滝のそばにある、こじんまりしたお社にたどり着きました。私は息を切らし、足も動かなくなっていましたが、彼女は細い体のどこにそんな力があるのか、平然としています。


「さあ、入って」


 中に入ると、祭壇がありました。聞けば、ここでお祈りをするのだそうです。


「私の家は、古くから神様の祭祀を勤めていたの」

「今日は、私の成人の儀式」

「一人で?」

「かなと二人で」

「私も?」


 私の頭に、疑問符が浮かびました。なぜ私も儀式に参加する必要があるのでしょう。彼女の、儀式なのに。そもそも、他に見ている人も居ないのに、することに意味があるのでしょうか。


「これに着替えて」


 彼女が差し出したのは、これまで着たことのないような、巫女さんが着るような衣でした。儀式のためには、形から入るのも必要なのだと、彼女は言います。お互いに背中を合わせて着替えます。衣擦れの音がやけに耳に響いて、私は妙な気分になりました。


 着替えが終わって、振り返ります。普段は下ろしている長い髪を束ねた彼女は、凛々しく見えました。それに、私が着ているのと違い、男性用の衣のようです。彼女は私の姿を見て、つぶやきました。


「かな、きれい」


 いつもよりも低めの声でそういわれ、私の心臓はざわめきました。さっきから、私はどこかおかしくなっている気がします。


「私に合わせて礼をして」


 祭壇に向かい、姿勢を正します。彼女に合わせて、二度、三度とゆっくり礼をします。その後彼女は片手を上げ、静かに舞い始めました。音楽はありません。それでも、リズムをとっているのがわかります。その動きはとても厳かで、確かに、神様に捧げられている舞なのだと、ぼんやりと思いました。


 しばらくたって動きを止めると、再び彼女は祭壇に礼をしました。そして彼女が私に向き直りました。彼女の手が、ゆっくりと伸びてきます。その手が私の頬にそっと触れました。


 わたしは金縛りにあったみたいに彼女から目が離せませんでした。彼女の顔が近づいてきた、と思った瞬間に何かやわらかいものが私の唇をかすめていきました。彼女の、唇でした。


「え?」


 私はそんな間抜けな声しか出せませんでした。それでも彼女はそんな私にかまうことなく、私に触れてきます。


「え?ねえ、何してるの。ねえ」


 彼女は答えてくれません。そればかりか私を抱きしめます。何とかその腕から逃れようともがきますが、びくともしません。


恐い。


 それは、私が彼女に対して初めて抱いた感情でした。


 彼女はぽつりと話し始めました。


「家では、新しく子供が生まれると、性別を逆にして育てるの。成人するまで。昔は子供が生まれても、小さいうちにほとんど死んでいたから」


 それは、つまり。


「女の子じゃ、ないの?」

「うん」

「何でこんなことするの」

「ごめんね。でも、絶対かなじゃないと嫌だったから」

「何が」

「儀式の相手」

「本当は、その相手って一族に決められちゃうんだけど・・・・・・。かな以外とこんなことしたくないから」


 こんなこと、とは。


 もう私も高校生になるのです。何も知らない子供ではありません。この行為は普通、恋人同士や夫婦で行なうものです。古くからの儀式と言われて、自分の意思ではない相手とできるものではないのでしょう。


「16歳になると、大人になったということで本来の性別に戻るの。それを、神様にこうって知らせるんだ。そうしないと認められない」


 私は、言葉が出てきませんでした。何を言えば良いのか分からなかったからです。彼女、いえ、彼の感情の強さに飲まれてしまったのです。


「やっぱり、嫌いになる?」


 そう、搾り出された言葉に、私ははっとしました。だから、あの時彼はあんなにも不安そうだったのです。私は、思わず叫びました。 


「嫌いにならないよ!」


 自分でも驚くほど、そう言い切れました。それが、私の思いでした。


「本当に?」


 随分と間をおいて、彼がぽつり。合わせた瞳がまだ揺れています。


「うん」

「本当?」


 聞き返す彼に、私は自ら彼を抱きしめました。彼の体温と、少し早くなった鼓動を感じます。やはり、彼は、私と同じ女なのではなく、男なのだと、この瞬間、納得しました。


 おそる、おそるというように、彼の手が伸びてきます。私の背中にそっと添えられると、とても心地好く感じました。そういえば、こんなふうに触れ合うのは初めてのような気がします。本当は、ずっと、こうしたかったのかもしれません。


 どちらからともなく、私たちは見つめあいました。



 夏休み明け、あの長いきれいな髪をばっさりと切り、制服もセーラー服から学ランに変えた彼に、周囲は騒然となりました。嬉しいのか、悲しいのか、そのどちらもなのか、あちらこちらから悲鳴が聞こえます。

 ある友人は「やっぱりね」と言い、彼に何事か内緒話をしています。何の話をしていたのかを聞けば、「かなは天然だっていう話」と軽く流されてしまいました。



 彼には、まだ私が知らない秘密があるようですが、私はあまり気にしていません。私にとって、彼がそばに居ることが一番大切なことだからです。これからもずっとこんな風に彼がいてくれたらいい、そう願っています。

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