エピローグ
ことばの途中で彼女は倒れた。
「………。」
俺は無言だった。
対して桐原登は泣いていた。
彼が涙を流していた。
普通はありえないものをみてしまった。
しかし、それは偽りではなく本物。
彼の目からは涙が流れている。
「何故……。何故だ……。私は何をしたのだ……」
桐原登は狂ったようにことばを発する。
桐原登は崩れた。
桐原登は恐怖を知った。
桐原登は悲しみを知った……。
すると……。
「香瀬樹……。」
桐原登は俺の名前を呼んだ。
「私の敗北だ。私の負け。だから……殺してくれ」
「……。」
今度こそ同情する。
敗北と大切なものを同時に二つ無くした。
彼は今は力はない。
だから殺すべきか……。
だが……。
「残念だがちょうど弾ぎれだ。そしてお前は生きないといけない。お前には子がいる。守るべきものがある。それに……お前には夢があるだろ」
「……何を言っている……。」
「神になる。お前はずっと神と呼ばれながら神となれない自分が嫌だったんだろ。だから神にできるだけ近付けた。違うか……。」
「……。」
桐原登は返事はない。
「俺は……別にお前のために言っているんじゃあない。桐原夏子のためだ。彼女はどうやら最初からこうなるとわかっていたのだろうな。バカをやっていた俺たちの責任だ最後まで面倒をみるべきなんだ。」
彼女は俺たちに未来を見て生きろって伝えたかったんだろう。
だから……。
「生きないといけない。どんなに汚れていようと……いやになっても」
「……。ふん。ふっふふふ。」
急に狂った様に笑いだした。
「なるほど確かにきみと私は戦う運命だったのかもしれない。そして、この敗北も決まっていた。だが……あの絶望の状態で……傷だらけの体で立ち向かってくることができた。」
確かにボロボロだ。
体の臓器はいくつか破裂した。
吐血の量もかなりのもの……。
肩も折られている。
けど……。
「何が起きたかなんてものは今見たものすべてだ。俺はこの先にある未来を感じて未来を見た。ただそれだけだ……。」
なるほど……。
桐原登は呟いた。
力はない。
「俺の勝ちだ。」
「あぁ。」
力なくうなずく。
「もう去け……。この勝負は実在して……この勝負は実在していない。この先にきみと私が出会うことはないだろう。」
そういうと桐原登は夏子の体を抱き寄せる。
俺はそれを見ようとはせずにその場を立ち去った。
「……。」
桐原登は一人この夜の下に立ちすくむ。
「………夏子。」
最愛のひとの名を読んだ……。
返事はない。
返事は返ることはない。
彼女は死んだ。
自らを犠牲にして私というものを助けた。
何故だろう。
なんで助けたのだろう。
そんなのわかっていた。
前々からずっと彼女に言われたことば……。
「私はあなたを愛してます。あなたがなんであろうと。」
それが彼女の意志。
私には今までなかった暖かさ。
唯一感じた暖かさ。
「ふっ……。」
微笑した。
「ははっ………夏子……ありがとう。」
暗闇の中でそういった。
感謝のことば。
ありがとう……。
ただそれだけだが……。
千の意味をこめた。
感謝のことばを……。
「はぁ……くっ!」
口から大量の吐血。
これは何度目になるのだろうか。
たぶん既に致死量の血を流した。
目が霞む。
「ははっ…………。少し頑張りすぎたか?」
自分で自分を笑った。
死か……。
二度目に感じる死の予感……。
さほど恐くわない。
このまま死んでもなんら苦もなくそのまま逝けるだろう。
…………。
が、……ありらめきれない。
これからが俺の生きる世界。
だから長い階段を降りる……。
ただ降り続ける。
しかし……。
足が止まり。
倒れる。
あぁ…………。
これが……………死か。
「何寝てんのよ?」
女の声が聞こえた。
無音の空気に女の声が流れた。
「アィディー…………か。」
彼女の名を読んだ。
「おめでとう。勝ったのね。」
「あぁ………。」
「これがあなたが予想した未来なの。」
彼女は聞いてくる。
これが俺の未来かと。
未来なんて予測したところで完璧にわかるものじゃあない。
桐原夏子の死。
あれは少なくとも予想できなかった。
だが……。
「悪くない。悪くない結末だ。」
はっきりとそう答える。
「そう。あなたが死んでも?」
彼女は問う。
俺は死ぬ。
死ぬ。死ぬ。死ぬ?
「……………。」
「死が恐いかしら。」
「いや。死を感じることは恐怖とは違う。すべてを思い出し、忘れるだけ。」
「そう。それでもいいの。」
「……………。」
そんなの…………。
そんなの…………。
「ダメに決まっている!!」
俺ははっきりといった。
対してアィディーは頬笑んだ。
「そう。あなたは生きるわ。」
そういうと彼女は俺の体に触れた。
その瞬間。
辺りを照らしあげる光に包まれる。
「なっ……なんだ。」
光の中。
突然の光に驚きを感じる……。
そして、体の細胞が急激に回復をしていくのがわかった。
「こ……これは。……………。」
「私にはそもそもヒーリングの力なんて無いの。だって存在の無いものに治癒能力なんて意味無いでしょう。誰にも相手にされないんだから。」
哀しげに彼女はそう言った。
「なら………。」
これは…………。
「セシカとは誰にでも存在の意を見いだせないわけではない。あなたのように世界のすべてを予測、感じることのできるもの、桐原登のように不可能が無いものには私は存在するの。そして……。」
彼女は一度、空を見上げた。
そして再びこちらを見向き。
「私にはExtraordiary Death lineの監視の役目があった。それはセシカであるものの役目。そして………あなたを守のも………その一つ。」
彼女はそういうと笑う。
笑顔でただの人間となんの変わり無い笑顔で…………。
笑った。
「……………。」
嫌な予感がした。
つまり。
「アィディー………。」
俺は彼女の名前を呼ぶ。
彼女の体は少しずつ消えかかっている。
「私はもともといないもの。だけど私はあなたの中で生き続ける。」
そういう。
そして………。
消えていった。
消える直前にありがとう……。
そう言い残して。
「……………。」
最後の最後まで笑顔で……。
「何が………ありがとうだ…………。ありがとうは………こっちの台詞だ。」
俺は空を見た。
綺麗な夜空の下。
俺は笑った。
いつまでも続く長い夜の下で。
「ほら。しゃきっとする。」
隣に優花がいて登校している。
いつものように世話を回す優花。
「まったく……。今日が登校最後の日だからしっかりしないと。」
優花はそう言う。
優花が言う通り今日は高校最後の日。
「まじめに勉強にスポーツをがんばるようになったかと思えば結局は樹は樹か……。」
「あたりまえだろ。」
「あぁ、こんな話している場合じゃあないの!樹が遅いから間に合わないじゃあない!卒業式に遅刻ってやばいでしょう!!」
「お前から話掛けてきたんじゃあないか。」
当然のように愚痴を飛ばす。
「ほら!そこ!いいから走る!!」
こうして朝から走って登校となった。
学校につくと既に大勢の人が集まってた。
どこもどうやら思い出話に盛り上がっているようだった。
「ふぅ。きりきりセーフね。」
「なんだ?きりきりセーフって」
「ただ濁音を取っただけでしょう。気にしない。」
そんなどうでもいい話をしていると。
「おはようございます。樹くん。」
春木さんがやってきて声をかけた。
「あぁ、おはよう。朝はやいね。」
「それは樹くんが遅いだけですよ。」
春木さんは笑って言う。
今の春木さんは正真証明にただの人間。
桐原夏子が死ぬ前に治療が完成して治っている。
彼女は以前よりも明るくなった。
そして………。
「ちょっと春恵。仲良く話してんのかな?」
「あら優花。仲良く話しちゃ、何かいけないことでも?」
なぜかこの頃の二人は仲が悪い。
他のやつに理由を尋ねると全員揃って『お前……バカだろ。』と言ってくる。
意味がわからない。
すると……。
予鈴が鳴った。
「さてと、早く式場まで行くか。」
そして高校最後のイベントが始まった。
帰り道。
空を見上げた。
青い。
どこまでも続く綺麗な空間。
雲一つとしてない。
俺はこの風を感じることができる。
俺はこの空気を感じることができる。
俺は世界を感じることができる。
これが俺の生きる世界。
桐原登という神と呼ばれるものとの戦いより見いだして…………。
アィディーによって生かされた世界。
あぁ、ここの風は気持ちがいい。
俺は目を閉じて感じる。
すべての心。
すべてのもの。
「あっ!樹!」
「樹くん!」
優花と春木さんの声がする。
呼ばれている。
俺はこの世界に生きている。
ありがとう。
俺は感謝のことばをつぶやいた。
えー。読まれた方にまず感謝です。大変長かったと思われます。最後まで読んでいただけた方は大変ありがたく思います。山中はこれからもたくさん小説を書いていくので読んでいただけるとうれしいです。




