第六章
恐怖心。
それは人には誰にでもあるもの。
自分の上に位置するものがいるとすれば人はそれに恐怖を抱くもの。
自分の上を知らないうちはまだそれを覚えない。
しかし、人にはかならずと言っていいほどに上がある。
もし無いとすれば神様のような万能で全能のいきもののみ。
恐怖を覚えると人の鎖となり縛り付ける。
朝となり目を覚ます。
目を覚ますが体が思うように動かない。
それは昨夜の震えが今だに止まらないでここにあるから。
あれは……。
桐原登は確かに人のものではない。
人の次元ではない。
確かに神。
もしくわ……。
悪魔と言うべきかもしれない。
アレはまさしく全能で、人の皮をかぶった何かべつの生きもの。
思い出しただけで腕が震えている。
俺はなんてことを思っていたのだろう。
桐原登を倒そうだなんて……。
あんな化け物を相手にしようなんて……。
今ならできるなら戦わなくてすむ道を選びたい。
確かに無様。
無様でとても無様で情けなく、情けないけど、アレとやり合うほど馬鹿ではない。
プライドなんてあったものじゃあない。
けどただ俺には無理である。
それだけだ。
俺はふらふらとした足取りで外に出ていた。
制服に着替えているが……学校に向かっているわけではない。
今、学校に行くような気分ではない。
むしろ、たくさんの人が集まるような所へ行くことができない。
気が気でない。
頭で思っていることと行動するものが違っている。
動転して制御が効かない……。
まるで操られている人形のようだ。
そして俺が向かっていた先は……。
協会。
街の外れにある誰も来ないような協会。
あの日、春木さんと戦った場所。
シスター……桐原夏子と出会った場所。
何しにここに来たのか……。
わからない。
ただ向かった先がここである。
俺は何かをまだやろうとしているのか?
わからない。
わからないけど、とにかく何かがあるのだろう。
変わらず重い足取りで協会の扉を開けた。
錆付いた金具の擦れるような音がする。
協会の中はこの前と変わらず外の光を室内まで照らさせる。
入ると間もなく奥から修道服に身にまとった桐原夏子が出てくる。
「あなたですか。どうやら生きるのに疲れたように疲れ切っていますね。」
夏子は近づいて来てこちらの表情をうかがう。
生きるのに疲れた。
生きること。
それにどんな意味があるのだろうか?
その意味がわからないとするなら生きる意味が無いということだろう。
そして……今の俺にとって生きる意味を見いだせない。
想像できない。
考えられない。
予測できない。
そして、つまらない。
すべては……。
桐原登という存在を知り……。
桐原登に自分のすべてを飲み込まれた。
恐怖を埋め込まれ。
絶望を埋め込まれ。
不安を埋め込まれ。
死を知った。
「その様子を見るとあの人と出会ったようですね……。」
夏子は静かな口調で語りだす。
「あの人は確かに全能であるでしょうね。だから人がそれを知れば格差を知る。すべてが完璧な人間なんていない。ゆえに……」
「神……。」
ぼそっと呟くように口にする。
「どうやら……そうとう思い知ったようですね。人というものの小ささ。いえ、自分の弱さと言ったほうがいいですかね。しかし、それが普通です。」
「……。」
世界のすべての感覚。
すべてを知り、すべてを予測する力……。
予測していても止めれない暴力。
その前では己の弱さは見え切っている。
「シスター……。神ってなんですか?」
「神なんていませんよ。そんなもの存在しない。」
「けど、俺はこの目で神を見て、神を知りました……。」
「あの人は神なんかではありませんよ。あの人は神でもない。かといって悪魔でもない。そして人でもないんです。」
「……神でも悪魔でも人ですらない?」
シスターの言っている意味がわからない。
「理解しがたい話でしょうがあの人は神でも悪魔でも人でもない。しかし、最初はただの人でした。ただ全能であったことを除けば……。しかし、全能。全てが完璧ということは回りが彼を称え。称え。称えていき……。いつしか神と呼ばれる存在となった。それと同時に彼はたくさんの刺客に目を付けられる。戦い。戦い。そして殺して、殺し続けた先には何も存在しなかった。そして人という枠を外れて人を忘れ、神にも悪魔にもなれずにいる。それがあの人……桐原登。」
「……。」
ありえないくらい現実を離れた話。
だが、あの桐原登というものを見れば何があっても不思議ではない。
「彼はある意味きみみたいな人を望んでいるのかもしれない。」
「……。俺はどうすればいいんですか。」
「あなたが何かして彼が変わるとしたら戦って示すしかない。けど、あなたなら私なんかよりもわかっているはずよ。世界の流れを知っているのはあなただから。」
「……。でも、戦ったところで結果は見えてます……。」
「それはあなたが読み取るときの流れかしら」
「いえ。俺が思う心です。あの人に勝てる人なんて存在しない。それこそ神であり悪魔でなければ。」
「そう。なら一つ話をしましょうか。あの人は今は人を殺せないんですよ。」
シスターのことばにくびを傾げる。
「人を殺せない?」
「そう。あの人は神でなければ弱さもある。その弱さは心。次期に自らの手では人あやめられなくなった。だからあの人は神と呼ばれる地位からたくさんの駒を集めている。事実上彼らがあの人の腕。もし、自らの手で人を殺すようなことがあったら……。それは神か悪魔となることかもしれない。彼はまだそれが恐がっている。彼にだって恐怖はある。」
あの化け物に恐怖がある……。
そんなのうそのようにしか聞こえない。
しかし、どうやらここで立ち止まっていてもしかたがないようだ。
俺は昨日一度死んだようなものだ。
一度死んだ命……かまいやしない。
俺にとって桐原登との決着を着けないとどうやら生きる意味も無さそうだ。
「いい目になりましたね。」
「あなたは桐原登を止めないんですか?」
「あの人は私のことを既に忘れてしまっている。あの人にとっての世界の価値は自らの状態にあり、神になりきることで生きている。しかし、恐怖を捨て切れずに神になるのを留まっている。そんな不安定なあの人をどうにかしてあげたい。別に破滅でもいい。今のあの人には未来が見えないんですよ。」
未来が見えない。
それは……。
俺と同じ。
破滅に導くか、それはあるべき未来を読みとり支配する。
「ありがとうございます。」
俺は決意を決めてシスターに礼をする。
「いえ。大したことではないです。」
「そうですか。あと気になってたんですが、その子はいったい?」
俺はシスターがずっと大事そうに抱き抱えている小さい赤子を見ていった。
「この子は朱氏。まだ生まれたばかりの子よ。あの人と私の二人目の子。」
「……。」
俺は上からその子の顔を見つめる。
生まれたての子供は強い目の輝きを持ち力強いなにかを兼ね揃えているような気がした。
「この子はきっと強い子になりますよ。」
「そう?あなたが言うとそうなのかも知れないわね。」
「それじゃあ、また。」
俺はそういうと背を向けて再び協会の扉を開けた。
協会の扉からでると予想外に人と出会った。
「あれ、樹くん?」
それは春木さんの姿であった。
「春木さん……?今日は学校は」
「見ての通りさぼりです。」
春木さんは同等と言い切る。
優等生である春木さんが学校をさぼるのは、また妙なもので俺がさぼるのとわけが違う。
「最近よくさぼってるね。大丈夫か?」
「よくって言っても二回目よ。私なんかよりも樹くんのほうがずっと危ないんですから。心配しなくても大丈夫です。」
確かにそうだろう。
俺は所謂遊び人だ。
気分によって普通に学校をさぼるし学校にいってもやる気を出さない。
正直に単位の問題はやばかったりする。
「でも……まぁ、自分がやりたいようにやって何がいけない?」
俺がそう言うと春木さんはクスッと笑う。
「別に何も悪いとは言ってないですよ。樹くんらしくていいんじゃあないですか?」
「俺らしい?」
「そう。後先とか何も気にしてない自由気ままな人生です。」
「……。」
バカにしているのであろうか?
どうもバカにされている気がして否めないのだが……。
「そんなことより、樹くんは何でここにいるの?」
話を切り返す春木さん。
「いや……。シスターに会いにね。」
「桐原夏子にですか?どういった用で?」
念入りに問いただしてくる春木さん。
桐原登に会ったと言うべきか迷ったが……こうなったら隠す意味もない。
「昨夜……桐原登に会ったんだ。」
正直に話す。
「この街の中心の路地裏で……。正直、認識違いだった。神なんかいないとか、そんな固定概念があった。でも、確かに俺は人としてあの化け物を見ることは無理だったよ。恐怖で震えて何もできなかった。」
無言で俺の話を聞く春木さん。
俺は自分の腕を見せていう。
「ほら思い出しただけで手が震える。あいつは俺を食ったんだ。」
「……。それで……。」
短く春木さんが問う。
「それで、あなたは……どうするの?」
単刀直入に聞いてくる。
これから……。
これから、どうするか……。
そんなの決まってる。
「はっきり言って……最初は俺が勝手に狙われて殺されそうになっていると思っていた。けど……」
だけど……。
「それは違った。桐原登。確かに歪んでいる。けど、あいつも別に間違っているわけじゃあない。すべてはこの身のため……。数えきれない犠牲をだしても自分を守る。間違っているようだけど、たぶんほとんどの人がそうする。俺も生きるために人を殺した。」
だから……。
「俺はあの神か悪魔の存在を尊重した上で……」
間を少し空けた。
息をすいこみ。
「もう一度戦う。」
そう……はっきりとのべた。
「……。」
それに対して春木さんは……。
「勝てますか?あの神に……。」
難しい顔つきでそう述べる。
「勝てない。勝てる。そういう概念の勝負じゃあない。こうしないと俺はこの先に意味を見いだせない。そして、桐原登も……。」
「そうですか。正直……桐原登には私も因縁があります。セシカとして駒にされたこと。けど……今回は樹くんに譲ります。」
「本当にいいのか。」
「はははっ、はっきり言うと自身がないんですよ。あの神に勝てることができるか。勝てる、勝てない。そんなものじゃあ無い。樹くんはそういったじゃあないですか。私は樹くんの戦いを見るだけですよ。」
俺は無言で聞き入れ無言で頷いた。
「ところで……」
俺は一休みいれて口を開く。
「そんな春木さんこそここに何しにきたの?」
まさか本物のクリスチャンとかそんな落ちはないだろうが。
「私も桐原夏子に用があってね。」
「シスターに?」
「そう。私には桐原登に貰った力はもういらないの。セシカから人になるときの条件……。けど私はこの力は不要。だから桐原夏子に頼んで消してもらうの」
セシカ……。
存在しない存在。
ここにあるが、ここに無い。
それはイコール存在の価値を得ることができない。
だから、人をめざす。
その代償で登と契約したときに与えられた異常な体質。
強化された肉体。
今の春木さんはまさにいまそういう状態。
「もう、戦う必要ないですしね。私は樹くんの言われたとおりに普通に生きるわ。」
「治るのか?」
「さぁ。でも桐原夏子はもともとは桐原登に並ぶ科学者。今はわけあって協会のシスターしているようだけど、たぶん彼女ならどうにかしてくれるでしょうね。まぁ、ただ一ヵ月くらいは体中に激痛が起こるでしょうね。」
「……。」
「とにかくです!」
春木さんは大声をきる。
「生きて還ってくださいね。では、これで……。」
春木さんはそう言うと俺の横を通り過ぎる。
後ろで協会の扉が開く音が聞こえる。
生きて還ってくる……。
まるで戦争にいく気分だ……。
いや……相手は人じゃあない。
神退治と言ったほうがいいのだろうか。
まぁ、とにかくだ……。
「刻の流れるようにやるだけだ。」
独り言を口にする。
そして一息入れて街のほうへ戻った。
家の近くに帰りついた頃には、すでに太陽は少し傾いていた。
最近は日が傾くのが早く感じる。
「はぁ……」
肩の力を抜くように息を吐く。
すると反対の道からこちらにやってくる一人の少女を見つける。
「おぉ。こんにちは、優花……。」
「あら、樹じゃあない。こんにちは。」
「学校帰りか。」
「そう。そう。今日は国語の小テストがあって……。」
「ごくろうさま。じゃあ、またな。」
「えぇ、また。」
俺はそう会話をしたあと平然と優花の横を通り過ぎようとした。
が……。
「って!!じゃあまた!じゃあない!!!」
隣に来た瞬間バッグで後頭部を叩きつけられる。
痛い。
普通にめちゃくちゃ痛い……。
この女は手加減と言うものを知らないようだ。
「おい!お前!!なぜ学校休む。なぜだ!」
幼なじみをお前扱いする優花。
しかも、さっきから大声で叫んでいる。
「早く言え!じゃあないと打つぞ!いや……殴るぞ!」
「言っても殴るだろ。」
「なに!?私の心が読まれただと!?」
「……。」
なんでやけにハイテーションなのだろうか。
「ふー。いいから落ち着けって。」
深呼吸を一回入れて優花は俺にそういう。
「いや……お前が落ち着けよってつっこみはなしか?」
「それにいたってはノーコメントよ。」
「……。」
いや。ノーコメントされても困るのだが……。
「まぁ、冗談はさておき……。」
急に顔色を変える優花。
できるなら最初からまじめに話してくれればいいものを……。
俺は内心そう思う。
「それで、最近よく休むからなんか変だと思っていたけど……。何かあったの?」
さすがは伊達に幼なじみなだけはある。
しかし……。
優花は一般人。
話をするわけにはいかない。
「気のせいだろ。休むのはよくあることだよ。」
「でもね!?」
優花は何か言おうとしたが口を止める。
「いいから。明日からはいつもの俺に戻っている。心配するな。」
「……。」
「明日からがはじまりとなれるように今からがんばってくるよ。」
俺がそういうと優花はくびを傾げる。
「それじゃあ、またな」
俺はそれだけ最後に言ってその場を後にする。
優花から離れて空を見上げる。
「暗くなるのが早いな……。」
いつのまにかうっすらと暗くなる空を見上げてそうつぶやく。
寒く……異常に静かな夜だった。
あたりは人影が無い。
まるで廃棄された街。
捨てられて誰もいなくなったような後のような。
そんな感覚。
実際にはコンビニ、その他の店の灯りはついていて、ついているということはもちろん人がいて営業中ということになる。
しかし、今の香瀬樹にはそんなもの目に入らない。
入れようとするのではなく……。
入らない。
感覚が研ぎ澄まされている。
あたりに散らばる街にいる人間の数の動作を読み取れるくらいに異常な集中。
はたから見れば、それは気があるかどうかわからない呆然とした人に見える。
しかし、逆だ。
今の香瀬樹という人間は一つのことしか頭に入っていない。
「……。」
風が吹き抜ける。
静けさの中を一風として駆け抜ける。
その風にどれだけの意味があるのだろうか。
それは、ほとんどの人にしてはほんの些細なことですぐに忘れてしまいそうな一瞬の出来事。
その風に込められた思い……または意味。
そんなものは初めからない。
それは、すべてのものにも言えること。
形あろうとなかろうと……。
存在してしまえば、それは存在する。
しかし、その存在に意味をなせるのは十億分の1。
いや……もっと少ないだろう。百億分の1といったところだろう。
世界には意味あるものなんて少なすぎる。
価値があるものなんて数が知れている。
たぶん……香瀬樹という存在は意味の無いもの。
いや……意味がなさすぎて消滅しかけない存在。
だが……。
そんな存在でも意味をなすとしたら一つ。
神を裁く……。
それが可能とする数少ない存在。
いつのまにか突然変異で手に入った感覚の力。
Extraordiary Death lineと呼ばれる力。
その力があるかぎり香瀬樹はすべての感覚を超越できる。
彼に読めない思考回路、電磁波的な電子、光の早さはない。
無論。
それが神の思考でも神が繰り出す攻撃でも読み取ってしまう。
読取りさえできれば、後は考えよう。
裏をついて倒すこともできる。
ある種において最強の部類に入る。
しかし、神の前ではそんな簡単にいくものでは到底なかった。
それが前回。
前回に置ける戦いで彼は格の違い身に知る。
当然……アレを見せられた後で二度目を挑のはこの世に一つとしてありえないだろう。
しかし……。
香瀬樹という少年には特別な力があるように特別な感情があったと言えよう。
もしくはただの間抜けなのかも知れない。
……。
雲がなくなり空には月が高々と上る。
空に月があり、それには意味が無いように。
地にいる香瀬樹もそこにあって意味は無い。
そもそも……この世界は意味があるのか。
街の中心をひたすら駈け走っていた。
人混みなんて気にしていない。
ただ、あの感覚の出所を追った。
中央通りから裏の小道に入る。
それから、まだ走る。
走る。
走る。
そして捕まえる。
足を止めて辺りを見回した。
鳥居。
目の前には神社の鳥居と上へと続く長い長い階段。
実際に長いかどうかはわからないが少なくとも今の俺にはそう感じる。
人息いれる。
そして、一歩を踏み出した。
その時。
「ずいぶんと急いでるわね。」
鳥居の影から声が聞こえる。
「アィディーか。なんのようだ……。今は見てわかると思うが、こっちは忙しい。」
そう言うとアィディーは俺の前へと姿を現わす。
「わかっているわ。」
アィディーは速答する。
表情はいつもの嘲笑うような微笑した笑顔。
「わかっているなら、そこをどいてくれ。」
「そんなに急ぐ必要はないわ。夜はこれから……。あなたにとっての始まりは私。もし、これで終わりになるとする前に話があるわ。」
「……。」
一瞬思考する。
そして口を開く。
「わかった。俺も話がある。」
「そうでしょうね。もともとこの戦いは不完全なものだった。ルールが曖昧すぎると言ったほうがいいかしか?」
そう……。
俺とセシカと桐原登。
今回の事件は曖昧過ぎる……。
まず一つに……。
「結局、セシカというものはなんだったのか。そもそもセシカであるはずの春木春江。彼女は俺のクラスに存在して俺以外の人間もその存在を認めていた。もし、セシカが存在を否するものなら矛盾が生じる。」
「確かに。そもそもセシカの話は矛盾だらけ……。人になるためだけに戦うなんて異常よ。けどセシカは確かに存在はないの。」
「……。自分でそれが矛盾と言っておきながら肯定するのか。」
「そうよ。そこはあってるの。その話はあっている。間違っているのは別の点。」
アィディーは淡々と話を勧める。
そしてクスッと口元だけの笑みを浮かべる。
「なら何が間違っているんだ……。」
「そんなこと決まっているじゃあない。セシカは私だけ。アィディー、理由の無い存在だけだから。」
「はっ………!?」
意味がわからない。
なら……。
「他のセシカは何だっていうんだよ!」
「セシカは12名。しかし本当にセシカなのはひとり私だけ。つまり残りのセシカと呼ばれているものは桐原登によって集められた仮染めの存在。」
「………。」
意味がわからない。
露河はセシカではない?
春木さんはセシカではなかった?
ありえない……何故なら
「本人達は……自らのセシカを認めていたんだぞ!!」
葛藤して大声を出した。
「落ち着いて……。本人達が認めているのは自らがただの人間ということすら知らないの。」
自らのことを……知っていない?
「どういうことだ………?」
「そのままの意味。あの子達は産まれながら心が弱かった。だから人と馴染めないで一人を続けてきた。そこを桐原登は施行工作して彼女、彼らに人との交わりのない世界をつくりあげる。そして心が弱くなったところにおまえはセシカという存在だと知らせれば仮染めは誕生する。本当はただの人間と知らないで……自分をセシカと疑わない完璧なセシカ候補。」
「……。ありえない!」
怒叫する。
「落ち着いて。」
冷静にアィディーは述べる。
しかし……。
落ち着いてられない。
「話は続きがあるわ。」
アィディーはこちらのことを気にせずに続ける。
「しかし、それではただの人。だから桐原登は力を与えたの。力は人によって個人差が出た。あなたならわかるでしょう?露河渡と春木春恵のどちらが強いか弱いかくらい。まぁ、二人とも常人じゃあなくなった。つまり強化人間。いいように従う桐原登の駒が完成するの。」
強化人間?
駒?
ありえない……。
「でも……あなたの前に現れたセシカは2名だけ。つまり……。」
一旦間を開ける。
つまり……。
なるほど……はっ、ありえない。
「完成せずに死んでいったセシカの数9名。セシカの数12名とはオリジナル1名。完成した仮染めが2名。未完成、死んでいったもの9名を合わせた数だったの」
ありえない。
ありえない。
ありえない。
そもそも考えが馬鹿げている。
「ありえないと思うけど……桐原登のすることは間違ってはいない。自分が自分のことで必死になり悪いことではない。彼なりの考え……。それが今の結果となる。」
「……。」
悪いことではない。
必要ならば人を殺す。
これはある種の覚悟。
一歩踏み入れた覚悟。
しかし……。
「気に入らない。」
気に入らないんだ。
「感に障る。」
目障りだ。
「自分の手じゃあ人一人殺せないのか……。」
「……。やっぱり戦うの彼と」
アィディーが問う。
「……。初めは何も感じなかった。けど今は桐原登との因縁めいた何かを感じるよ。だから……それをなくしにいくだけだ。春木さんにも言ったけど、勝つか、負けるかじゃあないんだ。ただあの男にわからせてやるんだ。」
「へぇ……。」
少々意外そうな顔をアィディーはする。
「わからせるって何を……?」
「アイツが間違っていることをしているのか、合っている事をしているのかなんてものは正直わかんない。だから、ただ俺と言う存在をたたき込むだけ。価値なんて……。意味なんて無いけど……。ただ……そうするだけだ。」
「意外……。ずっとあなたを見てきたげど、まさかそんなこと口にするなんてね。やっぱりあなたはおもしろい。見ていて飽きないわ。さて……。長話しも、これまで行きなさい。」
そういうと目の前からアィディーはどく。
「あぁ。」
俺はうなずいた。
うなずいた後全力で階段駆け上がる。
一歩、一歩と近づくにつれて異様な感覚に攻められる。
プレッシャー。
対峙すらしてないのにここまで圧力が加わる。
しかし、止まりはしなかった。
長い階段をただ登る。
駆け上がる。
長さあまりに止まろうとするが……止まらない。
駆け上がる。
駆け上がる。
ただ……。
アイツの所まで行くために……。
全力で……。
必死に……。
ただの階段が永遠に続く境界線のように感じるが……ただ駆け上がった。
「はぁ、はぁ、はぁはぁ。……。」
そして……最後の一段を踏みあがった。
「……。」
息切れして体力を使ったが……。
そんなの関係なかった。
俺は神社の前でたたずむ一人の男に一歩近づいた。
月明かりが世界を照らしている。
月明かりが地を照らす。
月明かりがこの場を照らす。
これは実際月による光でない。
これは、あくまで太陽の光である。
月はもともと発光体なんかではない。
別のものに頼り切ったもの。
オリジナルでもアレンジでもない……。
ただの借り物。
しかし、いかにも月が光を出している。
そして、おそらく子供たちはあれを月の光と呼ぶ。
こうなるとオリジナルでもアレンジでも借り物でもなんの変わり無い。
これが認識。
つまり、人のうえに立つのなら何かの力を利用する……。
それが基本。
たくさんのものを利用して踏み台にする。
しかし……。
いいかげん踏み台にされるのには飽きた。
自分の道をいく。
「桐原登……。」
背を向けてたたずむ一人の男の名を呼ぶ。
男は反応しない。
無言の時間が過ぎる。
「……。」
「……。」
あたりに音は一つ無い。
ただあるのは緊迫のある空間。
「樹くん。何故また私の前に現れた。その行動に意味はあるのか……。」
空気を切るように桐原登は口を開いた。
「意味はない。」
速答で断言する。
「ほう。だが私は忙しい。用がないなら帰ってくれ。」
「恐いのか……。桐原登。」
俺は桐原登の背中を見据えていう。
「恐い?ふっ……。前回で私はきみに勝っている。恐いわけないだろう。」
肩で笑う桐原登。
「だろうな。だが……俺が聞いた意味は違う。俺は『人殺すことが恐いのか』そう聞いたんだ。」
「……。」
一瞬、桐原登の体が反応する。
反論はしてこない。
「人を殺すこと……。それは悪いか悪くないとかそう言う問題じゃあない。たぶんおまえは自分が殺したという責任を感じるのが恐いんだ。」
「……。ふん、わかったような口を聞く。私のことなんかわからないだろ。きみのことが私に理解できないのと同じできみに私の何がわかる!」
葛藤する桐原登。
そして要約こちらに顔を向ける。
「ちょうどいい。きみは未来の私になりかねないほどの逸材だ。私の話をしてあげよう。」
そう言うと話を語りはじめる。
「私は全能である。それはきみも知っていることだろう。全能とはすべての能力が極。それは簡単に言うと最強を意味する。ゆえに幼いころから神と讃えられた。しかし……。それは良悪言えば悪かった。人は上をめざす。きみにもわかるだろう。金持ちになったら権力も欲しくなる。権力を持てば強い肉体。永遠の命。できるなら上。目指すなら上。上へ。さらなる高みを目指す。上に、強く。より完璧に……。」
極端ではあるが桐原登の言っていることは理解できる。
人というものはそういう生きものである。
まわりなんか見えなくなり狂ったように力を求め、力を奪う。
「私としてはその認識はよくわからないが、そのせいで私を狙う輩がたくさんいた。最強。神たる私を殺せば神は自分となるとでも考えたのだろう。私はたくさん戦った。戦って、戦って、気の遠くなるほどの戦いをした。それと同時に……。」
桐原登は間を少し空ける……。
その後に物凄いプレッシャーを感じる。
この場から逃げたくなるような圧力。
「殺した。殺した。この手で殺した。この右には何千の命を殺し。この左には何千の命を奪う。殺した。殺した。戦って!殺し続けた……。解るか!?きみには!!私は殺しにはうんざりだった。しかし、自らを守るためだけに、ただ殺した。解るものか。解られてたまるものか。私はだから駒を用意するようになった。私の代わりに殺しをしてくれる物達。」
重い過去。
血塗られた過去。
それが示すのは未来のない希望。
桐原登は事実上死んでいる。
あれはただの脱け殻だ。
もはや自らの信念なんてものはない。
しかし……。
「………かよ。」
小声でつぶやいた。
「ん……?」
「……るかよ。」
「何を言っている。」
桐原登は問いてくる。
「そんなこと!解かるかってんだよ!!」
ただ大声で叫んだ。
そんなこと解るはずが無い。
俺は桐原登ではないのだ……。
解らない。
殺し続けて生きていく、その意味なんか知ったことではない。
ただ……。
「おまえの前に俺が現れたってことは戦いに来たんだよ。てめぇの事情なんて話してどうする。同情でもして欲しいのか。なら同情してやるよ。変わりに俺が殺してやる。殺すのが恐いから他人に変わりに殺させる?はっ、バカをいうな。ありえないことをいうな。どれだけへたれなんだよ。べつに理由がなければ何もしてはいけないとか、そんなルールなんてないだろう。自分がそう思う。そう感じたからそうする。殺しに意味なんてそもそもないんだ。そんなことなのにいちいち迷ってるんじゃあない。俺はただお前を殺してやる。」
そう意味のある殺しなんてない。
戦闘防衛?
敵討ち?
それは殺しの意味じゃあない。
それはただのいいわけである。
殺しに理由はない。
理由なんていらない。
「……。」
桐原登は予想外といった顔をする。
そして……。
「ふっ、……ははっ、はははははははははっ!」
高々と声を出して笑う。
「ははっ……。なるほど、それがきみの感じる殺しの定義か!?おもしろい。実に非常におもしろい。きみは悪というものかも知れない。ためらいなく殺しができるもの。私が殺しができない……殺しを批判する神とすれば、きみは当然のように殺しを肯定する悪魔。いいだろう。私もただ鎖に縛られていたのだ。思う存分……。」
桐原登は間をとった。
そして……。
「殺し合おう。」
「殺し合おう。」
二人の声は一致するように合わさった。
そして再び間が空いた。
一瞬。
二人は止まったが……。
同時に地を蹴った。
思考の読取りは0コンマ3秒で相手の十秒先をも予測することができる。
桐原登の悪魔のような腕に殴られれば失神。
よくて骨が飛び散るものの意識が残るくらい。
つまり、当たってはならない。
予測。
回避。
桐原登の攻撃は音より悠にはやい。
いや、以前は力の読み間違いで負けている。
つまり今考えている十倍はある。
けどその能力を踏まえて避ける。
桐原登の拳が飛ぶ。
間合いは四メートル。
振り切られた腕を0コンマ2ミリで避ける。
しかし……。
その後にやってくる突風……。
人振りするだけで台風並の風力。
体が中に浮く。
その瞬間に二つ目の拳。
無理のある態勢で辛うじて避ける。
着地と同時に7発。
「っ!」
しかし、それも躱すことが可能。
「ほう。どうやら先読みとはかなりの物らしいな。私の力を計算に入れることができるのか。」
淡々と喋る桐原登。
まだまだ余裕があるようだ。
一方……。
俺は桐原登と間合いをとる。
「はぁはぁ、はぁはぁ」
息があがる。
体に無茶な行動をしたからだ。
それにプラス一撃も当たることができないプレッシャーが体力を奪う。
「どこまで粘れるか……。」
そういうと桐原登は接近してくる。
一秒間に3000回。
それが本気になった桐原登の手数。
一発一発の威力は落ちているものの厚さ1メートルのコンクリートくらいは打ち壊す。
ただ無我夢中。
避ける。避ける。避ける。ひたすら避け続ける。
軌道は感じて避ける。
しかし、無論限界がやってくる。
「ぐわあぁぁぁあ!!」
肩に桐原登一撃を食らった。
獣のような叫ぶような悲鳴。
肩の骨が折れる。
地に転がる。
激痛。
骨はバラバラに砕けている。
「所詮はこれくらいか……。」
上から見下す桐原登。
これは二度目。
二度も見下される。
ありえないくらいの屈辱……。
そんな目で……。
こっちを見下すな!!
「うっ!くっ!」
俺は立ち上がる。
「その傷で立ち上がるか……。評価しよう。が……立ったところで何の意味がある?一体何のために戦っている。殺しに理由がなくとも、戦うことには意味があるだろう。」
こちらを見つめて問う。
「戦う……理由…………?」
そんなもの……。
決まっている。
「決まっている。桐原登。お前を倒すこと。」
「それに意味は」
「お前には未来はない。ただ殺されないように生きていく人生に意味はない。俺にも同じように生きる価値が見えてこない。正直、同情するし共感を覚える。だけどな……俺もお前から殺されそうになって思った。俺はお前に屈辱をあたえた。屈辱のためだけじゃあないけど、とにかくお前を倒さないと俺に未来はない。だから戦う。俺が感じる自らの未来にいくにはお前と戦わないといけない。」
「自らの未来を読んだか……。難問を注文されたな。私に勝てるものはいない。神と呼ばれる私に負けはない。」
「はっ、神?そんなのいるわけないだろ。確かにはじめてあったときは疑ったさ……けど、やっぱり人は人。神になれてなんかいない。」
「ふっ、なら倒してみろ。人として私を……!」
そして戦いは再戦する。
折られた左の肩のせいでバランスが掴めない。
「くっ!」
低い声で呻く。
思考回路を読み取る。
少しでも相手の攻撃を読み避ける。
しかし……。
痛みで相手を読み取れない。
そして気がつくと桐原登の拳が腹を殴り付ける。
「うっ!!」
内蔵が破裂する。
口から吐きそうになる。
が、なんとか留めるが大量の血が流れる。
やばい……。
痛みで意識が飛びそうだ……。
どこの臓器がやられたのか?
全部やられているのではないのか?
わからない。
足がふらつく。
倒れそうになるが……
堪える。
全身怪我の状態だけどとどまる。
倒れたらたぶん起きることはできない。
だから、倒れない。
「本当に敬意に値する。なぜ倒れない。」
「うっ……!!」
答えることができない。
確かに……。
なんで持ちこたえている……。
このまま立っていても次の一撃で俺は死ぬだろう。
なのに俺は何を期待している?
勝てる状態ではない。
なのに……。
倒れたときに見下す桐原登の顔が……。
「………だよ。」
あの顔が……。
「……か…だよ。」
あの屈辱が
「むかつくんだよ!!」
叫んだ。
そして左手で銃を構える……。
肩が折れているなんて気にはしない。
激痛が走るが気にもしない。
銃を桐原登に向けて一発放った。
俺が動いたのが予想外だったのだろう反応が遅れているが、桐原登は避ける。
しかし、一撃で終わらない桐原登につっこむ。
「死にぞこないのくせに調子にのるなよ!」
桐原登がカウンターをとって拳を突き付けてくる。
見える。
避ける。
再び連打が飛ぶ。
読む……。避けることが可能である。
「くっ!!」
歪んだ顔を見せる桐原登……。
「くそっ!!」
連打が飛ぶ。
さっきまでの身体能力と比較になれないくらいに軽く避ける。
何が起こった?
桐原登はそう疑問を思った。
あれはなんなのだ?
人か?
アレは人ではない。
こちらの攻撃を避けて近づいてくる。
攻撃に出す手が震える……。
なんだ?これは……。
ありえない。
これは……。
恐怖?
桐原登に銃口が向く。
暴音が鳴り響く。
しかし、桐原登は避けるが……。
ギリギリのところ。
桐原登の反応が遅れる。
銃弾は残り一発。
桐原登は一発殴り返してくる。
が……。その攻撃はさきほどのようにキレが無い。
「終わりだ。」
俺は短くそう言った。
そして……。
トリガーを引いて……。
放った。
桐原登は動かない。
「……!」
「……!」
しかし……。
予想できない展開に目の前がなっている。
間に……。俺と桐原登の間に予想外はあった。
「桐原夏子……。」
俺は予想外の名を呼んだ……。
「……。」
修道服を着た彼女は口から血を流しながらこちらを見て笑った。
「……。」
なんでこうなっているのか……。
わからなくなった。
「何故だ……。何故……我が身をかばった。」
声を出したのは桐原登。
その声は微かに震えている。
「ふふっ……。」
桐原夏子は笑う。
そして……。
「愛しているからに決まってます。」
「うそだ……。」
「うそではありません。私の愛したのは生涯桐原登あなただけです。」
「……。」
桐原登の顔に夏子の手がかぶさる。
「くいはないです。あなたを愛してよかった。あなたはあなたの道を……神となるのもよし……。進んでください……」
そして笑った。
「朱氏………彼を……たの……み」




