第五章
いつも通りに目が覚めて、いつも通りに朝食をすませてと、また一日がやってきた。
変わったことは特にそれといって無い。
昨日の怪我も完治して疲れも一晩休んだおかげで無くなっている。
近ごろは異常な事態が立て続けに起きていたので、こう急に変転の無い朝を迎えると調子抜けてしまうというか……気がどうしても緩むものだ。
身仕度を整えて、学生カバンを片手に俺は学校へと向かった。
「おっ!いつきぃぃ!」
外に出るなりとんでもない厄介なやつに見つかってしまう。
「声がうるさい……優花。近所迷惑だ。」
いつものように優花に対しては冷たく接する。
まぁ、これが共に過ごす時間が長かった結果みたいなものだ。
「だって、昨日学校サボタージュしたでしょう?だから、今日は休まないようにやさしい、やさしい、幼なじみの私が誘いに来てあげたのよ。」
サボるという略語を正式名所のサボタージュと発音する変り者の優花。
「自分のことをかわいいとか言うな……。まわりからひかれるぜ。」
「大丈夫!これは、対樹用だから。」
と、まぁ……よくわからないことを口にする優花。
いつもの事だが今日は一段と暴走に磨きが掛かっているようだ。
「あぁ!そうだ。そういや、昨日は何してたの?学校サボるのは……まぁ、いつもの事だけど。」
「おい。俺はそんなにサボったりしてないぞ。」
「ん?そうだったけ?まぁ、とにかく昨日は何してたの?」
元気爛漫の調子で優花は問い掛けてくる。
俺はふと昨日のことを思い出す。
春木さんと協会にデートしたって言ったら……。
まぁ、どつかれるのは見えているが……。
春木さんと殺し合ったなんて絶対に言えるものではない。
「ねぇ?昨日何してたの?」
考えに更けている途中に、優花が再び聞き返してくる。
「そういや、昨日春恵も休んでたけど、まさか二人で遊びに行ったなんていうんじゃあないでしょうね」
いつもは鈍感のくせに妙なところだけは目ざといと言うか敏感というか……。
「あぁ、そうだよ。ちょっと付き合ってあげただけだよ。」
ここで隠していてもしかたがないので正直に言う。
「うわぁぁ。最低。学校サボってデートなんていつの時代の青春ドラマなんだか。」
なんだか物凄く批判を浴びる。
「まぁ、デートなんかじゃあないけどな。」
「私の時は買い物にすら付き合ってもくれないくせに?」
「……。」
「あっ、黙り込んだ。」
優花はじりじり押すように俺へと攻撃をしかける。
なんの恨みがあって、こんな目にあっているのだろう?
「まぁ、いいわ。来週の土日は十分付き合って貰うわね。」
「だから……なんでそうなる?」
「なんででもよ!さぁ、早く学校に行きましょう」
優花は俺の質問を軽く流して学校へと歩きだした。
「はぁ……。」
俺は深いため息を一つつき優花のあとをおった。
教室につくといつもと同じ光景が目に入る。
久々の学校と言うものがこうも平和で日常的に感じるのは初めてのこと。
すると、俺と優花に続くように教室の扉が開いた。
「あっ……香瀬くん。おはよう。」
あいさつをしてくる少女は春木さん以外の何物でもない。
昨日あんなことがあったせいか顔を合わせにくい。
「えっと……おはよう、春木さん。」
戸惑いながらもあいさつを返した。
「むむっ!何二人共照れてるのさ!?」
俺たちを割って入るように優花が登場した。
このときほど優花の演出に感謝したのは初めてだ。
本当に声をかけづらい。
「てか!春恵っ!私というベストフレンドがありながら樹にしかあいさつせずに私には何もなしか!?」
「あぁ、優花。おはよう。」
優花がわめくように春木さんに投げ掛かるが……。
さすがは自己中心的者。
春木さん、特有のマイペースな口調であっさり交わす。
「おはようって……。もう、いい!みんなして私をなんだと思ってるのよぉ!!」
優花は嘆きながらどこかへと消え去っていった。
「まったく……。あいつはなんだったんた?」
「ははっ……優花らしくていいじゃあないかな?」
いつもの笑みで春木さんはそう言った。
「まぁ、あいつらしいといえば……あいつらしいかな。」
「ふふっ……あぁ、そいえば怪我は大丈夫?」
心配して口調で聞いてくる。
「あぁ、大丈夫かな。」
今の春木さんをまじまじと見るが……昨日の片手で祭壇を撃破する姿は到底、考えられない。
「うん?私の顔に何かついてる?」
きょとんとした顔を傾げる春木さん。
「いや……。なんでもないよ。」
こうしていれば可愛い少女にしか見えない。
「ふふっ。考えに更けるのもいいけど思い詰めないようにね。」
そういうと、春木さんは自分の机へと行ってしまった。
「い・つ・き!!」
すると後ろから優花が妙なアクセントをつけて名前を呼ぶ。
「何いちゃついてるのよ!樹の馬鹿!!」
何故かよくわからないけど右頬にアッパーをくらった。
騒がしい一日がまた始まりそうだった。
「ふぅー。……。」
終礼の合図が終わって、疲れたようなため息をついた。
学校というものが終わると精神的にも肉体的にも楽になる。
別にこれといって嫌なわけではないが……まぁ、終わったという達成感が心地よく、今から自由という解放感がそうさせる。
これが長期休みの前なら尚更だろう。
「ねぇ樹。」
優花の声が隣から聞こえる。
しかし、聞き間違いだろう……と反応はしない。
「樹ってば!?」
「よし。いそがしい、いそがしい。さて、さっさと帰るか。」
「ちょっと待て!」
必死になって優花は声を出した。
「そう厄介ごとみたいに人を見るかな?」
「いや。みたいじゃあなくて厄介なんだろ」
その瞬間に右拳が飛んでくる。
しかし、先読みして攻撃を回避する。
「うっ!なんで当たんないのよ!」
「当たらないからって逆ギレするな。本来なんで殴り掛かるんだって、こっちが怒る所だろ」
「知らないわよ!知らない!知ってても教えてあげないんだからね!」
「……。」
よく、わからないことを口にする優花。
最近、暴走力が増してきてるなと染々思う。
「樹くん。優花。何騒いでるの?」
「騒いでるのは樹だけ!!」
「いや、お前だけだよ」
というか、勝手に人のせいにするな。
「まぁ、仲のいいことですね。」
「そ、そんなことないわよ!」
「ないですよ。」
二人揃って拒否する。
「まぁ、まぁ、似たものどうしってことで」
「似てないわよ!」
「似てないよな。」
「なら、二人ともなんでいつも一緒にいるんですか?」
「そっ、それは……!そんなのこっちが聞きたいわよ!!」
何故か慌てふためいている優花。
「なら樹くんとは関係ないんですか?」
「そっ!そんなの当たり前じゃあない!私たちただの幼なじみだし」
「そっか。よかった。なら樹くんはフリーっと言うことか………」
いつもの笑顔でそう呟く春木さん。
「はぁ?どういうこと」
「いえ、なんでもありません。こっちの話です。」
「そっか。ところで、さっきから気になってたけど俺の呼び方変わってないかな?さっきも、香瀬じゃあなくて樹って呼んでたし」
ふと、疑問になっていたので聞いてみる。
「いつもは鈍感なのに余計なとこだけが敏感ですね。」
春木さんが小声で何か言ったがよく聞き取れない。
「えっと、いけませんか?名前で呼んじゃ?」
「嫌。かまわないけど、なんでいきなり?」
「こうでもしないと未来は変わらないですよ。」
笑いながらそう言う春木さん。
「うん?未来?」
「いえ、なんでもないですよ。」
そういうとクスッと微笑む。
「てか、この頃三人になると私の扱いひどくないですか?」
後ろからひっそりと言ってくる優花。
「あぁ、まだいたのか優花。」
「うわぁ!ひどっ!鬼!悪魔!スズメ!」
「……。」
最後のスズメの意味がよくわからない。
いや、むしろまったく。
意味不明。
何故にスズメ。
「優花……。」
春木さんが口を開く。
「そこはハゲワシでしょう?」
「あぁ、そうか!?さすが春恵!頭いいっ!」
指摘をするかと思ったが……指摘は指摘なのだが……意味不明である。
頭がいいって……頭おかしいよ。
俺は内心泣いていた。
「とにかく、乙女の心をずたぼろに汚したんだから!責任とってもらうわよ!!」
「すごく誤解されそうなことを言うな。」
「なら、何ていえばいいのよ!?」
「知るかよ……。」
ひどく疲れる。
やっと学校から離れて下校している。
春木さんとは教室で別れて、今は優花と二人で帰っている。
しかし、春木さんのボケは天然というよりもわざとぽかった。
単に俺をいじめたいだけなのか……。
「ねぇ、樹って夢ってある?」
学校出てからしばらく落ち着いた優花が再び口を開く。
「ずいぶん、唐突だな。そうだな……。夢という夢はまだよくわからない。」
「ふーん。なら夢って叶うものなのかな?」
「神が叶えてくれるものじゃあないだろ?」
「そっか。神っていないと思っているの?」
「俺はな。」
「そっか。私はいると思う。神は確かに夢を叶えてくれるものじゃあないけど、きっと見守ってくれるんだと思うよ。」
神が見守る世界?
よくわからない。
俺の今現在の神と呼ばれるのは一体なんなのか?
わからない。
「まぁ、いいや。さぁ、はやく帰ろ」
優花はそういって俺の手をとる。
「なんだよ。」
「いいじゃあん。たまには!?」
「たまにもくそもないだろ?」
「ははっ、照れてる?」
「あぁ、もう!」
そこで抗議するのをやめて、おとなしく手をとられる。
「いい子、いい子。」
「うるさい。さっさと歩け!」
「えぇ、ゆっくり帰ろうよ。」
そのあと俺は優花を引きずり歩いて帰った。
夜というのは孤独で人々を孤独の世界に作りこむ連れ込む。
闇というのは冷酷で人々を絶望に変えて、死という局面を作り出す。
夜と闇は一体でそれぞれの役割をはたし人々を苦しめる。
淋しさ、孤独、絶望、恐怖、冷酷、脅威、奪力、異感。
さまざまな感情が交じりこみ……。
死を生み出す。
夜は死に一番近い状態をつくる。
今日は月が雲と雲の間から出たり消えたりと出入りする奇妙な月夜。
少し肌寒さを感じる夜の街。
いつもよりも増して異様さが漂い、いつもよりも気温が低い。
深夜徘徊は露河の死んだ夜以来のこと。
体調はいい。
怪我は完治して気分もいい。
俺は最初に町外れの河川敷に足を運ぶ。
ここは露河が死んだところ。
嫌。
俺が殺した所だ。
ここに来るのはあの時以来である。
俺は横に流れる川に目を向ける。
暗すぎるため、川は確認することができない。
ただ川の流れの音が耳に響く。
ここら一体は人気も少なく、騒音などを出す店や物がないので川の音だけが大きく鳴り響く。
「ずいぶん調子はいいようね。」
すると暗闇の中からアィディーが姿を現わす。
「あぁ、おかげさまでな。」
軽くあいずちを打つような返答を返す。
「こんな所でどうしたの。考え事か何か?」
「いや、なんとなくだよ。」
「ふーん。暇人ね。」
「暇人ってお前には言われたくないな。」
「そう?まぁ、いいけど。それにしても、あなたって本当におかしな人よね」
「それもお前には言われたくなかったが……まぁ、確かにおかしいよな。」
自分でもなっとくする。
おかしな自分。
何がおかしいのか?
それは恐怖心の無い自分がいること。
露河との殺しあい。
むろん、あの時が人生初めての本気の殺しあい。
そして、結果。
俺はためらいもなくこの手にかける。
異常なものに慣れすぎたのだろうか?
俺にはアィディーと初めて出会ったあの時から恐怖心というものを忘れてしまった。
「人を殺すことの意味って何だと思う?」
唐突に話題を振ってくるアィディー。
「さぁ。そもそも意味なんてあるのか?」
「それは殺す側の殺意に関する問題。あなたが思う意味の無い殺しはただの暴走。つまり狂ってるってことよ。」
「……。」
俺が暴走している?
よくわからなかった。
「……。ちょっと、一歩きしてくるよ。」
俺はそういって逃げるようにその場を後にしようとする。
「そう。今夜は月夜。何か新しい偶然のような必然が起きるものよ。」
アィディーは背を向ける俺に意味深な怪しげなことばを残す。
「……。」
俺は何も言わずにそのままその場を離れた。
一時間ほど歩き続けて、町外れから街の中心部へとやってきた。
外れにある河川敷とは一辺してにぎやかに人波に溢れる中心部。
暗闇から光のフラッシュや電灯の明かりでとても明るい。
俺はその中を一人で徘徊する。
カップルや友達など団体が目立つ夜の街。
人と言うものは夜などになると一人よりも集団を作るものだ。
一人になると単に変質者に襲われるだけでなく、気持ちの問題も左右する。
しかし、俺にとっては一人のほうが気楽で合っている。
俺はそう思いながら人混みから逃げ出すように小道の路地裏へと出た。
路地裏は大通りと違って人影はない。
あるのは捨ててある残飯をあさくるカラスの群れ。
必死になって食物を奪い合うカラスたちは見る者を恐怖や不安にする。
同種どうしで怪我をするまで戦い奪いあう。
とても滑稽である。
その様子を立ち止まって眺めているとき。
大通りのほうから足音が響く。
そちらを振り替えると黒いコートを纏った長身の男が立っている。
暗さのせいで顔を確認することはできない。
ただ……。
久しぶりにとてつもない圧力に押し潰されてしまいそうな感覚をえる。
「ほう。先客がいるとはめずらしい。」
低い声で相手はいった。
そして一歩一歩と近づいてくる。
「カラスか……。」
男は道の脇であらそうカラスに目を向ける。
「カラスの争いはシンプルでいい。力と力の争い。強いものは生き、弱いものは死ぬ。それはほとんどの生きものがそうである。」
「けど、人間はちがう……。」
俺はぼそっとつぶやく。
「そうだな。人は違う。せこく頭を使い、力ではない頭の戦い。それに果たしてどういう結論をもつのか。」
男がそういうと争っていたカラスの一方が飛び立った。
「あのカラスは傷を負い、うまく動けなくなった。そして食物を探せなくなって次期に死に至る。」
「……。」
すると月の光が雲の隙間から差し出した。
男の顔が明らかになる。
「……!?」
その顔に見覚えがある。
「桐原登……。」
男の名を口にする。
「ほう。私の名前を知っているのか。」
「当たり前だ。そもそもこっちを狙っているのはお前の方だろ」
「どうやら異端の関連者のようだな。名前はなんという?」
登はこちらの名前を問いてくる。
「Extraordiary Death line。それでわかるはずだ」
「……。なるほど、君が香瀬樹くんか。なら私のことを知っているはずか」
「ふざけるな。お前のせいで俺は殺されそうになったんだ。」
大声で語る。
「私は別に何もしてないだろ。やったのはセシカであり私ではない。」
「そんなの言い訳にすぎない。それを命令したのはお前じゃあないか。」
「どうやら君は私のことを悪くみてるようだな。しかし、それは違う。」
「どういうことだ?」
登の言っている意味が理解できない。
悪いのは桐原登。
それに間違いはないはずである。
「私とて好きでこんなことをしているわけではない。私は危険なんだよ。危険。神と呼ばれる全能の力。これを持つばかりたくさんのものの標的となる。今までたくさんのものが私を殺そうとやってきた。私はそれを掻い潜り、掻い潜り生きてきた。」
登は一旦話を止めてこちらに目線を向ける。
「しかし、君とて同じなんだよ。君も私同様に危険人物。だから君も狙われる。まだ君には知名度が無いからこそいいものの私にはそれがある。ソレが唯一違う点。」
「なんだ……。つまり似たもの同士って言いたいのか?なら……」
「なんで俺を狙うのか……か。」
こちらを先読みして登が続ける。
「それは自分の命のためだ。君も自らの命を守るために戦っただろ。それと同じ。君みたいな有望な力をもつものを排除するのは必要不可欠だった。」
「それだけのために俺を殺そうとしたのか!?」
俺は叫ぶようにいいつける。
しかし、登はうっすらと微笑して
「なら君はなんで露河を殺した?」
「……!それは殺されそうになったから!」
「殺されそうになったから戦闘防衛だといいたいのか?しかし、現に君はここにいて露河はここにはいない。君は殺して、露河は殺された。そして君は私をも殺そうとする。」
「……っ!?」
「確かに君にとっての悪は私だろう。しかし、私にとっての露河にとっての悪は君なんだ。どちらが正義か悪かなんてのは人によって違う。自分だけが悲劇の主人公なんかではない。」
「……。」
登の言っていることがくやしいが合っているような気がした。
現に俺は人を殺している……。
「それでも私を殺そうとするのか?」
単調な口調で登が問う。
それに対して何も言えない。
言えないが……。
俺は銃を取り出した。
「ほう……。」
登は関心したような声を出す。
俺はそのまま銃をつきつける。
「私の心を読んで殺すのか?」
「死ねっ!!」
一発弾を放つ。
予測では登は右に飛ぶ。
そこをナイフでピンポイントで突き刺す。
しかし、予測ではそれも避けられるがその瞬間にもう一発弾をぶちいれる。
それが桐原登の心を読み取った戦闘プラン。
俺は神でも殺してみせる!!
そう思いる間に一発目の弾はなんなく避けられる。
ここぞとばかりに登と同じ右へと飛び込みナイフを振るう……。
しかし……。
「ぐわぁぁ!!」
切られたのはこちらだった。
俺はその場に座り込む。
対して登はこちらを見下ろすように見下す。
「単純に読んで勝てるとでも思ってるのか?」
登のことばには力がこもる。
「争いの基本は暴力。知恵なんてものとは違う。人が忘れてしまった暴力。単純の戦闘力はあらゆる環境も突破する。」
単純の戦闘。
勝てるはずが無い。
だから知恵を使う。
しかし……。
それすらも駆使してもやぶる力の前には知恵などいくらあろうとも意味が無かった。
この時指先が震えた。
久々に覚える……。
恐怖心。
「別に君が私に関わらないのなら私とて君を殺す意味はない。今一度考えておくといい。」
そういうと登は逆を向き歩いていく。
俺は一言もいえず一歩もうごけないまま。
次期に足音がなくなる。
月の光はいつのまにか消え去っていた。
……。




