第三章
つまり、俺はとんでもない力を持ってしまった。
神が何なのかはわからないし、セシカのことすらまだよくわかっていたい。
けど、神からの追放。それは世界からの追放。
神が実現しているなんてことは、さらさら信じてない。
けど……俺は殺されようとしていることは事実。
俺はどうすればいいのだろうか?
言われた通りに死ねばいいのか?
……。
何が本当で何が嘘で、何をすべきなのか……。
いろいろ考えたが結論にいきつくほど俺の頭は利己的には、できてはいなかった。
俺はただひたすら迷い続けた。
あれから……一日たった今日。
俺はいつもよりも体がだるく感じた。
それは、一晩中眠れずに思いふけたせいと、気の迷いからくる精神的なもの。
俺は重い足取りで身仕度をすませると外へと出た。
一晩考えた結果。今のままでは何をするにも情報がない。
なので、アィディーとの接触を心みることにする。
彼女も五年前に理由の無き存在と自称した。
今回の件に関しての話を聞くには一番適任であると考えた。
しかし、外に出た瞬間。
「おっはよう!樹!」
元気の良いハツラツとした声が響き渡る。
「……。」
「何その顔!?ロープレでライフポイントが残り少ない状態で急いでセーブポイントまで行こうとしたが途中で敵が現れたような目は……」
いや……実際その通りなんだけど。
俺は心の中で思った。しかも、話がこゆい。
「せっかくぅ。可愛い、かわゆい幼なじみが朝の挨拶をしにきてやったんべ!!」
妙な語尾になっているのは、はたして気にしてはいけなかったのだろうか?
「とりあえず、自分のことを可愛いとか言うな。」
「普通は言わないわよ!私はそんな電波っ娘じゃあありません!でも、ほら。なんとなく言ってみたいじゃあない?」
はたして電波娘の意味を知っているのであろうか?
否定はしているもののまんまじゃあないか……。
「まぁ、いい。挨拶がすんだなら家に帰れ。」
「うわっ!ひどい男。そんなんじゃ、もてないわよ!?」
「別にいいよ。もてなくても……。ふー、それで用があるならさっさと言ってくれ」
「えっ、………。えっと、ほら今日いい天気だし……」
「そうか。いい天気だな。それじゃあ、またな。」
優花のことばの途中に割り込むようにそう言う。
「あっ!ちょっと!!どっか連れてってよ!あたしが暇になるでしょう!?」
「俺はお前の父親か……。そんなこと伯父さんに連れていってもらえ。」
「そんな子供じゃああるまいし。うぅ、樹はそんなに私と一緒に遊びに行くのが嫌なの?」
「あぁ。それに優花は子供のままんまじゃあないか?」
「うぅ!私の嘆き攻撃が通じない!?」
さきほどから優花のオーバーリアクションは見ていて楽しいものがある。
なんか2枚目の足掻きみたいな。
「あぁ!わかった。でも付き合うのは昼までだぞ」
「え!?」
優花は予想してなかったのか驚きを顔に表す。
「そんな……いきなり付き合ってなんて」
「……。」
何故か、顔を赤くする優花。
なんか非常に勘違いをされているようである。
「優花……。」
「いや。まだ返事なんて……!」
「いや、ナイフで突き合おうぜ……」
「……。」
暴走を止めるために無理して話を変えた。
そのあとに実際ナイフで刺されそうになったのは笑えない実際なのであるが……。
太陽が高く登りきって日差しが地面を照りつける。
まだ夏にもならない季節なのに気温が以上に高い。
遠くを見ると蜃気楼ができているのが確認できる。
昼を過ぎて優花と別れて一人で街をうろつく。
祝日とあって人混みになる歩道。
車道は当然のように渋滞の列を作っている。
無理なことをしているなと自分でも思った。
アィディーを探そうなんて……俺は彼女の住む場所も知らないし、常にいる場所すら知らない。
ましてや、この人混みの中から一人の人物を捜し出そうなんて……。
「バカげてるよな……」
独り言をつぶやく。
その独り言もまわりの音にかき消される。
しかし……。
とりあえず探すことを止めずに俺は再び足を進め、アィディーを探し始める。
見つかる可能性はないといっても、何かをしとかないと落ち着かない。
その点では優花と一緒に街を廻ったのはいい気晴らしになっていた。
「まぁ……礼はいってやらないけど。礼を言われるのはこっちだからな。」
俺はまた一人で呟く。
そして再び探索を再開した。
何時間歩き続けただろうか……。
熱さのせいか疲れが疲労として溜まっていく。
昼の明るい光が今では夕日に代わり赤く染め上げている。
そして町外れの河川敷にたどりついた。
この河川敷はこの街では有名な場所。
なんといっても殺人事件の名所。
今までに5、6人やられている。
街では警戒態勢が置かれており、あまり近づかないことを要求されている。
よってあたりに人影はない。
「ふー……。」
大きく深呼吸をする。
「ここにもいないなら帰るか……」
そう思い体を来た道へ反転させる。
と……そこに。
「ごくろうさま。お疲れね」
ほほえんでこちらを向いているアィディーの姿があった。
笑っている様子を見るとどうやら最初からこちらのことを知っているかのようだった。
「普通、五時間も人探しなんてする?途中で諦めるでしょうに。」
「なら、さっさと出てきてくれよ。五時間もわざと探させやがって……」
「だって、おもしろかったしね。別に途中で出てきてもよかったけど、それじゃあまるで私が見つかったみたいじゃあない?だから、諦めるのを待ってこちらから出てきてやった的な演出を描いたのよ。」
「……。」
なら俺が諦めずにずっと探していたらどうなっていたのであろう……。
しかも、演出がどうとかとまるで優花みたいなこと言っている。
「まぁいい。聞きたいことがある。お前もセシカってやつなのか?」
率直に問いただす。
対するアィディーは少し間を置いて、いつものように微笑して。
「理由は……?」
「お前の気配と言うものが読めない。俺は一度、会った人物には気配の認識を確認して誰が近くにいるか遠くにいるかわかる。つまり人型地図の役割もある。けど一度あったときも二度目もお前には気配が感じられなかった。そして今もな……まるでここに本当にはいないような感覚。どうだ理由になったか?」
「ふふっ……。そうね。あなたの言うとおり私もセシカの一人。」
「そうか。なら、お前は俺を殺すのか?」
俺は遠回しにすることもなく、ただ率直に問う。
しかし、アィディーは笑う。
「殺すか。……。あなたを殺せば私たちを人として認めてくれるって契約の話?ふふっ、確かに私たちは不安定要素の塊よ。でも、私は人になりたいわけでもない。私は不安定でもいいから醜い者となるのだけは嫌なの。」
「でも……露河は」
「それはあの子とかセシカ内の数人の話。私は別よ。あなたに近づいたのは単に興味があっただけよ。」
「……。つまり、おまえは敵ではないと。そういうことか?」
「そうね。でも……ふふっ、あなたが敵といっているのはあなたを狙うセシカのこと?」
アィディーの質問の意味が理解できなかった。
「どういうことだ?」
「あなたの敵は命令に従ってるセシカか、命令をしている神。」
「神……」
「そう。神と呼ばれるただ一人の人。全能で人の定義を越えた人。名前は……『桐原登』」
「きりはら……のぼる…?」
聞き覚えのある名前。
確か……。
「桐原ってあの科学者の桐原登か!?」
テレビで一度見たことがある。
昔の話だが科学のなにかを受賞したとかなんとかで……。
「表の顔と裏の顔。両方共に有名ね。すべては彼の思うがまま。」
「……。一つ聞いていいか。それを俺に教えてお前に何の特がある?」
「信用してないのですか?まぁ、いいでしょう……。私の過程においてはどう楽しい局面を作るか。まだ異能者として未熟なあなたがどう彼と立ち向かうか……それが私にとっての特であるでしょうね。」
「……。」
さっきまでは気が進まなかった……。
しかし状況が変わった。
何で俺がこんな目に……と思うが
それば俺の運の悪さを恨むしかない。
だから……
ただ来たやつを倒して……神だかなんだかわからないけど、そいつを一発ぶん殴ってやる。
俺は覚悟をまとめた。
「どうやら、気持ちの整理がついたようですね。」
「あぁ。」
夕日はちょうど沈みこんだ。
しかし……
「光と闇。俺の土俵は常に闇でなんだ。」
「ふふっ。闇ですか。」
薄暗くなった空の下でアィディーは微笑する。
時はたって空は暗く染まり切った。
昼からもそうだったように無性に熱い。
まるで季節はずれの熱帯夜であった。
風もほとんど吹いていない。
アィディーと別れて数時間が過ぎた。
アィディーが言うには今夜この河川敷にいると何かあるという話だった。
何があるのかをたぶん知ってはいるんだろうが、あえて話さないのがアィディーの嫌なところだ。
変なところだけが負けず嫌いで非常にサディストの性格を持ち合わせているようだ。
と言っても俺がMってことじゃあない。
むしろ俺もどっちかというとサディストだ。
まぁ、アィディーが異常なのだろう。
何故か俺がいじられている。
まぁ、どうでもよくはないが……このさい話を流そう。
そんなことを考えていると……。
「やぁ、樹くんじゃあないか」
暗闇で顔を確認はできないが、聞き覚えのある声が聞こえる。
「露河か……なるほど、そういうことか」
そこでやっとアィディーの意図を確認する。
「樹くんか……そうだな、ちょうどいいや……今夜の獲物はフィナーレなんだね。」
「獲物ね。この河川敷事件はお前の仕業だったのか……」
証拠、手掛かりの無い事件。
警察が必死になってもみつからないはず……。
犯人がセシカ……つまり気配もないし、存在もないのだから……。
「憎たらしいんだよね。必死に自分の価値を示しているのに誰も気がつかないなんてね。人を殺しても……誰も気がつかない。」
「そんなに構ってほしいなんてまるで子供だな」
「なんとでもいってくれよ。人としての子供なら受け入れないくらいさ」
「そんなに自分を表したいのか?」
「証明されてない人生なんて何の意味がある!君達には目標がある。だが僕達は何を目指せばいいんだ」
「まったく……話にならない。そもそも話をする必要もない。俺はお前みたいなやつが大嫌いなんだよ」
「どうやら同じことを思ってたようだね。けど君に僕が負けるとでも思っているのかい?断言しよう。君は僕には勝てない」
そう露河が言った瞬間。
露河の体が視界から消える。
そして一線まっすぐに伸びる閃光を感じて、とっさに右に飛んだ。
「へぇ。よく避けたね」
背後から露河の姿が現われる。
さきほどの攻撃……急所を外せたものの右腕に傷を負う。
「なるほど……僕の思考はやはり読めないけど、あたりの風や空気から攻撃を感じ取って急所を避けたのか……。異常な第六感だね。」
余裕に満ちた様子で淡々と解析を述べる露河。
まだ、力を押さえているのだろう。本気になったらもっと上を想定しなければならない。
しかし……はっきり言って先程のスピードを見切ることで精一杯だ。
「まぁ、いい。次は君の番だ。かかってきてくれ。遠慮はいらない」
そういって、こちらを見据えている露河。
反撃……。
俺はポケットにしまった、片手用の拳銃を取り出した。
アィディーと別れる直前のとき。
「あぁ、はい。これ貸しとくわ」
「これって?」
「見てのとおり。片手式の拳銃。何かあったときの護身用よ。本当はナイフのほうがいいんだけど初心者にはこっちの方が扱いやすいわよ。」
「扱いやすいって……そんな簡単なもんじゃあないだろ。当たらないかもしれないだろ?」
「だ・か・ら!あなたの能力を使いなさい。相手の位置さえわかれば拳銃ほど使い易いものはないわ。」
「……。」
「あと、弾は5発しか入ってないわ。無駄遣いしないでね。」
「……。」
アィディーに渡された拳銃を握る。
「ほう……。拳銃ですか。予知能力に飛び道具。ある種最強ですね。しかし……読めない相手に当たりますか?」
「……。」
当たるか?いや……当てることができるか?
はっきり言ってわからない。
むしろ自信はない。
しかし……当てるしかない。
俺は覚悟を決めて……拳銃をしまって露河に向かって駆け出した。
相手は一瞬戸惑いを浮かべるが闘牛師のようにさっと躱す。
「相手を戸惑らせて隙をつくつもりだったようでしたが身体能力が低すぎますよ。それに、その銃は飾りですか?まぁ、つまらない戦いでしたね。次の僕のターンで終わりです」
そういうと露河は身構える。
そして……先程同様。
いや、さっきと比べものにならない早さでこちらへと突っ込んでくる。
しかし……俺は動かなかった。
動けなかったといってもいいだろう。
露河に勝ちを確定させるため。
相手の裏を突くために……。
つまり僕が勝つために……。
「……。」
「……。」
俺たちは一瞬のうちに交差した。
「ははっ……。」
露河は笑った。
「勝敗は明らかすぎた。……。明らかすぎたのに……何故僕が撃たれたんだ……?」
胸の辺り……心臓を押さえて露河はしゃべる。
「こっちは簡単な話だ。核下と思い込んで油断したからだろ。」
「……ペテン師め。銃を使えないフリをしていたのか……。」
「何も使えないとは言ってない。俺は射撃は得意なんだよ。でも、ただ単に撃っても避けられるのがおちだ。だから、使えないフリをして、そっちを油断させる。そしてとどめを刺しにくるお前はただの真っ向。それくらい相手の行動が読めなくてもわかる。もちろん真っ向から向かってくる相手に一発打ちこむことなんて簡単」
「ふっ……ふふふっ!」
狂ったように露河は笑った。
「なるほど……異常なのは力だけじゃあないのか……樹くん。君自体が異常なのか……。」
「なんとでも言え。ただ……馴々しく名前で呼ぶな!」
俺は動かない露河にナイフを突き付けた。
とどめはしっかり差しておく……油断はしないといわんばかりに容赦なく銃弾で貫かれた心臓をとどめの一撃を突き刺す。
露河の口からは大量の血が逆流して吐かれる。
「ハハッ……せ……しかも死があるのか……。それだけ……は人と一緒か………。」
そう言いおわるとバタリと音を立てて倒れる。
「……。」
二度と動くことのない体を俺は上から見下ろした。
つまらない人生を過ごした露河への最後の手向けの花は死だった。
彼がどう思ってセシカである日々を過ごしたなんて俺には関係ない。
ただ……そんな価値観に拘りすぎた一人の人として俺は葬った。
価値観に拘らないなら、こうはならなかっただろう……。
しかし、これが露河渡が選んだ道のりで人生だったということだろう。
「ずいぶんと簡単に勝ったわね。」
すると背後からアィディーが姿を表す。
「簡単?冗談言うなよ。最初に負った傷で全身言うことをきかない。最後にナイフで刺すのでいっぱい、いっぱい。トリガーを引く力があってよかったよ。」
「そう?私には露河はあなたに遊ばれているようだったわよ。異常な戦闘の先読み。確かに露河が言ったとおり異常よ。なんか治まりすぎというか……。それにあなた人を初めて殺した割りは全然普通にしてるしね」
「何か悪いか?」
「……。いや、なんでもないわ。まぁ、これで一人。さてと……でも安心しないで、これからが楽しいメインなんだから」
アィディーはそういうといつのまにか視界から消えていた。
「暇人め……見ているだけじゃあなくて手伝えよな。」
一人で悪口をぼやく。
しかし、別にもうどうでもよい。
とりあえず、一つおわった。
次に向けて用意をするだけだ。
深夜の空を見上げる。
星もなく、太陽もない。
あるのは雲に半分かかった月くらいだ。
いづれ暗闇となるか月や星が顔を見せるか……。
俺は久々に肩の力を抜いた。




