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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

幼馴染が拾った鍵を「あげる」と言ってきたが、何の扉も開かないそれを鍵と呼ぶのはお前だけだよ ~只見線、朝霧の車内にて~

作者: 昼寝たすく
掲載日:2026/03/01

なんかこう、書くしかない夜ってないすか。

「新しいボクの鍵なんだけど」と雪乃が言って、指先でぶら下げた。


 ミリ単位で綺麗に整えられた前髪が揺れた。車窓の光が真鍮の表面を撫でて、錆が一瞬だけ金に見えた。


 古い鍵だった。輪郭が磨り減って丸い。どれだけ長く、土の中にいたのだろう。


「また拾ってきたの、雪乃?」と、燈。

「おう」

「今度はどこ」

「川沿いの廃屋。玄関の外」


 燈は受け取った。裏返した。刻印は潰れて読めなかった。


「何の鍵かわかる」

「わかんない」

「わかんないか」

「わかるほうがおかしくない?」

「じゃあゴミだよ。ただの金属片だよね」


 一拍。


「開く扉がなくなっただけで、鍵は鍵だ」

「扉のない鍵を鍵って呼ぶの、雪乃だけだよ」

「ボクだけで何かマズい?」

「よくないよ。雪乃の棚の上のやつ全部——割れた漆器、錆びた金具、誰のかわからない写真。雪乃ただ一人が意味を認めてるだけのコレクションだよ。他の全員にとってはゴミだよ」


 雪乃の銀色の目が、動かなかった。


「ボクは、他の全員とかいう、架空の人の話はしてない」

「してる。自分以外が全員間違ってるって宣言しないと、あの棚は成立しない。それ信仰って言うんだよ」

「ボクはそれでいいよ」

「雪乃がそう言うの、いちばん怖いんだけど」


 雪乃はポケットに鍵を戻した。何事もなかったように。


 山が深くなってきた。林が暗く、朝の光がまだ届かない。只見川が、霧ごと景色になっていた。水面は見えない。川があることだけが、音でわかる。


 しばらく、ディーゼルエンジンの音だけが続いた。


---


 燈がリュックから弁当を取り出した。


「また食べるの」

「腹減った」

「まだ七時前だよ」

「胃に時計はついてない」


 タッパーの蓋が開いた。白米と、梅干しが一個。雪乃はそれを横目で見た。


「また一個?」

「また一個」

「増やさないの」

「増やさない」

「ボクに嘘つかないでよ」


 箸が止まった。


「嘘?」

「最初は節約だった。今は違う。少なくても平気な身体を作ってる。髪をショートカットにしたのも、そう。出ていくために」


 エンジン音が、急に大きく聞こえた。


「出ていくって、どこに」


 声が平らだった。平らすぎた。


「東京でしょ。霞が関。燈の再建計画のフェーズ1」


 空気が変わった。


「あれ、途中までしか見せてない。フェーズの話は書いてない」

「書いてなくても読めるよ。ボクだよ? 燈の頭の中は地図みたいに見える」

「それ、褒めてんの」

「事実を言ってる」

「事実の出し方に殺意があるよね、雪乃。いつも」


 少し間があった。


「それは、たぶん、そう」


 否定しなかった。燈は白米を一口食べた。梅干しには手をつけなかった。


「燈が出ていくのは正しい」と雪乃が言った。窓の外を向いたまま。ガラスに映った銀色の目は動かなかった。

「燈の計画は正しい。この谷を残すには、この谷の外に出なきゃいけないっていう判断も正しい」

「でも?」

「でもはない。全部正しい」


 間を置いた。


「ただ、あの数字の中に、この霧はないよね」


 燈の箸が止まった。


「燈が外で作るモノは、ここの人間の顔をしない。どうしたって」


 静かな声だった。静かなのに、正確に深く刺さった。剣道と同じだ。雪乃が本当に打つとき、力はむしろ全部抜ける。


「じゃあ訊くけど」

「おう」

「雪乃はここに残って、何を守るの。壊れた鍵と、割れた漆器と、床に落ちたままの写真を棚に並べて、まぁいろいろ下品だけど元気な若い移住者を追い出して——一人ずつ減っていくのを見届けて——でっかいかぼちゃと一緒に、最後の一人になるまでそこに立ってるの」


 雪乃は外を見ていた。


「それ守るっていうの、それとも」

「沈むっていうの?」

「先回りしないで」

「退路が見えたから塞いだだけだ」


 燈の奥歯が鳴った。


「雪乃はさ」

「おう」

「私の言葉を使って私を刺すのやめてくれない?」

「やめない。燈が正確な言葉を使うから、正確に返してるだけ」


 列車が速度を落とし始めた。ホームが見えてくる。

 朝靄の中に小さな屋根と、誰もいないホーム。

 扉が開いた。冷たい空気が入ってきた。朝の匂いがした。閉まった。また山の中へ入る。


---


 梅干しが弁当箱の隅に転がっていた。


「小学三年のとき」と燈が言った。「天野喜孝が作ったっていう像を、見に行ったことがある」

「急だね」

「梅干し見てたら思い出した」

「どう繋がるの」

「繋がるかはわかんない。でもそのときは、平日の昼間で、誰もいなくて。山も谷も橋も全部静かで。像だけがあった」


 ショートカットの後れ毛が、ひとすじだけ耳にかかっていた。


「きれいだなって思った。アレは私がいなくても、普通にそこに存在してた。見られてなくても成立してる」

「梅干しとどう繋がるの」

「足りてなくても、成立してるものがあるんだなって」

「それ、燈の計画の話? それともこの谷の話?」


 燈は答えなかった。白米を一口食べた。


「あの再建計画も」と雪乃が続けた。「誰にも読まれなくても成立してたんでしょ」

「うん」

「でもボクには見せたよ」


 箸が止まった。


「あれは例外」

「なんで」

「雪乃はカウントに入ってない」

「どういうカウント」

「見られてない、のカウント。雪乃に見せることと、存在することは、たぶん同じ側にある」


 雪乃が燈を見た。燈は窓の外を見ていた。


「じゃあ訊くけど」

「うん」

「見られてなくても成立してる。ボクに見せることと存在が同じ側にある」

「うん」

「なんで出ていくの」


 声が静かだった。静かすぎた。


「雪乃に見せることと存在が同じ側にあるから、出ていくんだよ」


 トンネルに入った。窓が暗くなった。ガラスに二人の顔が映った。


 十七歳の、知りすぎた顔が二つ、並んでいた。


「なにそれ」

「わかってるなら聞かないで」


 長い沈黙だった。エンジンの振動が身体の底に響いていた。


 雪乃が口を開いた。


「見せることと存在が同じ側にあるなら、自分の目に映る場所を守ることが、存在の条件になる。だからこの場所ごと守る仕組みを作りに行く。霧は掴めなくても」

「正解」

「それ」


 雪乃の声が、わずかに震えた。すぐに消えた。


「究極の詭弁だよ」

「詭弁じゃない。事実」

「事実の使い方が」

「詭弁っぽい。知ってる」


 トンネルを抜けた。光が車内に戻った。只見川が、霧の下でゆっくり蛇行していた。


---


 しばらく、エンジン音だけが続いた。


 雪乃がポケットから鍵を出した。指の上で転がさず、まっすぐ燈のほうへ差し出した。


「これ、あげる」

「いらない」

「いらなくても持ってて」

「何の鍵かわかんないって自分で言ったじゃん」

「そうだね。でも燈が持ってたほうがいい」

「なんで」

「出ていった先で、扉を見つけるかもしれない。星新一の短編みたいに」


 燈は鍵を見た。何年も、何年も、誰にも使われなかった、真鍮。


「見つけなかったら」

「そしたら金属片だよ。燈の言う通り」

「すごくずるい」

「こちとら武道家だぞ」


 燈の手のひらに、鍵が置かれた。冷たかった。錆の感触が指の腹に食い込んだ。握った。


「雪乃はさ」

「おう」

「いなくなったあとも、この谷で一人で立ってるんでしょ」

「一人じゃない。扉のなくなった鍵と、鍵のなくなった扉が、あるよ」


 燈は口を開いた。何か言おうとした。言えなかった。言ったら壊れるものがあった。それだけは、壊してはいけないものだった。


 列車が揺れた。肩が触れた。


 どちらも、避けなかった。


 会津若松はまだ遠かった。

ところでタイトルはマジで思いつかなかったので(「鍵」でいいじゃんって思ったけど)、面白半分にAIで自動生成しました。燈の立場で書かれているのに、雪乃の気持ちになれます。


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