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自称・未来人の幼馴染  作者: 千夏ケイ


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第38話 幼馴染は神様ではない

 勉強会から数日が経った。俺は今、教室の自席に座り、呼吸を整えている。

 ふと、チャイムが鳴る。それと同時に、紙をめくる音があちらこちらから聞こえ出す。期末試験の始まりだ。

 俺も紙をめくり、問題に目を通す。前まではどの教科であっても意味不明の文字列でしかなかった問題文だが、今は違う。読めている。

 もちろん、わからないところはある。手の付けられない問題もある。しかし、これは明らかに成長していた。


(祐奈のおかげだな……)


 カンニングになってしまうので絶対にやらないが、今すぐ祐奈のもとへ行き、感謝を伝えたい気分だ。

 正直俺は、試験対策勉強を体育祭終わりまで忘れていたせいもあって自信がなかった。ところがどうだ。予想外に苦戦していないではないか。これはいつも祐奈がやってくれている勉強会のおかげ、としか言えない。普段の勉強がそのまま試験対策になっていたのだ。


 俺のシャーペンが休む間もなく解答用紙の上で踊り続ける。さらさらという音が、書き心地が、とても心地よい。問題を解けている達成感で、脳が快楽に支配される。解けない苦しみを味わったからこそわかる。これは……病みつきになるな。勉強好き、という人間の存在を今まで信じられなかったが、なんだか少しだけ理解できたような気がした。



「さて、みんなお待ちかねの時間ですよ! 覚悟はいいですか?」


 テスト終了から1週間後、教室に入ってきた先生から発せられたのは、テスト返却を告げる言葉だった。

 教室全体が一気に緊張感で包まれるが、俺はその空気に乗せられない。むしろ、楽しみでしかなかった。解けた感覚は過去最高。全力を出し切った悔いのない試験だったからだ。


「篠島宏樹くん」

「はい……っ!」


 10の位にはどんな数字が書かれているのだろうか。胸の高鳴りを抑えながら先生から答案用紙を返却される。そこで俺が見たのは——いつも見慣れた数字だった。あまりの衝撃で足が動かなくなってしまう。


「69、点……」

「全体的によく解けていましたが……ケアレスミスが目立ちましたね。でも、今回の平均点は68点なのでよくできた方と思いますよ」


 70点台は確実と思っていたのにこんな結果だなんて……あんまりではないだろうか。平均点以上、という高校入学以来初めて偉業を達成したのに全く嬉しくない。俺の頭にあるのは、試験中に問題ではなく脳を溶かしていた自分への嫌悪だった。なにが心地よい、だ。そんなことをしているからミスに気付けなかったんだ。


 その後、すべてのテストが返却されたが、結果はどれも同じ。平均点以下になることはなかったが、どれも俺の期待には到底届かない点数ばかりだった。そしてやはり、点数を落としている原因はケアレスミス。集中しなければならないにもかかわらず、「解けた感覚」という快楽に溺れた人間の末路だ。


「はぁ……なんで集中しなかったんだよ、俺は……」


 その日の帰り道。俺は1人で家路についていた。普段なら祐奈と一緒に帰ることもあるが、到底そんな気分になれない。せっかく勉強会で教えてくれたというのにこのザマだ。いったいどうやって顔向けすればいいのかわからない。


「——くん!」

「しかし……家に帰っても祐奈は来るよな。カラオケでも行って時間つぶすのもありか?」


 目的地を家から駅前のカラオケ店に変更した——その時だった。


「ひろくん! 待ってってば!」

「ぐっ、は……っ! ゆ、祐奈……?」


 後ろから勢いよく何かがぶつかり、衝撃で肺の空気が押し出されてしまう。何事かと振り向くと、そこにいたのは今最も会いたくない相手だった。

 光を受けて輪ができているショートボブの髪を揺らし、不満そうに口をとがらせている。


「急にいなくなっちゃうなんてビックリしたよ。今日は一緒に帰りたかったのに」

「……今日は1人で帰りたかったんだ」

「どうしてそんなこと——……って、テストしかないか」


 さすがは幼馴染、勘が鋭い。俺が沈黙をしていると、急に手を差し出してきた。


「手をつなぐ……ってことじゃないよな?」

「もちろん。テストを出してってこと。まぁ……手は後でつなぐけど」

「いや、つなぐんかい」


 現実逃避もかねてボケてみたらノってきた。笑えるような心持ちじゃないのに口角が上がってしまう。俺が笑ったからか、祐奈はいつものように太陽のような笑みを見せてくれる。

 ……憂鬱だ。その太陽は今から雲に覆い隠されるのだから。

 でも、こうなってしまったからには仕方ない。腹をくくって俺は返却された答案用紙を鞄から取り出し、祐奈に見せる。


「……なるほど。なるほどねー……」


 なるほど、という言葉しか発しなくなってしまった。あまりの成長のなさに呆れ、怒りの言葉すら出ないのかもしれない。

 答案用紙を見つめる祐奈の目が、段々細く、鋭くなっていく。


「なんだ、1人で帰るほど落ち込んでいるからひどい結果だと思ったけど、そんなことないじゃん」


 俺にテストを返した祐奈が変なことを言い出した。確かに点数だけを見ればひどくはない。赤点ではないし、平均点は越している。しかし——


「そんなことないわけがない! こんなにも勉強に付き合ってくれているのにこの結果なんだぞ? こんなのふざけているとしか言いようがない!」

「ひろくん……」


 祐奈の慰めは温かくて、でもそうさせている俺は情けなくて。思わず感情に任せて声を荒げてしまった。傍から見れば完全に八つ当たり。祐奈は全く悪くない、それどころか感謝しなければいけないのに。こんなこと、想い人にしていい行為ではない。俺は最低な男だ。


「……すまん。俺なんかが祐奈の隣にいていいわけがなかったんだ」

「いていいよ!」


 顔を背け、1人で逃げるように歩き出した俺を祐奈の大声が止める。再び祐奈に顔を向けると、彼女の目には大きな雫があった。


「いて、いいよ……! 一緒にいたいから、私は戻ってきたんじゃん!」


 祐奈を泣かせてしまった。その事実を理解するのと同時に、彼女の目から一筋の涙が流れ落ちる。


「いていいわけないなんて言わないで。私のそばから離れようとしないで! 私をもう一人にしないで……!」


 一度決壊したらもう止まらない。頬を伝った涙が次々に祐奈の足元へ流れ落ちていく。それを見ても俺は何も言わなかった。いや、言えなかった。泣いている女の子を慰める方法、なんて今まで学ぶ機会すらなかったから。

 だから、その代わりに俺は祐奈を抱きしめる。涙をすべて俺の服で受け止める。正解ではないかもしれないが、俺にはこれしかできなかった。


「ひろくん、ひろくん……!」

「いなくならない。いなくならないから安心してくれ。ずっとそばにいるから」


 何度も俺の名前を呼ぶ祐奈の声に、ようやく俺は言葉を返すことができた。その声を聴いた祐奈の嗚咽は一層大きくなった。もしかすると、逆効果だったかもしれない。運命の日まであと数ヵ月。そんな状況の俺にずっとそばにいる、なんて言われているのだから。

 柔らかな身体を力いっぱい抱きしめている最中、1つだけ確信したのは、祐奈は無敵超人じゃないということ。未来から来たとはいえ、涙を我慢できない人間。俺と同じ人間だ。助ける、なんて言っているけれど、手の届かない神様なんかじゃない。

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