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自称・未来人の幼馴染  作者: 千夏ケイ


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第36話 体育祭は結局楽しい

 乾いたピストルの音が歓声を切り裂く。

 ただ、それは何かの事件の最中、ということではない。もちろん、俺の命も安全そのもの。何の問題もない。

 その証拠に、ピストルの音の後にまた、割れんばかりの歓声が響き渡った。

 寒さが増してきた晩秋の下、俺は今体育祭の真っただ中にいる。


 目の前では、3年生が騎馬戦が行われている。赤・青・緑・黄色。俺たちにも割り振られた4つの色を掲げ、三つ巴ならぬ四つ巴の戦いが繰り広げられる。

 戦い方もそれぞれだ。積極的に戦いに赴く騎馬がいれば、後方で気をうかがっている騎馬もいる。

 色で連携をとって限定的な数的優位を作り出し、そのまま押し切ろうとするところもある。


「誰が誰だかわからんが……面白いな」


 俺はすっかり観戦に夢中だった。

 知り合いがいないから暇? バカ言っているんじゃないよ、全く。それぞれの思惑が垣間見えてこれほど面白いものはないだろ。

 誰だ、見る前からつまらなそうにしていた愚か者は。

 ……俺か。


「だろ? やっぱり体育祭は面白いんだって」

「……そうだけどさ——」


 隣に来たタツがは、それ見たことか、と言わんばかりの顔をしている。

 タツの言う通りではあった。勉強から解放され、面白い競技を間近で見られる。確かに楽しみにする価値は十分あるし、実際、こうやって心躍らされている。

 しかし……


「お前、感動の走りを見せるんじゃなかったのか? なんだよ、そのボロボロの格好は」


 目の前でドヤ顔をしているタツの身体は満身創痍だった。体操服には土がベットリと付き、腕と膝にはいくつも絆創膏を張っている。見ていてとても痛々しい。



 早々に終わった唯一出場する競技、100m走。この競技では、公平性を保つため体力測定のタイム順に走者の組分けが自動的に決められている。真ん中あたりの組だった俺がタツを探すと、彼は一番先頭にいた。つまり、一番走力を期待されていない組にいる、ということだ。

 それでも、俺は期待していた。あのタツが「感動の走りを見せる」と豪語したのだ。友人として、その行く末は見守らなければならない。

 スタートを知らせるピストルの音とともに、タツ達が一斉に走り出す。クラウチングスタートの姿勢から、一気に加速する……はずだった。

 あっ……、と思う隙すらなかった。スタートでうまく地面を蹴れなかったのか、若干前に進みながらタツが転んでしまった。


「タツ!」


 俺が目いっぱい叫ぶが、歓声にすべて掻き消されてしまう。

 しかし、タツは立ち上がった。フラフラしながらだが、また走り出した。ゆっくりと、着実に、タツはゴールへと向かう。

 他の人たちがゴールしてから十数秒後、タツは自らの足でゴールラインを跨いだ。

 そんなタツを称賛してか、観客からは温かな拍手が送られていた。



「まさか、あの拍手が感動だなんて言わないよな?」

「いや、言うぞ。あれが約束の感動だ」

 

 故障してもゴールすることで感動が生まれた、という動画は見たことがある。限界を迎え、痛みに倒れてしまった選手が気力だけで立ち上がり、またゴールを目指す。

 無理をしてしまえば、今後の選手生命に影響があるかもしれないのに。走ったところで優勝はおろか、入賞すらも狙えないのはわかっているはずなのに。

 それにもかかわらず、走り続ける様子は、確かに感動と言っていいものだった。

 ただ、それとこれとは違う。別にスポーツ選手でもない運動音痴な高校生がこけてもゴールを目指しただけのことと一緒にしてはいけない。


「というかさ、タツ。こけるのを回避はできなかったのか? その……あれなんだし」


 ついでに、気になることを聞いてみる。誰が聞いているかわからないから、タイムループという言葉は避けて。

 タイムループしているのだから、こうなることはわかりきっているはずなのだ。それでもこけるのは不自然極まりない。それとも、変えない理由でもあるのだろうか。


「回避はしない。というか、できない。だって、俺は運動がからっきしだから」

「それでもさ、練習すればできるようになるものじゃないか?」

「無理だ。俺の運動能力のなさを舐めるなよ」


 どうしてそんな自信満々に断言できるのか。俺にはさっぱりわからない。誇れることじゃないぞ、それは。

 

「でもな、俺にもできることはあるんだ。顔を見てくれ」

「顔っていってもな……何が——」


 言われて、タツの顔をしっかりと見てみる。だが、これと言って特別なことは何もない。いや、整った顔をしているのだから、それは特別なことって言えるのかもしれないが……それはいつもなのだから除外していいだろう。

 ……待てよ? 何もないのはおかしくないか?

 タツの身体が傷だらけなのに比べて、顔にはかすり傷すらついていない。クラウチングスタート失敗で転ぶ、という低姿勢での転び方をしたのに。


「まさか……」

「気付いたか? 俺はな、体育祭でこけても顔だけは守る術を身につけたんだ。凄いだろ?」


 凄いな、ある意味。だって、そっちの方が絶対に難しいから。

 どうやったらあの状況で顔だけ守れるんだよ。どんな動きをしているんだ。その動きができるのであれば、クラウチングスタートだって成功できるはず。

 いろいろ言いたいことはあるが……どれも口から出たがって喧嘩し、結局何も出てきてくれない。


「いやー、苦労したな。顔だけでも守るのにどれだけかかったことか……」


 ……まぁ、タツが満足そうならいいか。俺にとってはもう終わったことだし。

 タツから顔を外すと、すでに騎馬戦は終わっていた。変な話を聞いたせいで、この胸躍る戦いの結末を知ることができなかった。最悪だ。タツはなんてことをしてくれたんだ。


「あ、騎馬戦終わったな。じゃあ、最後は選抜リレーか」

「選抜リレー……」


 祐奈が出る競技だ。今度は見逃すわけにはいかない。祐奈をしっかりと応援せねば。

 祐奈を見ると、丁度入場門へ行くところだった。頑張れよ、と声に出さず口だけで伝えてみる。祐奈は笑顔で頷いてくれた。よかった、ちゃんと伝わったようだ。


 音楽とともに全校生徒から選ばれた24人の男女が歩いてくる。

 見るからに運動神経抜群そうなゴツイ男子や膝にサポーターまでつけて本気装備の女子。誰かも知らないが、彼ら・彼女らの風格は並大抵なものではない。全員が選りすぐりのランナーだ。

 そんな魔境に交じる祐奈を心配したが……その必要はなかった。手をしっかりと握りしめた彼女からは静かな闘志を感じる。


 準備を終え、ピストルの号砲が鳴った。祐奈をはじめ、4人の1年生女子が見事なスタートを切った。タツとは違い、失敗するような人はいない。

 しかし、問題はここで起こった。真剣勝負中だから意図的なものではないと思うが、走者の1人が祐奈にぶつかり、そのせいで祐奈がつまづいてしまった。


「祐奈!」


 誰がどう見てもこけてしまう——そんな状況に、俺はまたしても叫んでしまっていた。

 祐奈がタツのように傷だらけになるなんて嫌だ。何とかなってくれ。

 そんな願いを込めて、俺は叫んだ。


「諦めるな!」


 体育祭のクライマックスを飾る競技というだけあって、歓声は100m走の時よりも大きい。当然、俺の声も掻き消される。

 それでも、俺は叫ばずにはいられなかったのだ。


 その時だった。祐奈は体勢を立て直し、一気に加速したのは。よろめいた分のロスを取り戻すように、彼女は風になっていく。ショートボブの髪が激しく揺れ、1人、また1人と抜かし……最終的には1位でバトンを次の走者に手渡した。


 これだ、これだよ。感動って。

 あんな不利から立て直してトップになるなんて、俺の幼馴染はなんて凄いんだ。タツなんかと比べるのもおこがましい。


 祐奈は息を整えた後、俺に向かってVサインを見せてくる。疲れているだろうに、飛び跳ねてアピールしてくる。

 体育祭、良かったな。観戦も面白ければ、祐奈のはしゃいだ姿も見られる。

 来年も、ここに居れたらいいな。

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