第34話 幼馴染は毎朝俺を待ち伏せる
やはり、秋は短かった。
キャンプのときは周りにいくらでもあった紅葉はもう見る影もない。
遠くに見える山もすっかり色が落ち、もの悲しい雰囲気を感じさせる。
息を吐いてもまだ白くはならないが……もう冬が来たといっていいだろう。
「おはよう、ひろくん」
「祐奈か、おはよう。また一緒の時間だな」
「そ、そうだね……こんなに続くなんて珍しいよね」
家から出ると、ちょうど祐奈と出会った。
最近はほぼ毎日一緒に登校している。元々一緒に登校する頻度は高かったとはいえ、毎日ではなかった。1学期のころからは考えられないことだ。
隣を歩いて学校へと向かう。
(しかし……珍しいよね、か)
俺は知っている。
祐奈が家の前で俺が出てくるのを待っていることを。
偶然窓の外を見たら電柱に隠れて家のほうを見つめる祐奈がいたので、最初はビックリした。
が、それもしばらくすると慣れた。それどころか、あまりの怪しさに近所のおばあちゃんから通報されそうになり、必死で弁明していた姿に俺は特に驚きもせず、逆に笑ってしまった。
通報されるのも無理ない。だって、どこからどう見てもストーカーの所作なのだから。通報を回避した祐奈がどうやって弁明したのか気になるくらいだ。
俺にバレているとは知らず、未だに偶然のフリをし続ける祐奈。
ただ、俺はバレバレだ、なんて指摘はしない。
だってそうだろ? 待ち伏せられているとはいえ、好きな子と一緒に登校できるんだし。
そんなチャンスを逃す馬鹿がどこにいるんだって話だ。
「そういえば、体育祭も近くなってきたね」
「あー、そうだな。文化祭をこの前やったばかりだっていうのに……」
「仕方ないよ。1学期にやっちゃうと1年生が学校に慣れていないまま文化祭することになっちゃうし」
2学期、そしてこの1年最後のビックイベント、体育祭。
この進学校において、勉強より運動が貴ばれる唯一の日。
だが、俺はそこまでこのイベントに盛り上がれない。
「種目さえ選べたらもっと面白くなるのにな……」
「ひろくんは走りたくないだけでしょ?」
「当たり前だろ。俺の体力は平凡なんだから」
体育祭の種目はほとんどが学年・性別ごとに決められている。
生徒にできることは、全学年の選抜リレーに出場する選手を選ぶだけ。
それ以外でこの種目がやりたい、などの要望は一切通らないのだ。
そして、俺たち1年生の種目は100m走だ。
運動が得意で、体育祭といえど本気で戦う人たちは楽しいだろう。
逆に、運動が苦手な人は恥ずかしい思いをしなくて済むように頑張るだろう。
でも、俺は足が速くも遅くもない。俺のような何の特徴もない平均野郎にとって100m走は、ビリを回避すれば後は何でもいいというただの作業に過ぎないのだ。
「祐奈はいいよな。選抜リレーも出るんだろ?」
「うん、絶対活躍するから応援してね!」
「もちろん応援するぞ。そもそも、他に応援する奴いないしな」
同じクラスでさえ友達が少ないのだ。
クラスや学年を越えてしまったら、もうそこには知り合いすらいない。
タツは出場しないし、必然的に祐奈を応援することになる。
まぁ、そうじゃなくても俺は祐奈を応援するんだけどな。
好きな女の子の活躍を願わないなんて、男としてどうなんだって思うし。
「あ、そうだ。聞いておきたいことがある」
「ん、なに?」
「体育祭では俺に何か起こるのか? 結局、文化祭もキャンプも命にかかわることは何も起きなかったし」
俺の言葉に祐奈は首を横に振って答える。
「何も起きないよ。というか、何も起こらないはずなの。ホワイトデーの日までは」
「そうか……まぁ、別に危険な目に遭いたいわけじゃないからいいんだけど」
「まぁ、ひろくんはそうだよね。だけど……」
俺は海で溺れかけた。
これは運命が変わってもいいくらいの大事件だ。
本来行くはずのない場所へ行き、死にかけたんだから。
でも、祐奈は安心していない。今も不安そうな目で俺を見つめてきている。
運命はまだ変わっていないって、俺の命はホワイトデーの日に潰えるかもしれないって、本気で思っているのだろう。
「祐奈、大丈夫か?」
「……うん、大丈夫。私、絶対ひろくんを助けるからね」
「…………」
もう何度目になるかわからないこの台詞。
これは、俺を少しでも安心させるため、だけではないだろう。自分にも言い聞かせるような、そんな言葉にも感じられた。
「そのために、私は決めたんだから。小さなことから変えていくって」
「小さなことから……? 危険な目に遭わなくても変えられるのか?」
「バタフライ・エフェクトっていう言葉があって——いや、説明は長くなるからいいや。とにかく、小さいことでも大きな変化につながるんだよ」
そうか、じゃあ、危険な目に遭う必要はないのか。
……ん? だとしたら……
「祐奈、キャンプに行くときにさ、わざと危険な目に、とか言ってなかったか?」
「うっ……それはー……ね? 大きなことだったらもっと大きな変化につながるかなって思って……。でも、実際にしていないんだからいいじゃん!」
「いや、その発想があるだけでダメだろ。こっちは命がかかっているんだぞ?」
「そこは問題ないよ。朝隈くんの話ではひろくんが死んだのはいつもホワイトデーの日だったから」
そう言うと、祐奈は俺の前に出てきて笑った。
「逆に言えば、ホワイトデーじゃなければどんな変化でもひろくんは死なないってこと! 期間限定の不死身だよ!」
「期間限定の不死身って、矛盾していないか?」
「してるけどさ、それしか言葉が思いつかないんだもん」
祐奈が俺の隣に戻ってきて、腕を絡めてきた。
あまりに自然な流れ作業に、俺はされるがままだった。
近づいたことによって、祐奈の匂いが感じられるようになった。
いつもの甘い、安心するような香り。キャンプの時とは違う祐奈らしい匂い。
公衆の面前で腕を組まれているというのに、匂いのせいで落ち着いてしまう。
「安心してね。私がずっと一緒にいてあげるから」
「そ、そうか……ありがとうな」
「いいんだって。私はこのために来たんだし」
俺に向かって祐奈は穏やかに笑う。
だとしても、ここまでくっつく必要はないと思うが……嬉しいのでしばらくはこのままにしておこう。
俺たちは2人で通学路をゆっくりと歩いて行った。




