第30話 キャンプは自由そうで意外と自由じゃない
電車とバスを乗り継ぎ数時間。
車窓から見飽きるほどの紅葉を眺めた俺たちは、やっとキャンプ場についた。
キャンプでテンションが上がっているのだろうか。小さい子供と思われる声があちらこちらで聞こえてくる。
「……やっと着いたな」
「まぁね。でも、遠かった分、ここのキャンプ場はすっごく評判良いらしいよ」
「せっかく行くなら良いところ行きたいですもんね!」
確かに、雰囲気は良いな。
360度が様々な木々の紅葉に囲われているという景色の良さ。
しっかりとした造りの管理小屋があって、場内にゴミが1つも落ちていないという行き届いた管理。
キャンプ用品を販売している店が近くにあり、忘れたり足りなかったりした場合も安心できる便利さ。
家族連れが多いことも頷ける。
「でも、さすがに疲れた。管理小屋で少し休まないか?」
「ダメだよ、ひろくん。休む前にテントを立てないと」
「そうか、テントがあったか……」
「もちろん私たちも手伝うので、一緒に頑張りましょう!」
俺たちは全員キャンプ初心者。早めにテントを立てないといけない。やり方がわからず、いつまで経ってもテントが立てられない、なんて事態に陥る可能性もあるし。
相次ぐ乗り換えで疲れたが……仕方ない。さっさとテントを立てて、そこで休もう。
「よし、じゃあ立てるか……って、どこに立てればいいんだ?」
キャンプ場内には、先に来ている家族連れのテントが草で囲われた区画通りに規則正しく並んでいる。
キャンプって自由にテントを張っていいイメージだったけど、違うのか?
少なくとも、彼らのテントの並び方からは自由を感じられない。
どこでも立てていい雰囲気ではなさそうだ。
「あ、そうだった。ここは区画サイトのキャンプ場だからね。チェックインついでに聞いてくる!」
「よろしく頼む……って、区画サイト?」
祐奈が管理小屋に走って向かう。あれだけ乗り換えをして疲れているはずなのに、どこからそんな体力が出ているんだ。
それとも、祐奈もテンションが上がっているのか? あの子供たちみたいに。
まぁ、そんなことはいい。今は区画サイトとかいう聞きなじみのない言葉の意味が少し気になる。
「なぁ、区画サイトってなんだ?」
「先輩、キャンプ初心者にそんなことわかるわけないです。スマホで調べてみましょうか?」
「そうしてくれると助かる」
関口がスマホを取り出して調べてくれる。
軽快にスマホを操作する彼女の口から、「へー」という言葉が漏れた。
「どうした? 何かわかったか?」
「はい! 区画サイトっていうのは使用可能なスペースが区切られているキャンプ場らしいですね」
「だからあんな風に並んでいるのか」
「みたいです。逆に、そういった区切りがなくて自由にテントが張れる場所をフリーサイトっていうらしいですよ。私、キャンプのイメージはこっちでした」
やっぱりそうだよな。関口も俺と同じイメージを持っていたことに胸をなでおろす。
キャンプのイメージがズレているわけではないようだ。
「しかし、なんで区画サイトにしたんだ? やるなら広々と使えたほうがよくないか?」
「そうでもないみたいですよ。フリーサイトのキャンプ場は、人が沢山来るとテントを張る場所がなくなっちゃうこともあるんだそうです」
「テントを張れない……キャンプに来た意味がほとんどなくなるじゃんか。じゃあ、区画サイトで正解だな。特に初心者は」
テントを張る場所がないキャンプって、どうするんだろうか。初心者過ぎてそうなった場合の対処法が思いつかない。
そういう事態に陥らない区画サイトでよかった。祐奈は恐らくそういうところも見越してキャンプ場を選んだのだろう。さすがだ。
「ひろくーん、翼ちゃーん!」
そんなことを思っていると、祐奈が帰ってきた。手を振りながらまた走っている。
体力有り余りすぎだろ。テントという荷物を追加で持っているとはいえ、男の俺が疲れているんだぞ? どうなっているんだ。
「私たちの区画聞いてきたよ。あそこだって!」
「あそこは……いいじゃんか」
祐奈が指をさした方向は、キャンプ場の端。紅葉が間近で見られる場所だ。
秋のキャンプを満喫するにはおあつらえ向きである。
早速3人で区画へと向かう。
「先輩! 赤い葉っぱが沢山! 落ち葉も沢山! 綺麗ですよ!」
紅葉を間近で見た関口が落ち葉を拾い、シャワーみたいに放り投げて遊んでいる。テンションが上がりすぎたせいか、語彙が小学生レベルにまで落ちてしまっているようだ。とても進学校の受験に挑戦する人の言葉とは思えない。
(……確かにいいな)
けれども、関口のテンションが限界突破するのもわかる。
長旅の車窓でもう見飽きたと思っていたが、やはりこう近くで見ると違うなって感じるからだ。
紅く染まった葉は1つ1つ微妙に違った色をしていて、そのコントラストがとても美しい。
「どう? 良い場所でしょ?」
「そうだな。最初は何でキャンプにって思っちゃったけど、ありがとうな」
「別にいいよ。ひろくんの運命を変えるだけじゃなくて、翼ちゃんのリフレッシュも必要だったし」
俺の隣に来た祐奈が関口に聞こえない声で囁く。
文化祭以来、少し様子がおかしくなったが、こういう芯の部分は変わらないな。
一緒にいて、とても心が安らぐ。
「……テント、立てるか」
「そうだね。日が暮れないうちに立てちゃおう。ちなみに、テントはその1つだけだから何個も立てないとっていう心配はしなくていいよ」
「……え?」
安心感をぶち壊す衝撃発言が俺を襲う。
何を言っているんだ? 男女でキャンプをするのにテントが1つだけ?
俺はてっきりこの大きなテント袋にいくつか入っているものだと思っていた。部屋で確認しておくべきだったな……
「あのな、祐奈。俺たちは男と女だ。俺が襲ったらどうするんだ?」
「……? 襲わない……というか、襲えないでしょ? こんな周囲に家族連れが沢山いる状況で。そこまでの度胸があるなら、私たちはとっくにひろくんの部屋で何度も襲われているよ」
逆に、何言っているんだコイツ、みたいな顔をされてしまった。
これ、俺がおかしいのか? 年頃の男女なので、テントは分かれて寝ましょうって普通のことじゃないのか?
きょとん顔の祐奈を見て、その自信がどんどんなくなっていく。
だけど、俺は反論しない。理由はたった1つ。祐奈の指摘は正しいからだ。
彼女たちに襲い掛かる勇気なんて俺にはない。
祐奈とは今の良好な幼馴染関係が、関口とはこんなにも慕ってくれる先輩後輩関係がある。
それを関係が決定的に変わってしまうような「過ち」なんかで崩したくはない。
しかし、論破されたことは悔しいのて、祐奈の言葉に何も返さず、テントを袋から出して広げる。
さぁ、説明書とにらめっこをして、この敗北を忘れよう。




