第26話 地獄(文化祭)の始まり
『文化祭開始時刻になりました。皆さん今日一日楽しみましょう!』
放送部の軽快な声によって文化祭が始まった。
だが、俺たちのクラスの男子はそんな軽快さとは程遠い——
「なかなか良くね? ほら見ろよ」
「良い感じじゃねぇか。スカートもなかなか悪くねぇ」
「だよな。こんな機会ないから初めて知ったわ」
——ことはなかった。
男子も普通に盛り上がっている。
確かに当初は全員嫌がっていた。男がスカートなんて、と思っている人が多かっただろう。
だが、実際に採寸が終わり、全員で着てみたらその認識は変わった。
恥ずかしさよりも面白さのほうが勝ったのだ。
そこからは、ほぼみんな乗り気になった。
もはや女装をモチベーションにして文化祭準備に精を出す人も現れたぐらいだ。
俺もそこまでではないが、ちょっとだけワクワクしている。
「宏樹、そのメイド服なかなか似合っているぞ」
「ありがとう。タツは……なんか違うな」
俺に話しかけてきたタツも当然メイド服……なのだが、何か違和感を覚える。
顔が整っていることが逆に裏目となったのか、コレジャナイ感がものすごい。
「……ふっ」
思わず目をそらして吹き出してしまった。失礼だとは思うが、許してくれ。
「おい、笑うなよ。俺だって似合わないことはわかっているんだから」
「すまんすまん。でも、タツは何でもできると思っていたがまさか女装という例外があるなんてな」
「くそっ、何回やってもこうなる……メイド服め……」
タツがため息をつく。クラスの中で唯一この状況を楽しんでいないのはタツぐらいなものだ。
……というか、今変なこと言わなかったか?
「何回やっても? タツ、女装は初めてじゃないのか?」
「え? あぁ、いや。こっちの話だ。悪い悪い。女装は別に趣味じゃないから安心してくれ」
「いや、女装趣味の人が友達でも全然良いんだけどさ」
それが犯罪とかじゃない限り、人はそれぞれ自由に服を着るべきだ。
男装だろうが女装だろうが好きにすれば良い。
だが、問題はそこじゃない。
——何回やってもこうなる……
この発言で俺は確信した。
(タツは絶対に知っているよな)
タツは女装を趣味にしているような人じゃない。
かわいいと思ってやるならまだしも、似合わないことを自覚しながら女装を続ける人なんてそういないからだ。
そんな人が何度もメイド服を着るだろうか?
それにもかかわらず、何回やっても、とタツは言った。
メイド服の絶望でポロっと口からこぼれてしまったようだが、相手が悪かったな。
祐奈から情報共有された俺は見逃さない。
「なぁ、タツ。文化祭終わりに少し時間もらえるか?」
「ん? メイド服を脱いだ後で良いなら空いているが……何か用か?」
「ちょっとな、話したいことがあるんだ」
タツは指を口に当てて考え込む。
……怪しまれたか?
いや、そんなことはないはずだ。お前未来人だろ、って言われるかもしれないなんて一体誰が想像できるんだ。
「話したいこと、ねぇ……だったら屋上なんてどうだ? そこなら人が少ない」
「屋上? あそこはいつも閉まっているだろ」
「いつもは、な。今日は文化祭だ。垂れ幕なんか使う先輩もいるそうで特別に解放されているんだよ」
屋上か……なんかちょっとワクワクしてきた。
漫画やアニメの世界だと解放されているところが多いが、現実ではそうはいかないからな。立ち入り禁止の場所に怒られる心配もなく入り込めるなんてやっておかなきゃ損だ。
「龍文! ちょっと鉄板見ていてくれ!」
「わかった、今行く」
タツが他の男子に呼ばれた。
そう、あまりにも似合わないということで、タツは調理担当になったのだ。
屋台をやりたがっていた奴は人手が増えたと喜んでいたが、タツはどこか遠い目をしていたのを覚えている。
「じゃあ、俺行くから。また後で」
「あぁ、またな」
タツと別れ、俺も持ち場に戻る。俺はタツと違い接客担当。
色んな人にメイド服姿を見られるポジションなので恥ずかしいが、周りには同じ境遇の人がたくさんいる。
メイド服、みんなで着れば怖くない。
「じゃあ、そろそろお客さん入れるねー」
受付担当の祐奈が教室に入ってきた。
思わず、執事服姿の祐奈に目が引き寄せられてしまう。
(な、なんだ……この吸引力は……!)
すっきりとした衣装に身を包んだ祐奈は、カッコよさとかわいさが絶妙に混ざり合っている。
そこに執事服からでる気品も相まって、とんでもなく高威力だ。
リハーサルの時に何度も見たはずなのに……見飽きることなんてない。
今の中性的な雰囲気は男女問わず虜にしてしまうだろう。
そんな祐奈が受付をやったらどうなるか?
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「お嬢様、お帰りをお待ちしておりました」
「ご主人様方は……2名ですね。お帰りなさいませ」
答えは簡単。大盛況になる。
祐奈に釣られたお客さんがひっきりなしに来ている。
それはつまり、注文も大量ということだ。
「タツ、オムライス1つ頼む」
「こっちは焼きそばとオムライスだ」
「……助けてくれ」
開始からまだ少ししか経っていないにもかかわらず、タツの顔からは気力を感じられない。
それは他の人も同じようで、みんな疲労困憊だ。
「楽しくなってきたなぁ!」
……屋台をやりたがっていた奴以外は。
あいつの体力はどうなっているんだ。とんでもないスピードで料理が作られているぞ。みんな疲れて作業スピードが目に見えて落ちているのに。
俺たちが限界ギリギリで耐えているのも大半が彼の力だろう。本当にすごい。
「はい、これオムライス。焼きそばもできたから運んじゃって!」
「ありがとうな」
だが、注文が多いということは配膳も多いということだ。
そして、ここは男女混合喫茶。普通の飲食の出し物じゃない。
「ケチャップ、置いとくから頼んだぞ」
「……あぁ」
配膳後のサービスもまた、多くなるのだ。
メイド服はいいが、これは普通に嫌だ。
ただ、俺たちは一応対価をいただいている身。手を抜くわけにはいかない。
「こちら、オムライスです」
「……! あ、ありがとうございまーす。じゃあ……先輩、ハートを書いてもらっていいですか?」
「承知しました。お嬢様のオムライスにハートを書かせていただきます」
今の接客相手はサングラスとマスクをつけた怪しげな女の子だ。
しかし、怪しくてもお嬢様であることに変わりはない。俺は彼女のためにケチャップで丁寧にハートを描いた。
……うん。我ながら良い感じにかけたな。
「先輩、おまじないってやってくれるんですよね?」
「もちろんです、お嬢様。心を込めてやらせていただきま——先輩?」
先ほどからなぜか先輩呼びされている。
だが、俺にこんな怪しさ満点の知り合いなんて——
「……関口?」
「えっ!? ち、違いますよ! 誰ですかその女の子! 私がいるのに他の女の名前を出さないください!」
「関口が全員女の子なわけないだろ。それに声が完全に関口だし」
「え、えーっと……ここからやり過ごす方法は……」
そんな方法はない。
俺は彼女がかけているサングラスを奪った。
そこから出てきたのは見覚えのある目もとだった。
「ちょっと! 何取っているんですか!」
「室内でご飯を食べるときにサングラスをかけたら見えなくてこぼしちゃうだろ? ほら、マスクも外さないと食べられないぞ」
「うぅ……わかりました……」
ゆっくりとマスクをとると、やはり彼女は関口だった。
「なんで変装なんてしていたんだ?」
「受験生なのに文化祭で遊んでいたら祐奈先輩に怒られるので……」
「そういうことか……」
それくらいなら笑って許してくれそうなものだけどな。後輩から見る祐奈は意外と怖い存在なのかもしれない。
「でも、受付ではバレませんでした! なので先輩、私が来ていたってことはどうか内緒で……!」
「わかってるって。俺は言わないから」
「ありがとうございます、さすが先輩です! 絶対、絶対ですからね!」
まぁ、俺は呼び方と声ですぐ気付いたし、祐奈も気付いていそうだけど。
それを伝えるのは可哀そうなので言わないでおいてあげよう。
「そんなことより、です! 先輩、おまじないをお願いします!」
「……マジ?」
「マジもマジ、大マジですよ?」
こいつめ……
悲しいことに今の俺たちの関係は先輩と後輩じゃない。メイドとお嬢様だ。
やれと言われたら逆らえない。
「……じゃあ、やるからな。おいしくなーれ、萌え萌えキュン!」
「あはっ! あ、ありがとうござ……ふふっ。ありがとうございます」
めちゃくちゃ笑われた。後輩の前でこんな醜態、顔から火が出るほど恥ずかしい。
しかし、引かれなくて良かったと思うべきなのだろうか。笑ってくれてよかった、と。
「あー面白かった! また今度お願いしますね!」
「二度とせんわ!」
文化祭はまだ始まったばかり。
さすがにもう知り合いが来ることはないだろうが、このおまじないはまだまだやらなきゃいけなそうだ。
考えるだけで気持ちが沈んでいく。




