第21話 友人の来訪は突然に
海に行ってから数日が過ぎた。
俺は今、自室に軟禁されている。
籠の鳥のように俺を閉じ込めた犯人は、もちろん祐奈だ。
海に行った日、俺は溺れて死にかけた。
運命が変わったかも、なんて言ってその場は収まったが……それはそれ、これはこれ。
この軟禁も、これ以上危険な目に遭わないように大人しくさせるためだそうだ。
(海に連れて行ったのは祐奈なんだけどな……)
だが、これを言ったら祐奈は自分を責めてしまうので絶対言わない。
俺は配慮ができる男なのだ。
この軟禁、正直俺は舐めていた。
祐奈はこの家に住んでいない。抜け出すことなんて造作もないと思っていた。
だが、そんなことはない。俺の考えは甘かった。
現実は俺の家族全体が祐奈の軟禁計画に協力してしまっている。
祐奈が母さんに俺が夏休みの宿題を全然やっていないことをバラしやがったせいで。
確かに宿題をやっていなかった俺が悪いが、深い事情を知らない親を巻き込むのはちょっとどうなのかと思う。
みんな出かけて家に誰もいない隙にコンビニでも行こうと思ったが、祐奈がちょくちょく監視に来るし……どうしたものか。
まぁ、それほど大事に想われているってことなのかもな。
少々過保護すぎる気がしないでもないが、これは俺が未来を知らないからなのかもしれない。
溜まった宿題をやる良い機会ととらえて許してやるか。
と、その時。玄関のチャイムが鳴った。
祐奈が今更チャイムを押すわけない。恐らく宅配便だろう。
まぁ、母さんがいるし、任せるか。
ノートについている消しカスをはらい、シャーペンを持つ。
目の前にある文字の羅列とにらめっこ勝負を再開しよう。
こっちはしかめっ面単騎で挑んでやる。
「おーい、宏樹。遊びに来たぞ、入っていいか?」
「ん? その声……タツか! いいぞ、入ってこい」
ドアが開くと、そこには終業式以来の友人の姿があった。
手には鞄を持っている。中身は……夏休みの宿題?
「よう、一緒に宿題でもしないか?」
「それはいいんだけど……なんで来たんだ?」
「あぁ、少し気になることがあってな。まぁ、それは後にしよう。わからない所はあったら俺に聞いてくれて良いから、こんな宿題なんか手早く済ませちゃおうぜ」
「なんかよくわからんが……わかった」
タツの来訪には疑問がある。
だが、教えてもらえるのであれば好都合だ。
今変なことを聞いてこの機を逃すわけにはいかない。
にらめっこはもう飽きた。
「どこまで進んでいるんだ……って、全然進んでねぇな」
「仕方ねぇだろ。ここがよくわからなくてな」
「そこか。そこはだな……こうすればいいんだ。教科書のこの基礎問題からやると理解しやすいぞ」
「教科書!? 宿題をやるのに教科書の問題まで解けっていうのか?」
「そうだ。この宿題は応用問題だからな、基礎が理解できていないと話にならん」
「……まじか。宿題でこれなら大学入試なんて想像もつかんな……」
まぁ、俺はそれを迎えることなく死ぬ運命らしいんですけどね。
だけれども、そんなことは関係ない。勉強しない理由にはならない。
俺は生きるのを諦めないから。祐奈も助けるのを諦めていないから。
運命なんて、諦める理由になりやしない。
「そうだな。大学入試は……大変だ。頑張れよ」
「言われなくとも頑張るけど、どうした? なんでそんな難しい顔をしているんだ?」
「いや、気にしないでくれ。世界を呪っていたところだ」
「怖っ! なんじゃそりゃ。何かあったのか?」
「恨みや悩みならいくらでもある。人には言えないけど」
「俺にも?」
「そうだな、お前にも言えん。どうすることもできないものだからな」
こんな秀才にもそういうのはあるんだな。
それも俺に言えないほどの、ときた。
気にはなるが……タツですら悩むものに俺がどうにかできるとも思えない。だったら、首を突っ込まないほうがいいか。
「って、そんなことはいいんだよ。ほら、早くやるぞ。基礎からやり直すんだから、時間がいくらあっても足りん」
「基礎はまた今度で今日は宿題を進めるだけってのは……」
「ダメだな。何も理解しないまま答えを書き写すだけの作業なんて勉強とは言わん。ただの時間の無駄でしかない。どうせやるなら身になったほうがいいだろ?」
「そりゃそうだけども」
「だったら、基礎からやったほうがいい。まぁ、そこまで心配する必要はないぞ。今日は俺が教えてやれるからな。東川さんじゃなくて申し訳ないけども」
「そこはどうでもいい。確かにちょっと残念だけど」
「……ほう?」
タツの動きが固まる。シャーペンや宿題を持った手はピクリとも動いていない。
だが、瞳だけは動くようで鋭い目をこちらに向けてくる。
「祐奈は関係ない、とかいうとでも思ったか?」
「あぁ、そうだな。からかってやるつもりだったんだが……どうした? 頭でも打ったか? それとも熱でもあるのか?」
「いや、そんなことは——あるのかもな。俺は祐奈が好きだって気付いたから。その意味では熱があると言える」
「はぁ!?」
タツの硬直がやっと終わったと思ったら勢いよく飛びあがった。
祐奈が好きだって伝えるのは初めてだが、そこまで驚くことか?
「どうしたんだよ。そこまで驚かなくてもいいじゃねぇか。タツは俺が祐奈のこと好きって気付いていただろ?」
「そりゃ、気付いていたが……そんな、そんなこと……」
「タツ……? どうしたんだ?」
なんかめちゃくちゃ真剣な顔しているぞ?
俺になんだかんだ言って、もしかするとタツも祐奈のことが好きだったのか?
だとしたらすまんな、タツよ。俺は彼女の唇の感触を知っている。
「……この際だから色々聞かせてもらおうか」
「ん? 来た時に行ってた気になることってやつか? いいぞ、俺が答えられる範囲なら」
「それで構わん。じゃあ、まずは……この夏、何かしたか?」
「祐奈と海に行ったぞ。それ以外は特に何も」
「……そうか。そこで何かあったか? 事件とか」
キスをした——なんて言わないほうがいいよな、これは。
もし、タツが祐奈のことを好きだとしたら脳を破壊してしまう。
俺の部屋で友人が廃人化する瞬間なんて見たくない。
「俺が溺れたぐらいなものだな」
「溺れた、だと……?」
どうしよう、タツの眉間にしわがこれでもかというほど寄っている。
目つきもめちゃくちゃ鋭くなっているし……
俺、何か地雷でも踏んだのか?




