第19話 幼馴染の水着はクリティカルヒット
俺は今、ビニールシートの上に座っている。
やっぱり、男の着替えは早い。
脱いで海パンを履くだけなのだ、すぐに終わる。
一方、女の水着はどうか。
もちろん着たことがないからわからないが……上下どちらともあるし、ズレたら大変なことになるので位置調節もしなくちゃいけない。
考えてみれば、長くなるのも当然だ。
しかし、それにしても長い。
先に遊び始めるわけにはいかないし、催促できるわけでもない。女子更衣室に入ったら普通に犯罪だから。
生きるか死ぬかの前に逮捕されてしまったら何の意味もない。
だから、こうしておとなしく座っているのである。
「お待たせ、待った?」
「ちょっと待ったぞ——」
現れた祐奈はなぜかかき氷を手に持っている。
人を待たせておいてかき氷——なんてことはどうでもよく、俺の意識は祐奈の水着に向かってしまった。
俺たちは幼馴染、お互いの水着なんてそれこそ毎年見てきた。
海で、川で、湖で、プールで。
ありとあらゆる場所で見てきたのだ。
それに、彼女が来ているのはシンプルなビキニ。ビキニという特性上、露出は確かに多いが……男を確実に悩殺するようなきわどいものではない。
だから、今更祐奈の水着なんて……とはならないのだ。
だって、今は昔と違うから。
祐奈への恋心を自覚した後だから。
今、俺の目の前にあるのは幼馴染の水着じゃない。想い人の水着なのだ。
これに意識が向かわずして何が男か。
今はただ、日本に夏という季節をくれた神に感謝をささげよう。
「……? どうしたの、そんなぼけーっとしちゃって」
「え、ああ。その……ちょっとな」
「もしかして、私の水着に見惚れちゃった?」
「いや、そんなことは。俺水着見てないし」
図星過ぎて変な嘘をついてしまった。なんだこの嘘は。バレバレすぎるだろ。
祐奈もなんかむせちゃったし。
「あはっ。そ、そうなんだ。まぁ、かき氷でも食べて落ち着きなよ」
「……そうするよ」
祐奈がストローの先をこちらに差し出してくる。もちろん、たっぷりのかき氷付きで。
これは……あーんってやつでは!?
幾度となくラブコメ系の漫画で見た男の夢、あーん。
まさか俺も経験できるとは……
「ほら、早く。溶けちゃうから」
「ご、ごめん。食べるよ」
かき氷を口に入れる。
……冷たくておいしい。
キーンとした痛みが頭を襲うが、これもかき氷の醍醐味だろう。
それに、今はこの冷たさと痛みが俺の煩悩を消し去ってくれる。
ようやく水着の衝撃から解放された——
「間接キス……だね」
「祐奈!?」
と思ったら、別の衝撃が俺を襲った。
なんだ、祐奈は。俺の急所を突く達人か? これも未来人知識なのか?
……いや、さすがに関係ないか。ただ俺が単純でガードゆるゆるなだけだな。
「あ、でもそっか。私たちキスはもうしてるんだし、今更間接キスぐらいでどうとも思わないか」
「いやいや、思うでしょ。こっちは興奮しまくりだっての」
「そっかそっか、興奮しまくりなんだね」
ニヤニヤ笑う祐奈に言われ、俺は口を手で塞ぐ。
あまりの連続攻勢に、俺の口までゆるゆるになってしまっているらしい。
「……まぁ、私も同じ気持ち……だよ?」
「祐奈……」
これは、祐奈が誘っているのか?
こんな公衆の面前で?
でも、誘われたなら仕方ない。
男は狼。想いの通じている子にそんなことされたら襲っちゃう生物なのだから。
俺はゆっくりと顔を近づけていく。
祐奈も察したようで、目を閉じる。
今までしてきたキスは3回とも女子からのものだった。
つまり、俺からするのは初めて。
これがファーストキスといっても過言じゃない。
俺の視界にはもう祐奈しか映っていない。
集中するため、俺も目を閉じた。
もう少しで唇が触れる——
その時だった。
少しとがらせた俺の唇を割って、大量のかき氷がなだれ込んできた。
さっき食べたのと比にならない量のかき氷に、頭が割れそうなほど痛む。
「祐奈……なんてことを……!」
「ごめんごめん。でも、公衆の面前でキスしようとしてくる狼さんにはお仕置きしないといけないから」
「だからといってかき氷を……」
「いいじゃん、夏っぽくて。それに美味しいでしょ?」
俺をこんな目に合わせた主犯は満面の笑みで笑っている。
くそっ、一杯食わされたか。
「あれ、そういえば……祐奈もさっき公衆の面前でキスしていなかったか?」
「さぁー、海で泳ごう! かき氷もいいけど、海も気持ちいいよ!」
「おいって!」
急に話をそらした祐奈が浮き輪をもって海に走り出す。
なんて自由なやつなんだ、全く。
しかし、海で泳ぐというのは賛成だ。
海に来たのに泳がず砂浜で遊ぶだけなのは少し寂しいしな。
「祐奈、俺も泳ぐから待てって!」
「見てて、ひろくん。これが私の泳ぎだよ!」
俺の話を聞いちゃいねぇ。
浮き輪を持っているというのに見事な泳ぎでどんどん遠くなっていく。
あのはしゃぎっぷりからは、俺を死から守る未来人なんてことは全く感じられない。
まぁ、それでもいいのだろう。
使命にばかり取りつかれていては、人間いつか限界を迎えるんだから。
こうした息抜きだって必要に違いない。
だが、俺たちは知る由もなかった。
少しづつ狂い始めた運命の歯車が何を引き起こすのかを。




