第13話 幼馴染と成長しない俺
と、意気込んだのも今は昔。
今日は終業式なのだが、ここまで何の成果もなかった。
とはいえ、俺が「知りたい」と言ったあの日から俺たちの関係は決定的に変わった。
例えば勉強会の時。
祐奈は明らかに距離を縮めようとしてくる。物理的に。
「教えてあげるから膝の上にのせて」なんて言われたこともある。
冗談っぽさを感じさせない真剣な顔だったから少し迷った……が、結局、さすがにそれはということで断った。
祐奈は不機嫌そうにしていたものの、頭を撫でてあげることで何とか機嫌は戻ってくれた。
(さすがにチョロくないか……?)
なんて思ったが、これを言ったら絶対怒られるので黙っておくことにした。沈黙は金である。
そして、2人きりの時はよく抱き着いてくるようになった。
しかし、それは恋人同士がするような甘いものではない。
何かから守るような、何かを噛み締めるような。
そんな感情が伝わるような強いハグだった。
だが、そのことを祐奈に聞いてもいつもはぐらかされる。
違和感はどんどん増していくばかりだ。
俺の予想ではここに何かがあるのだと思う。
祐奈が幼馴染の俺にまで隠し通したがっている感情。
これが明らかになれば、祐奈のことを知れたといえるのではないだろうか。
幸いなことに、今日の終業式を終えれば夏休みに突入する。
もちろん夏休みの宿題含め、勉強と無縁の生活になるわけではない。
だが、それでも自由に使える時間はかなり増える。
この夏休みが恋愛作戦の1つの山場だ。
(覚悟していろよ、祐奈)
祐奈の深奥をついに暴けるかもしれない。
そう考えると、ニヤニヤが止まらない。
気持ち悪いかもしれないが、許してほしい。
だって、これは恋愛作戦以外でも役立つはずなのだから。
敵を知り己を知れば百戦危うからず、ということわざがある。
俺は今まで、祐奈のことを知っているようで全然知らなかった。
逆に、祐奈は俺のことを怖いぐらいに知り尽くしている。
親にもバレていなかった少し肌色成分多めの漫画をすぐに探し当てた時は驚いた。
祐奈は勘だと言っていたが、その動きは明らかに知っている人のそれだった。
こういった差があったから負けていたのだろう。
とすれば、祐奈のことをしっかりと理解することで、この敗北続きの日々とはおさらばできるかもしれない。
もちろん相手は祐奈だ。確実に勝てるようになるとは思っちゃいない。
ただ、可能性があるというだけでニヤけてしまうのだ。
それに、ここは俺の家の玄関。
扉を開ければ公衆の場だが……家から出てすぐなんて、誰かが見張っているわけでもない限りそうそう見られる心配はないのだ。
だから、気持ち悪い顔でも問題ないのだ。
冷静さは外の風で取り戻せばいい。
「じゃ、行ってきまーす」
そう言いながら玄関のドアを開ける俺。そこに待っていたのは——
「あ、ひろくんじゃ……ん? 何その顔」
——明るい未来などではなく、ちょうど通りがかった祐奈(若干引き気味)だった。
◇
どうしてこうなった。
今、俺は祐奈の隣を歩いている。
せっかく会ったのに別々で登校するなんて選択肢は俺たち幼馴染にないからだ。
ただ、いつもと違うのが、隣を歩く祐奈の顔が苦笑いだということ。
一緒に登校するときは、いつもまぶしいくらい笑顔を振りまいてくれるあの祐奈が、だ。
確かに気持ち悪いかもしれないが……そこまでか? 祐奈の笑顔を消すほどなのか?
……いや、それほど気持ち悪いか。
玄関から幼馴染が急に現れて、しかもめっちゃニヤついているのだ。
俺だって祐奈がそうしたら引いてしまうかもしれない。
最悪だ。今すぐベッドへ行き、夢の世界に逃げたい。
「あー、ひろくん?」
「なんでしょうか」
「せっかくテンション高かったのに、なんかごめんね」
謝られてしまった。謝られると虚しさが増してくるから、そこは謝らないでほしかった。
「いや、祐奈が謝ることじゃない。俺のテンションが終わってただけ」
「そっか。……なんでテンション高いの? やっぱり、明日から夏休みだから?」
「それもそうだけど、やっぱり一番は祐奈と過ごす時間が増えるからかな」
「えっ!?」
何やっているんだ、俺は。
家から出てすぐだから誰にも見られない?
ふざけた甘い考えだ。結局、一番見られたくない人に見られた。
俺はいつもそうだ。その場で適当なことを考え、失敗する。
勉強会の一件から成長していないとしか言いようがない。
後悔と自責の念がどんどんと湧き出て、それしか考えられなくなっていく。
「俺、祐奈のこともっと知りたいんだよね。前に言ったかもしれないけど」
「ふ、ふーん……」
「だから、夏休みはたくさん遊ぼうな。約束もしたし」
「……うん。私も遊びたい」
「嬉しいなぁ。ありがと——」
「もう無理! 恥ずかしすぎる!」
あれ、まだ人が喋っている途中だというのに、祐奈が走って行ってしまった。
なんて失礼な奴だ。人の話は最後まで聞きましょうって幼稚園でも習うぞ。
まぁ、しゃべりながら他のことを考えていたせいで半自動的に言葉を発していた俺が言えることでもないが。
さすがの脚力というべきだろうか。学校へと走る祐奈の背中が小さくなっていく。
それにつれ、俺の頭は冷静になっていった。
……ん?
冷静になっていく頭で、俺はかすかな違和感を覚えていた。
そして、その違和感はある1つのことを気付かせた。
……失礼だとかの前に、俺、今何を喋っていた?
会話内容を思い出すと同時に、一気に冷静さを取り戻す。
血の気がスッと引くのを感じる。
祐奈をもっと知りたいのは本当だ。夏休み遊びたいのも本当。
1つも嘘は言っていない、すべて本音だ。
でも、タイミングが終わっていた。
さっきキモいにやけ顔で引かれたばかりなのだ。
そこに知りたい、遊びたいという少しキモい台詞。
キモさ倍増間違いなしである。
ま、まぁ? 一応一緒に遊ぶことの了解は貰ったし? 問題ないのでは?
祐奈が耐え切れず走り去った現状、これが問題ない訳がない。
だが、もう信じるしかない。そう信じないと心が持たない。
「はぁ……」
ため息が思わずこぼれる。
一体いつまで俺は同じようなミスを繰り返すのだろうか。
せっかくの修学式という素晴らしい日なのに、朝から最悪な気分だ。




