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自称・未来人の幼馴染  作者: 千夏ケイ


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第9話 敗北前提でも突き進め

 話始める前に、タツがやっと頭から手を放してくれた。

 ジーンとした痛みが頭に残る。


「まず、そもそもの話だ。宏樹の分析は甘すぎる」


 タツが腕を組んでこちらを見下ろしてくる。

 まだちょっと怒りが残っているのか、威圧感たっぷりだ。


「甘いってことはないだろう。幼馴染ドン引き恋愛対象外確定ルートだぞ?」

「幼馴染ドン引き……なんて?」

「幼馴染ドン引き恋愛対象外確定ルート」

「……まぁ、いい。その幼馴染ドン引き恋愛対象外確定ルートが甘いって言っているんだ」


 ……は?

 これでも考えうる限り最悪なルートなのだが……もっと最悪なのか?


「じゃあ、まずはもしそのルートだった場合を説明してやる」

「よろしく頼む」

「大前提として、ルートの大筋は正しい。急に知りたいなんて言われたら、そりゃ誰だって引くからな」


 やっぱりそうだよな。

 俺も誰かに同じこと言われたら引いてしまうし。


「でも、宏樹のやらかしはこれだけじゃない」

「いやいや、さすがにこれだけだろ。後はといえば、話しかけたぐらいなもんだぞ?」


 俺たちは幼馴染。

 小さいころから一緒にいて信頼関係もあるし、仲もいいと思っている。


 赤の他人でもあるまいし、話しかけること自体がアウトなわけがない。


 ただ、タツは首を横に振っている。

 

「あのな、宏樹が話しかけたとき、東川さんは花瓶を洗っている最中だったんだろ?」

「あぁ、そうだった」

「そして、あれだけきれいに洗うんだ。その花瓶は東川さんにとって大切な物なんだろう」

「理由とかは聞いてないけど、なんかそうっぽいよな」


 俺たちはそろって、教室の前方を見る。

 窓から入ってくる太陽光を浴びた花瓶は、名工の一品といわれても信じてしまうほどに光り輝いている。

 入れられた草花もなんだか生き生きとしているような気がする。

 

「そんな思い入れのある花瓶を洗う時には絶対集中するはずだ」


 そりゃそうだろう。花瓶は割れ物。一瞬の気のゆるみが花瓶を壊すことにつながってしまうのだから。

 

 俺だってあの花瓶を洗うときは落とさないよう集中するのだ。

 祐奈はどれほど集中しているか——


 ……あれ?


「その顔、ちょっと気付いたようだな」


 ……もしかして、俺、ヤバいことしてる?


「そんなにも集中しているのにもかかわらず、急に話しかけられたら……どうなると思う?」


 血の気がさっと引いた。


 そんなの、ブチギレされたって文句は言えないじゃないか。俺の考えが浅かった。

 俺は祐奈が大切にしている花瓶を壊すところだったのだ。

 それも、祐奈自身の手で。


 あまりにも残酷すぎるではないか。


「お、俺は何てことを……」

「わかったようだな」


 冷や汗が止まらない。


 これでは祐奈のことを知るどころか、もう知れなくなっても不思議じゃないぞ……

 これは、幼馴染ドン引き恋愛対象外確定ルートなんかじゃない。

 幼馴染大激怒絶縁確定サヨナラルートじゃないか。

 勝つための行動を早くしたいがあまり、全ての選択肢をミスってしまった。何をやっているんだ、俺は。

 

 いや、今はこんな自責の念に駆られている場合じゃないよな。


「早く祐奈に……!」


 祐奈に謝るために勢いよく席を立とうとした……が、タツが俺の肩を抑えて全く立てない。


「なにすんだよ! 謝るなら早いほうがいいだろ!?」

「おい、落ち着けって。さっきの俺の話、聞いていたか? これはもしそのルートだった場合の話、単なる仮定にすぎん」

「仮定……」

「そう、東川さんを見てみろ。あれがこの最悪なルートを辿った人の顔か?」


 タツに言われ、恐る恐る祐奈のほうを見てみる。


 すると、祐奈と目が合った。


 まさか、祐奈がこっちを見ているとは思わず、俺は祐奈を見つめたまま固まってしまう。

 祐奈も祐奈で目をそらすことなくじっとこちらを見てくる。

 まるで、俺たちの時間だけ凍り付いたかのようだ。


 だが、その氷は永遠のものではない。

 祐奈の顔がみるみるうちに赤くなっていく。

 その熱で凍てついた俺たちの時間を溶かしていく。

 

 パッと顔を友達のほうへ戻したことで、ようやく俺も氷の中から脱した。


「見つめあえ、なんて言ってないぞ」

「いや、それはその……ごめん」


 ため息をつき、俺から手を放すタツ。


「まぁ、いいんだけどさ。これでわかったろ? 東川さんは引いてないし、ましてや怒ってもいない」

「……みたいだな」


 こんなの、俺だってわかる。

 恋愛経験がなくたってわかる。


「恋愛作戦、やっぱり悪くないな」

「そうか? なら良かった」


 俺のアタックが効いてる。

 それもまだ「知りたい」といっただけなのに。


 ——この勝負、勝てるかもしれない。


 勉強やゲームといった今までの戦いよりも手ごたえがいい。


 しかし、勝負は始まったばかり。

 祐奈にはまだ俺に対する恋愛感情はないだろう。

 良くて異性として意識し始めた、ぐらいなものだ。


 あとは俺が祐奈のことを好きになって、祐奈を惚れさせたら——


 ……ん?


「なぁ、タツ。気になることがあるんだけどさ」

「急にどうした?」

「これ、俺の負けじゃないか?」


 恋愛は先に好きになったほうが負け。


 このルールに当てはめると、祐奈を惚れさせる前に俺が好きになる時点で負けが確定する。


 あまりにも良さそうな作戦だったから、今の今まで全然気が付かなかった。

 行動する前にちゃんと考えるべきだったな……


「やっと気付いたか。まぁ、どうする? この作戦やめるか?」


 やめるか、か。

 この勝負はまず、俺が好きになることから始まらなければならない。

 つまり、敗北から始まる勝負なのだ。

 勝ち負けだけを考えるのであれば、まだ負けていないここで終わる方がいいだろう。

 

 でも——


「いや、やめない。絶対に」


 さっき感じた手ごたえ。

 俺はこの感覚を信じたい。


 先に好きになったほうが負け?

 そんなもん知るか。

 

 だったら、幸せの度合いで勝負するだけだ。


 惚れさせたうえで、愛を深め、幸せにする。

 

 その「幸せ」まで行くには年月が必要そうだが、それでいい。

 俺たちはまだ高校一年生、時間は何十年もある。


「幸せにするからな、覚悟しとけよ」

「……お前もう好きじゃん」

「いや、恋愛的な好きになるのはこれからだって」


 ……多分。

 

 呆れ顔のタツを尻目に、俺は再び祐奈の方を見る。

 今度は目が合うことはなく、顔色も元通りになっているが——


 祐奈の赤い耳にはまだ熱が残っているようだった。

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