囚われた不屈の少女
「いいかげんに認めなさい。あなたは愛の女神の名の下に、彼の男と結婚するのです。それとも、まだ薬が足りませんか?」
執務室のさらに奥、地下へと続く隠し部屋。そこには一人の黒髪の少女が椅子に縛り付けられていた。
先ほどの話から察するに、彼女はこの街の商家の出で、教会が仕組んだ「決められた結婚」を拒み続けているのさろう。
司祭らしき男が差し出す、怪しげに発光する液体。
「これは、いつも以上に強い薬だ。これを飲めば、貴女も“真実の愛”に目覚める。政略だなんて悲しい考えは捨てて、私たちが選んだ立派な騎士様を愛せるようになるんですよ」
--自分の身を滅ぼす前に、ね。
男は小声でそう付け加える。
「……お断りよ。誰を好きになるかは、私の心が決めること。あなたの用意した毒で、私の心を汚させはしないわ」
彼女の声は枯れていたが、その瞳には月の姫エレノアが持っていたものと同じ、強固な意志の火が宿っていた。「いつも以上の薬」と言う男の言葉と、どこか焦っているような彼の態度。そして、この部屋には彼女以外の人影がないことから、どうやら彼女には教会の「洗脳薬」が効きにくい体質があるらしい。
「ふん、強情な……。では、直接『愛の教育』を施すしかなさそうですね」
男が卑俗な笑みを浮かべて彼女の顎に手を伸ばしたその時、背後の扉が派手に蹴破られた。
「悪いね、司祭様。教育なら俺の方が得意なんだ」
「貴様は…さっきの志願者か! 何をしに来た!」
「何って、君たちのやってる『ビジネス』の邪魔だよ」
グウェイクは目にも止まらぬ速さで踏み込むと、司祭の腕を捻り上げ、壁へと叩きつけた。
「ぐ、あああッ! 衛兵! 衛兵は来ぬか!」
「無駄だよ。外の連中は今頃、僕がかけた『魔法』で、お互いを運命の相手だと思い込んで抱き合ってる最中さ」
グウェイクは内心、保険をかけておいて良かった、と安堵していた。しかし時間が無いことには変わりない。
彼はあえてあからさまに冷笑をつくり、司祭を付近に落ちていた縄で縛り上げると、反対に彼女を縛っていた縄を短剣で切り裂いた。
「……助けてくれたの?」
彼女が不安げに見上げる。グウェイクはいつもの軽薄な笑みを浮かべ、彼女の前に跪いた。
「ああ。君みたいな意固地な女の子、嫌いじゃないからね。……でも、一つだけ確認させて。君のその『心』、守り通す自信はあるかい?」
「ええ。死んでも、偽物の愛に膝をつくつもりはないわ」
彼女は強気に答えた。
その言葉を聞いた瞬間、グウェイクは確信した。彼女をここで助けても、あの村のリリィのような悲劇は起きない。なぜなら、彼女は「奪われること」を拒絶し続けているからだ。
「合格だ。じゃあ、ちょっと失礼」
グウェイクはを横抱きに抱え上げると、元来た道を若干戻る。
「な、何を……!出口はあっちよ!!」
困惑する彼女を他所に、グウェイクは途中にあったステンドグラスを蹴破った。
衝撃で舞い上がったガラス片が、月光を反射して美しく輝く。
「正門から出たら面白くないだろ? ほら、しっかり掴まっててよ。お姫様」
グウェイクは強気に笑いながらそう答えた。
当然、正門から出れば、騒ぎを聞きつけた衛兵に捕まる可能性が高い。人数ではあちらの方が格段に上なのだ。それを予期してのグウェイクの言葉遊びである。
月の光が差し込む夜の街へと、二人は飛び出した。
背後で喧騒が大きくなる「偽りの聖域」を尻目に、グウェイクは屋根の上を跳ねていく。
胸の中の苦みはまだ消えない。だが、彼女を抱える腕の重みと、彼女が必死に自分の服を掴む感触だけは、これまで奪ってきたどの「心」よりも、確かな手応えを持ってグウェイクの体温を上げていた。




