愛の裏側に影は差す
「愛の女神ルミナスの加護を。貴方の迷える心に、真実の導きを授けましょう」
前回の村の北に位置する次の街に入って早々、グウェイクは白地に金の刺繍が入った法衣を纏う司祭に呼び止められた。
この街は「愛の聖地」と呼ばれ、至る所に愛の女神を象徴する白いバラの紋章が溢れている。前回の村での後味の悪さを引きずっていたグウェイクにとって、その甘ったるい花の香りは鼻につくものでしかなかった。
「真実の導き、ねえ。あいにく、俺は神様より酒場の姉ちゃんの方が信じられるタチなんだ」
その声を拾ったのか、司祭はグウェイクを呼び止める。
「おやおや、冷たいお方だ。ですが、貴方の瞳には深い『欠落』が見える。当教会の『愛の儀式』を受ければ、貴方も真の伴侶と結ばれ、永遠の幸福を得られますよ」
司祭は穏やかな笑みを崩さない。だが、その瞳の奥にある打算的な光を、グウェイクは見逃さなかった。
「愛」という言葉に対する拒絶反応と好奇心が混ざり合い、彼はあえて誘いに乗ることにした。
「……へぇ、永遠の幸福か。そいつは興味深いな。少し話を詳しく聞かせてもらおうか」
教会の内部は、外観以上に豪華絢爛だった。
グウェイクは「入信を検討している敬虔な信者」を装い、教会内部へと潜り込んだ。そこで彼が目にしたのは、とある一組の結婚式だった。
「2人に、愛の女神ルミナスの加護を」
そう言うと、司教は2人に永遠の愛を誓うよう、キスを促した。
男はぶっきらぼうながらも、愛のある美しいキスをしようとした。しかし女の方は違った。まるで何かに取り憑かれたかのように身を乗り出して熱心なキスを求めたのだ。
違和感のある光景。既視感のある光景。
当然だ。それはグウェイクが使う「魅了操作」に支配された女性がする所作のそれと似て非なるものであったからである。
(この教会には何かウラがありそうだな…)
グウェイクはその場を離れ、情報収集を試みることにした。
式を行っていた部屋の右奥にある通路。教会の外側からみればあと2部屋は入りそうなそのスペースの手前には石で出来た頑丈そうな壁がある。
壁には高価そうな布が掛けられていた。その布をめくってみれば、どう見ても隠されていた扉が露わになった。
一瞬の逡巡。
あまりコソコソ探っていれば、怪しまれるのは時間の問題だ。
意を決して入ってみると目前には一室、「執務室」と札を掛けられた部屋が現れた。
グウェイクは木の扉の横に張り付き、聞き耳を立てる。
執務室から、密談の声が漏れてくる。
「……今月も、三十組の『マッチング』が完了しました。手筈は整っています。領内の有力な商家と、借金を抱えた騎士家を婚姻で繋ぎ、その手数料として持参金の三割を我々が徴収します」
「よろしい。反対している者どもには『女神の啓示』と称して例の薬を飲ませろ。自我を適度に鈍らせれば、あとは祭壇の前で誓いの言葉を吐かせるだけだ」
グウェイクは息を呑んだ。
そこにあるのは“真実の愛”などではなく、結婚を強制し、信者の財産を吸い上げるための「結婚工場」だった。
さらに奥の部屋を覗き見ると、そこでは数人の女性たちが、虚ろな瞳で祈りを捧げさせられていた。
「……私は、幸せ。……神が決めた相手と結ばれるのが、私の愛」
彼女たちの瞳に宿る、どこか見覚えのある熱に浮かされたような光。やはりそれは、グウェイク自身のスキル『魅了操作』によって操られた者たちが見せる、あの「不自然な幸福」そのものだった。
(……笑わせるなよ。俺がやってたことと、何一つ変わらないじゃないか)
グウェイクの拳が、怒りで震える。
以前の自分はただの食い逃げ犯で、身勝手な欲望で女を操ってきた。だが、偽りの愛が見せる「不条理な幸福」に触れた今は、その愚かさに深く後悔している。
しかしこの連中は「聖なる愛」という美しい看板を掲げながら、人々の人生を金と権力のために弄んでいるのだ。
(自分の術が汚いのは知ってたけどさ……お前らみたいな『綺麗な顔した悪党』を見てると、余計に反吐が出るんだよね)
短剣を抜き、悪党どもに裁きを下そうか迷っていると、中から扉の方に近づいてくる足音が聞こえたので急いで身を隠す。
出てきた男はグウェイクがいる方…とは反対側の明かりのついていない一室の方へ歩いていった。
次回、新キャラ登場




