“真実の愛”を知るために
王城を脱出し、喧騒から遠く離れた場末の酒場。
グウェイクはカウンターの隅で、安酒を煽っていた。喉を焼くアルコールの刺激すら、あの「月の姫」との口づけの苦みをかき消してはくれない。
「真実の愛、ねぇ……」
独り言のように呟いた言葉は、隣でジョッキを傾けていた髭面の傭兵らしき老人の耳に届いたようだ。老人はガハハと下卑た笑い声を上げ、グウェイクの背中を強く叩いた。
「なんだい兄ちゃん、失恋か? そのツラで愛を語るにゃ、まだ修行が足りねぇな!」
「……修行、か。」
老人としては、言葉遊びの一つに過ぎなかっただろう。しかしグウェイクには、その言葉がどこか引っ掛かった。
「なあ親父、あんたに聞きたいんだけどさ。“真実の愛”ってのは、どうすれば手に入ると思う?」
グウェイクの真剣な眼差しに、酒場の空気が一瞬だけ変わった。チャラついた外面の下に潜む、切実な空白。それを受け取った老人は、少しだけ真面目な顔をして、飲みかけの酒を見つめた。
「愛ねぇ。そりゃあ、口で説明できるもんじゃねえよ。だがな、俺が戦場で見てきた『愛』ってやつは……自分よりも大事な何かのために、『二度と戻れない道』を選んじまう瞬間のことだったな」
そう語る老人の眼には、戦火以外に何が映っているのだろうか。
「二度と、戻れない道……?」
「ああ。金も、名誉も、自分の命すらも投げ出して、それでも守りたいと思う何かのことだ。……ま、街で女のケツを追い回してるうちは、一生かかっても見つからねえだろうな!」
老人は再び笑い飛ばすと、酒を飲み干して「せいぜい頑張りな」と言って店を出ていった。
残されたグウェイクは、空になった酒杯をじっと見つめる。
(自分よりも大事な何か、か。そんなもの、想像もつかないな)
だが、このままこの街にいても、あの苦い味は消えない。
フレイヤの追撃もいずれ激しくなるだろう。グウェイクは懐から、フレイヤから奪った――いや、譲り受けた通行証を取り出した。
「……ま、とりあえずここじゃないどこかへ行ってみるか」
彼は代金(今度は踏み倒さず)をテーブルに置き、席を立った。
そして全財産である手元の小銭を全てはたき、近隣諸国の地図、短剣、最低限の水と食料、それから動きやすい軽装の衣服を購入した。
衣服を整え、他の物はどう見ても丈夫そうではない袋に入れる。さて、旅に出る準備は整った。目指すは、この国の西の国境を越えた先にあるという、愛の女神を祀る教会か、あるいは名もなき閑静な村か。
「待ってなよ、月の姫様。次に会うときは、もっと『甘い』口づけを教えてやるからさ」
彼の眼は確かな決意を湛えて、その先を見つめる。
夜明け前の青白い光の中、グウェイクは初めて「逃げるため」ではなく「見つけるため」に、街の門をくぐった。
次回、名も無き村編




