落日の王都
王都へと続く街道の丘に立ったグウェイクは、その光景に目を疑った。
かつて白亜に輝いていた王城の周辺は、不気味な黒紫色の結界に覆われ、街のあちこちから黒煙が上がっている。
「……なんだってんだ、ありゃあ」
すれ違う避難民たちは皆、何かに怯えたように「魂を抜かれた」ような目をして逃げ惑っていた。その様子は、氷の都で見たゲールの魔力に近いが、より強大で、より根深い「絶望」を感じさせる。
混乱の中、グウェイクはボロボロの鎧を纏った一団に遭遇する。それは、かつて彼を執拗に追い回していたフレイヤ隊長が率いていた警邏隊の生き残りだった。
「グウェイク……!? 貴様、なぜ今さら戻ってきた……!」
隊員の1人は肩を深く斬りつけられ、荒い息をつきながら剣を杖代わりに立っていた。他を見れば、片手を失った人も、片目を失った人も居る。隊員達の瞳には、かつての厳格さはなく、絶望の色が混じっている。
「おい、一体何があったってんだ。フレイヤはどうした?あの城は……姫様はどうした?」
グウェイクの畳み掛けるような質問に、怯む隊員達。
「帝国の魔法士団が、城内に眠る禁忌の魔石を暴走させたんだ。フレイヤ様はまだ戦える隊員達と王都に残って戦い続けている。姫様は……エレノア様は、民を死の呪いから守るために、ご自身の命を削って結界を維持しておられるのよ。でも、もう限界よ……。このままじゃ、姫様もろとも王都は消滅する……!」
フレイヤは隊員を、負傷した者とまだ戦える者の2つのグループに分け、負傷した者達にはこうして避難民の先導をさせていた。
女性隊員の言葉が終わらないうちに、城の天守閣から凄まじい衝撃波が放たれた。結界が揺らぎ、エレノアの悲鳴のような魔力の震えが、グウェイクの胸を刺す。
(二度と戻れない道を選ぶ――)
脳裏に、あの酒場の老傭兵の言葉が蘇る。
今の自分の『魅了操作』の全魔力をエレノアに注ぎ込めば、一時的に呪いを相殺できるかもしれない。だが、それはグウェイクの魔力の根源を焼き切り、二度とこの特殊技能――彼がこれまでアイデンティティとしてきた力――を使えなくなることを意味していた。
あの日、エディスと話した『能力の消失』の話。その方法こそが、『全魔力の枯渇』であった。
この力を失えば、ただのチャラい食い逃げ犯に戻る。それどころか、魔力逆流の衝撃で命を落とす可能性さえある。
「……はは、笑えるな。俺が、自分以外の誰かのために、一番大事なものを捨てる日が来るなんてさ」
しかしグウェイクには、もはや迷いなどなかった。
グウェイクは自嘲気味に笑うと、震える隊員の肩をそっと叩いた。
「お前らは下がってな。……俺があのお高く止まった姫様に、最高のスマイルを届けてくるからさ」
「待ちなさい、グウェイク! 行けば貴方は――!」
「わかってるよ。これが俺の『二度と戻れない道』だ」
グウェイクは迷わず、紫の毒霧が渦巻く城門へと駆け出した。
これまで自分の欲望のためにだけ使ってきた足を、今は一人の女性と、この街の未来を救うために動かす。
その背中は、かつての軽薄な逃亡者のものではなく、真実の愛を掴み取ろうとする一人の男の輝きを放っていた。
王城への道中はとても過酷だった。
空気は濃密な毒霧で汚染され、瓦礫がそこら中に横たわり、帝国の魔法士が魔法を放ってくる。
しかしグウェイクは、片時も足を緩めることはしなかった。
エレノアを救いたい。
その思いが天に届いたのか、ある所で依然まだ戦い続けていたフレイヤに遭遇する。
「グウェイク…?!貴様ここへ何を…!」
必然、彼への信頼はゼロなフレイヤ。
彼は実際に帝国の魔法士に攻撃して見せることで、なんとか一時の信頼を得た。
魔法士の攻撃を避けながら、背中合わせに立つ2人。
「コイツらは帝国の正規軍ではないッ!」
息を荒げながらフレイヤが言う。
「多分、帝国が王国の実情を探る為に差し向けた、言わば『斥候』だ。正規軍でなければ失敗したときにも言い訳はつく」
実際、魔法士達は鎧などで身を固めているわけではなく、1人の力量もゲール程強くはなかった。
「故に、まだ我々には勝機があるッ!グウェイク!本当の侵攻が始まる前に、姫様を救ってくれッ!」
言い終えるや否や、フレイヤは前方の敵に突っ込んでいった。
5人程の敵を一瞬で斬殺する。
「ありがとな!」
背を撃たれないように、全速力で駆けていくグウェイク。
道は開けた。
王城はもう目の前だ。
あと2話程で完結です。




