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チャーム・オペレート-支配の口付け  作者: グリーン・シールド


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12/16

冷徹な公女・シエナ

 裁判が始まる20分程前に、グウェイクはその場所に着いた。

 裁判所の大部分は石でできており、手前側が客席、1段高くなっている奥側に被告人や裁判長が立つ席がある。

 そしてそのさらに奥、薄暗い場所に何故か不気味で大きな石像が1つ鎮座していた。

 グウェイクが不審に思いつつその石像を客席から眺めていると、時間が立つ程にパラパラと他の客が入ってきた。中には泣いている者もいる。被告人の親族だろうか。

 そうこうしているうちに、後ろで手を縛られ側面に騎士が伴われた被告人と、公国の女王であり尚且つ裁判長であるシエナ、最後にその副官らしき太った男が入場してきた。

 女王シエナ。顔の上半分を銀の仮面で隠し、青白いドレスのような鎧を纏った彼女は、通常、その若さからは到底感じることのできない冷酷な威圧感を発している。

「これより、被告人サイファンの裁判を始める!」

 副官らしき男が、張り上げた声でそう告げた。

「被告、青年サイファン。罪状は--『不当恋愛』および、それに伴う労働意欲の低下。間違いはありませんね?」

 副官らしき男が、サイファンと呼ばれた青年に確認を取る。

「……間違いありません」

 サイファンは弱々しい声でそう答えた。

「では裁判長、判決を」

 副官らしき男はサイファンの答えに頷き、この裁判を早々に切り上げようとする。

 客席に居るであろう被告人の親族らに弁護の余地も与えずに。

「では判決を下します。被告人サイファンは情状酌量の余地無しと判断し、死刑と致します」

 頷いたシエナはただ冷酷に、しかしはっきりと壇上の最も高い位置から宣告を下した。

 場内は重い雰囲気で静まり返る。

 呆気(あっけ)に取られていた被告人も、さすがにその判決は受け入れられなかったのか自己弁護を始めた。

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 愛し合うことが罪だなんて、そんなのやっぱりあんまりだ!」

「感情は判断を鈍らせ、街の歯車を狂わせる不純物です。純粋な秩序に、愛という名のノイズは不要なのです」

 シエナはただ冷徹にそう返すのみ。

 目の前の人物を自ら死に追いやろうとしているのに、もはや何も思わないのか。

(月の姫は『冷徹な知性』だったけど、このお姫様は『凍りついた無感動』か……。救いようがないね)

 グウェイクは、エディスに言われた言葉を思い出していた。

『偽りの愛を壊すために、あなたの力を使いなさい』

 この街の「無感情な秩序」もまた、一つの歪んだ愛の形――「街への愛」を履き違えた結果ではないのか。

「連れて行きなさい」

 シエナが吐き捨てるようにそう告げた。

「おっと、そこまでだ、冷たいお姫様」

 静まり返る場内に、グウェイクの軽薄な声が響き渡った。

 近衛兵たちが一斉に槍を向けるが、彼は余裕の笑みを浮かべて壇上へと歩み寄る。

「……何者ですか、貴方は」

「ただの旅人さ。あまりに寒々しい判決だったから、少しばかり温めてあげようと思ってね。君、その仮面の下では、本当はどんな顔をして泣いてるんだい?」

「……不敬な。その口、二度と開けぬようにしてあげましょう」

 シエナが魔法を唱える。その瞬間、周囲の空気が凍りつき、鋭い氷柱がグウェイクを襲う。

 そのうち1つがグウェイクの喉元を掠め、傷口から血が出る。

 流れ弾が当たらないよう、慌てて逃げ出す観客達。

(速い……! だが、心の隙間がないわけじゃない!)

 グウェイクは氷の刃を紙一重でかわすと、最短距離で彼女の懐へと潜り込んだ。

 狙うは、その硬く閉ざされた唇--ではない。

 グウェイクの言葉に耳を傾けてもらう一瞬の隙。

 彼は自身が纏うマントを外すと、それをできるだけ広がるように空中に投げた。

 勿論、これ自体は何の攻撃にもならない。

 シエナは少し驚いたものの、やはり冷静にマントの内側に居るであろうグウェイクに向かって複数の氷魔法で撃ち抜いた。

 打ち終えて手を下ろすシエナ。

 しかしそれこそがグウェイクの作戦であった。

 彼はシエナをマントに注目させ、その隙に壇の下へ降り、彼女の視界から外れたのだ。

 観客席の最前列前を全速力で駆け、シエナの背後を取ると、無言で彼女に背後から抱きついた。

「--ッ?!」

 初めて見せる動揺。

 それはグウェイクが語りかけるに充分な隙だった。

「……随分と大事そうに持ってるじゃないか。無感情を気取るわりに、その『思い出』は捨てられなかったのかい?」

 彼女の首筋に揺れる、古ぼけたペンダント。それは雪の結晶を象った、この街の美しさにそぐわないほど傷だらけの代物だった。

「黙れ……! 貴様に何がわかる!」

 激昂。シエナの「無」が崩れた瞬間だった。

「貴方の知り合いから聞いたよ。昔は真っ当にこの国を愛し、愛されてたんだって?それが、ある時の大寒波で国民が豹変し、貴方の家族は殺され、貴方自身も心が打ち砕かれた」

「……うるさいッ!!」

「状況1つでこうも変わってしまう国民に絶望し、『愛』なんて信じるべきでない、と切り捨てたんだね」

「うるさいッ!!!赤の他人が私の過去に触れるなッ!!!」

 シエナはグウェイクの手を振り解きながらそう叫んだ。

「第一、そんなのは過程に過ぎないッ!『愛』なんて不要なものはさっさと消えれば良いのよ!」

「不要じゃないさ。君はこの街を愛しているからこそそう思うんだろ?」

 グウェイクは、かつて自分が他人の心を弄んでいた時のような邪悪な笑みではなく、どこか寂しげな、だが共感に満ちた眼差しを彼女に向けた。

「でもさ、お姫様。感情を殺した街は、悲劇は起きないかもしれないけど、誰も幸せにはなれない。君がやってるのは、街全体を巨大な墓場にしてるのと同じだ」

「……うるさい。私には、これしか……こうするしか……!」

 シエナの肩が震える。

 彼女の鉄の仮面は、今にも砕け散りそうだった。

 

彼女の「秩序」が崩れ去ろうとしていたその時。

 場内の気温が、不自然なほど急激に低下した。ただの寒さではない。魂の芯まで凍てつかせるような、どす黒い魔力の冷気だ。

「――実に惜しい。もう少しで、この街は完璧な『苗床』になったというのに」

 冷笑を含んだ声が、シエナとグウェイクから見て客席側から聞こえてきた。

 観客の声ではない。その声の主は客席側に逃げていたと思われていた副官らしき男からだった。

 彼の纏う漆黒の法衣が、その魔力でたなびく。

 その手には、いつから持っていたのか、不気味な紫色の光を放つ魔石の杖が握られていた。

「お前は何者だ……!?」

 グウェイクが身構える。男はグウェイクを無視するようにゆっくりと壇上へ上がり、シエナを嘲笑うように見つめた。

「シエナ公女。貴方は本当に良い働きをしてくれました。あの日、貴方が凍え死ぬ寸前に手を差し伸べられて良かったですよ」

「…ゲールさん!?まさか貴方…」

 シエナの顔が驚愕に染まる。

「バカな国民共は煽動するのも容易(たやす)い。もっとも、どこの誰とも知らずホイホイついてくる貴方もそうですけどね。『規律こそが救いである』。我ながら実に良い計画でした」

 男の名は、魔導師ゲール。かつての寒波の際、絶望する国民を煽動し、シエナの家族を追い出させた張本人。そして、幼い彼女に「心を捨てろ」と吹き込み、氷の統治者へと仕立て上げた黒幕だった。

「愛を捨て、規律に縛られた魂は、実に純粋で美味だ。私はこの街を管理し、貴女が『感情』を処刑するたびに、そこから漏れ出す負のエネルギーを回収していたのですよ。コイツの為にね」

 ゲールが杖を振るうと、奥の石像の目に妖しげな青い光が灯った。

「この石像はかつて帝国が作り、身一つで一国を滅ぼした兵器!貴女が心を殺して守ってきたこの街は、最初からコイツの『牧場』だったのです。……さて、仕上げだ。貴様ら2人ごと、私の世界征服の(かて)としてあげましょう」

「そんな……。私はただ、国を守りたかっただけなのに……」

 最初から全て、ゲールの手の内だった。

 シエナは膝をつき、絶望の淵へと叩き落とされる。

 信じていた唯一の指針さえも、悪意によって作られた偽りだった。

「おいおい、おっさん。趣味の悪いカミングアウトだね」

 グウェイクが、絶望するシエナの前に立ちはだかる。

 彼は口元の血を拭い、ゲールに向かって不敵に笑ってみせた。

「自分以外の心をゴミみたいに扱う連中は、さっきの街でたっぷり見てきたんだ。……おまけに、俺の十八番おはこである『人心掌握』を、そんな汚いやり方でパクられるのは、我慢ならないんだよね」

 グウェイクの瞳の中で、かつてないほど激しい紫色の魔力が渦巻く。

 それは支配のためではなく、偽りの絶望を打ち砕くための、反逆の光だった。


「シエナ!跪いている暇があるなら手を動かせ!」

 グウェイクの鋭い声が、絶望に沈む公女の鼓膜を叩いた。ゲールの放つ漆黒の魔圧が、重く広場を押し潰していく。

「無駄ですよ。彼女の心は既に私の言葉で砕かれた。支配者に必要なのは、民を愛する心でも、己の意志でもない。ただ私に踊らされる従順さだけだ」

 ゲールが杖を掲げると石像が動き出し、グウェイクに向かって1本のビームを放ってきた。

 彼はそれを間一髪で、横に滑りながら避ける。

「……確かに俺は、人の心を操る最低のクズだよ。でもな!」

 グウェイクは懐から、村の男から貰ったあの「金貨」を一枚、ゲールの顔面に弾き飛ばした。一瞬の目くらまし。その隙に彼はシエナの傍らに膝をつき、彼女の手を力強く握りしめると身体を引き寄せた。

「俺は、自分の心と向き合う大切さを教わったばかりなんだ。…シエナ、君の街を、君自身の手に取り戻せ。そのためのきっかけなら、俺が貸してやる!」

 グウェイクはそう言ってシエナの唇に口を重ねた。 そして、自らの『魅了操作チャームオペレート』の魔力を逆流させる。だが、それは支配のための強制ではない。彼女の奥底に眠る「本当の感情」を呼び覚まし、魔力として増幅させるための「逆転の共鳴」だ。

「……ああ、熱い……。これが、私の……心?」

 初めこそグウェイクのキスに驚いたものの、それを受け入れたシエナ。彼女の瞳に、色が戻る。凍りついていた魔力が、グウェイクの熱に導かれるようにして、青白い炎へと変貌した。

「不純物だと、言いましたね……ゲール。ですが、この痛みも、怒りも、すべて私が私であるための証です!」

 シエナが立ち上がる。その背後には、グウェイクの紫の魔力がベールのように広がり、彼女の氷の魔力と混ざり合って、幻想的な銀紫色の輝きを放った。

「魔力増強か……!小癪な…!」

「愛と憎しみは表裏一体ってことさ!」

 ゲールは焦ったのか杖を掲げ、石像を操る。

「貴様ら…!これで終わりだァ!」

 石像が両手を振り上げ、力強く振り下ろす度、地面が揺れ、床に穴が開く。

 2人はそれを、シエナはゲールの方向に、グウェイクは石像の裏側に回り込むように避けた。

「石像はゲールの魔力が注がれる度に行動しています!つまりゲールを止めれば石像も停止するということ!」

 シエナはグウェイクに聞こえるように大声でそう叫んだ。

「ウロチョロしよって…!やってしまえ!!」

 石像は近くに居たグウェイクに照準を合わせると横薙ぎにビームで一掃した。

 彼はそれを壇の高さを利用して避ける。

 ビームを受けた壁が砕け散った。

 その隙にシエナは魔力を最大限高めた氷魔法を放つ。

 ゲールではなく石像に向かって。

 石像はその巨体から機敏性があるわけではないからだ。

 想定通り、シエナの氷魔法が命中する。

 これは石像を壊す為の魔法ではない。

 地面に近い位置から石像が凍っていく。

 そう、シエナの狙いは石像を少しの間停止させること。

「バカな……!!」

 これを見て動揺したゲールは、シエナに黒い魔法弾を放ち始める。

 冷静にそれを避けるシエナ。そして今度はゲールに向かって1度目は左から、2度目は右から氷の魔弾を噴射する。

「バカめ!そんな攻撃が当たるわけないだろうが!!」

 ゲールはそれを避けつつシエナを嘲笑する。彼女の師でもあるゲールは彼女の魔法を見慣れているからだろうか。

 しかしそれさえもシエナには見透かされていた。

 彼女は不敵な笑みを浮かべて言う。

「貴方こそ、私達の手の平の上なのよ…!」

「私“達”だと……?」

 ハッと気づいたゲールは後ろを振り返るが、時すでに遅し。

 眼前には、短剣を突き出して上から「降ってきた」グウェイクが居たのだ。

 彼は凍った石像を駆け上がり、そこからジャンプすることで重量と推進力を最大限活かした突撃をゲールにかけたのだ。

 グウェイクの短剣は、首から上しか振り向かなかったゲールの背中から彼の魔法衝撃を突き破り、彼の肉体を貫いた。

 そのまま地面に突き落とされたゲールは、その衝撃で気絶した。

 シエナが衛兵を呼び、彼を拘束する。

 それと同時に、石像の眼の光も消えた。

 静寂が戻った場内。外では雪がゆっくりと舞い落ちる中、二人は肩で息をしていた。

「……勝ったな、お姫様」

 グウェイクはマントを拾い上げながら言う。

「ええ。……ですが、私は多くの市民を傷つけました。この罪は、消えません」

 シエナは、もはや仮面をつけていなかった。その素顔は、凛としていながらも、どこか年相応の弱さを湛えた一人の美しい女性のものだった。

「なら、これからは『心』を持って、その罪を償っていけばいい。……そうだ、その手始めにさ」

 グウェイクはいつもの軽薄な笑みを浮かべ、彼女の至近距離まで顔を近づけた。

「君のその、本当の笑顔が見てみたいんだけど。……なーんてね」

 彼は唇を重ねる代わりに、彼女の鼻先をちょんと指で突いた。

 シエナは驚いたように目を丸くし、それから――ふっと、雪解けのような柔らかな笑みを浮かべた。その表情は、かつてのどの「操られた笑顔」よりも、グウェイクの胸を深く焦がした。

「ふふ……。貴方は、本当に不思議な人ですね、グウェイク」


 翌日、氷の都に本物の陽光が差し込み始めていた。

 ゲールの呪縛から解き放たれた街は、まだ寒さを残しながらも、どこか穏やかな熱を帯びている。

 街の正門。かつての「仮面の公女」ではなく、一人の女性として立つシエナが、旅立とうとするグウェイクを見送っていた。

「本当に行ってしまうのですね。……貴方の力があれば、この街の再建も、もっと容易たやすくなるのでしょうけれど」

 シエナは少し寂しげに、だが凛とした微笑みを浮かべる。グウェイクは肩にかけた荷袋を直しながら、ひらひらと手を振った。

「勘弁してよ。俺は『秩序』なんて柄じゃないんだ。それに、今の君ならもう大丈夫だろ? 自分の心で、この街をどう愛するか決めたんだからさ」

 グウェイクの言葉に、シエナはそっと自分の胸に手を当てた。そこには、かつての絶望の冷たさではなく、痛みを伴いながらも確かな拍動を刻む「感情」の温度がある。

「グウェイク。貴方に教えられました。愛とは、誰かに与えられる平和ではなく、傷つくことを恐れずに心を開き続ける『勇気』なのだと。……私は、この痛みごと街を愛していくつもりです」

「勇気、か。……また一つ、難しい宿題が増えちゃったな」

 グウェイクは自嘲気味に笑い、歩き出した。

 背後でシエナが深々と頭を下げる気配を感じながら、彼は真っ白な雪道へと踏み出す。


 街を離れ、独りになった雪道で、グウェイクは自分の掌をじっと見つめた。

 これまでの旅で得た、いくつかの言葉が脳裏をよぎる。

 1つ目は老傭兵が言った、「二度と戻れない道を選ぶ」瞬間。

 2つ目はエディスが言った、「自分の心と向き合い、責任を持つ」こと。

 3つ目はシエナが言った、「傷つくことを恐れない勇気」。

「……少しずつ、形が見えてきた気がするよ。姫様」

 かつて王城で、月の姫エレノアに「貴方の心は空っぽだ」と断じられたあの日。

 今の自分なら、彼女に何と答えるだろうか。

 まだ「真実の愛」を完璧に定義できたわけではない。だが、今の彼の胸の中には、かつての空虚さの代わりに、出会った女性たちが残していった「温かな記憶」と「苦い教訓」が、確かな重みを持って存在していた。

 グウェイクは懐から、フレイヤから奪った――今はもう、自らの意志で持ち続けている――あの黄金の通行証を取り出した。

「奪うだけの口づけはもう終わりだ。次は、君の心に『勇気』を届けてみせるよ」

 彼の目的は、もはや単なる食い逃げや支配ではない。

 自分自身の空っぽだった心を埋めてくれた「愛」という光の正体を、あのお高く止まった「月の姫」に証明してみせること。

 グウェイクの足取りは、かつてないほど軽く、そして力強かった。

 地平線の向こう、白亜の王城が待つ方角へと、彼は迷わず進んでいく。


この章で終わりにしようと思ったら、あまりに長かった。どこかで分ければ良かったかも…。次回から最終局面です。

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