冷たい規律は雪を覆う
エディスと別れ、国境を越えた先。グウェイクは山道を彷徨っていた。
「どっちに行けばいいんだ…?標高からか若干肌寒いし」
彼が右往左往していると、後ろから行商人らしき少し歳のいった老人が声をかけてきた。
「こんな所で何をしているんじゃ?…さては道に迷ったな?」
願ってもない幸運にグウェイクは「そうなんですよ」と笑みを溢して答える。
「それなら、儂についてきなさい。儂もちょうど、この先の『公国』に用があったところじゃ」
そう老人は笑みを返すも、思い直したのか「ああ、そうじゃった」と付け足しながら続けた。
「『公国』に入るには身分の提示が求められる。お主に安定した身分はあるのかの?」
グウェイクは引きつった笑みを浮かべながら、「いや、それが--」と言い淀むことしかできなかった。
事情を察したのか老人は不敵な笑みを浮かべて言った。
「もし、儂の積み下ろしや販売の業務を手伝ってくれるのなら、身分を保証してやらんこともないぞ」
グウェイクは食い気味に「やらせて下さい」と頭を下げるしかなかった。
道中、グウェイクは老人から「公国」の興味深い話を聞く。
「グウェイクと言ったな?お主、『公国』では絶対に誰に対しても恋してはならんぞ」
「なんでなんですか?」
「なんでも、『公国』の女王であらせられるシエナ様が立脚された時から恋愛を禁じる法律が施行されたそうじゃ」
老人は残念そうに、「女達はたいそう可愛らしいんじゃがのう…」と小声で付け加えた。
これは、願ってもない情報だ。グウェイクは俄然、やる気が出て、少し早歩きになってしまう。
グウェイクが追い求める“真実の愛”の形。その新たなる答えが、その公国にはあるのかもしれない。
2人が進んで行った先で見えてきたのは美しい氷の結晶の紋様が刻まれた、公国の国門。2人の屈強な男性騎士がその両脇を固めている。
「……にしても寒っ。愛の温もりを探しに来たはずが、凍え死にそうだね」
グウェイクはエディスから貰ったマントの襟を立て、降り積もる雪から首筋を守ろうとする。
「身分を提示しろ。またここへ来た目的も言え」
1人の騎士が低い声で告げる。
「私は王国出身のしがない行商人です。通行許可証も、ほらここに。それと、彼はまだ見習いの新人なんですよ」
行商人の老人が謙ってものを言う。
騎士達はグウェイクの方を数秒間凝視する。
グウェイクは内心冷や汗をかいたが、騎士達は「通って良い」と道を開けてくれた。
公国内の仮屋で荷物を下ろし、必要なものを持って街を荷車を引いて周った。声を張り上げ、時には道行く人に声をかけ、時には店の店主に直接売りこみに行った。
日も落ち、街に灯りがつき始めると、老人はグウェイクに「今日はこれで切り上げにしよう」と声をかけた。そしてなんと酒場で打ち上げをしようと言ってくれたのである。それも老人の奢りで。
公国内の酒場はどれも男性用と女性用で別れていた。酒場での不純行為を防ぐためだろうか。中に入ってみると客はおろか、店員も男性のみ。
席に着き、頼んだ酒を一杯口に入れると今日の疲れがどっと吹き飛ぶような快感に包まれた。
「今日はありがとうな。おかげでいつも以上の収益を得たよ」
老人はガハハと笑いながらグウェイクに語りかける。
「礼を言うのはこちらの方ですよ。貴方がいなかったら今頃、道端で倒れているところでした」
グウェイクも笑みを溢して老人と固い握手を交わす。
「それに加え、まさか身分の提示を求められるとは。やっぱり事前に調べもせず、闇雲に旅をするのは良くないですね」
そんな話をしていると、隣の客席からこんな話が聞こえてくる。
「おい、聞いたか?隣街でまた『不当恋愛』で捕まった奴がでたらしいぜ」
「またかよ。もうこの法律が施行されて10年は経つのに、まだそんなことやってる奴がいるのか」
30歳程の男は呆れながらそう言った。
「やっぱ皆息苦しいんじゃねーの?俺もつい先日、職場で超可愛い女の子見つけちゃってさ。危うく恋しちゃうところだったよ」
「バカやめとけって。最悪、死罪になるかもしれんぞ」
もう1人の男は「分かってるって」と言うと、もうそれ以上この話題に触れることはなかった。
(恋愛するだけで死罪、か…)
グウェイクは思い悩む。自身が求めてきた“真実の愛”の形とは程遠い公国の姿を目の当たりにしたからだ。
「爺さん、俺の仕事は今日で終わりなんだよな?」
「……?ああ、そうじゃが……」
グウェイクの唐突な質問に困惑して老人は答える。
グウェイクは「そっか」と言うと、頭の中で明日の計画を立て始める。
--明日はこの国が何故このような「自由恋愛禁止」の法律を掲げたのか、その起源を探っていこう。
グウェイクは決意を新たにする。
外では、雪がしんしんと降り積もってグウェイク達が作った足跡を埋めていた。
次回、新キャラ登場




