09.アークライトへの旅路
セントラル・オービタルから惑星ヴァイパーまでは、GRSIのシャトルでもかなりの時間を要した。チームYの面々は、その間も休むことなく、各自の持ち場で来るべき調査に備えていた。
ノアは、シャトル内のメインコンソールに、惑星ヴァイパーの地質データ、旧採掘基地『アークライト』の設計図、そして過去のシャドウ・キャッツの犯行記録を次々と投影していた。彼の指がホログラムキーボードの上を忙しなく動き、膨大な情報を瞬時に処理していく。
「惑星ヴァイパーは、かつて希少な鉱物が豊富に採掘された星だが、そのほとんどは二十年前に枯渇し、主要な採掘施設は閉鎖されている。『アークライト』はその中でも最大規模だった基地で、現在では完全に放棄され、立ち入り禁止区域に指定されている」
ノアが淡々と説明する。
「しかし、ヴァルガスが不正採掘を行っていたとされる時期に、この基地の一部が秘密裏に再稼働されていたことを示す、奇妙な電力消費のデータが存在する。しかもその消費パターンは、通常の採掘作業のものではなく、大規模なデータ処理あるいは隠蔽作業が行われていたことを示唆している」
「つまり、シャドウ・キャッツはそこを隠れ家にしてるか、あるいはヴァルガスの汚い証拠が隠されてるってことか」
イヴァンが、シートに深く座り込みながら呟いた。彼の肉体は、長時間の移動にも微動だにしない。
「どっちにしろ、厄介な場所ってことだな」
彼は、腰に携えた高振動ナイフの柄を無意識になぞっていた。
エミリーは、自身のスナイパーライフルを分解し、精密なメンテナンスを行っていた。彼女の指先は、まるで楽器を奏でるかのように繊細に、しかし確実に部品を磨き上げ、再構築していく。
「『アークライト』は、かつてヴァルガスの私設部隊が警備していた時期もあるわ。シャドウ・キャッツがそこを拠点にしているなら、相当な防衛システムを構築している可能性も考慮すべきね。もし彼らが私たちを誘い込んでいるなら、無防備な私たちを襲うようなことはしないはずだけど……彼らの真意は不明よ」
彼女の瞳は、ライフルのスコープのレンズに、遠くを見据えるかのように焦点を合わせていた。
ミリアムは、シャトルの窓から漆黒の宇宙を眺めていた。彼女の空間認識能力が、広大な宇宙の「音」を拾い上げる。しかし、その「音」の中に、ヴァイパーへと近づくにつれて、微かな、しかし不穏な「不協和音」が混じり始めているのを感じていた。
「ねぇ、カケル。ヴァイパーって、なんだか『ざわざわ』してるよ……。アークライトの『音』が、すごく重くて、悲しくて、でも、怒ってるみたいにも聞こえるの。そこには、ただの廃墟じゃない、何かが、まだ『生きている』ような気がするんだ」
彼女は、自身の両手を胸元でぎゅっと握りしめていた。
カケルは、それぞれの報告に耳を傾けながら、思考を統合していた。シャドウ・キャッツが意図的に残した痕跡。ヴァルガスが不正を行っていた可能性のある場所。そして、ミリアムが感じる「悲しい音」と「怒りの音」。これら全てが、アークライトが単なる廃墟ではないことを示唆していた。
「シャドウ・キャッツが我々を誘い込んだのだとすれば、彼らは俺たちに何を見せたいのか。あるいは、何をさせたいのか」
カケルが、静かに問いかけた。
「ヴァルガスが隠蔽しようとしている真実がそこにあるのなら、シャドウ・キャッツはそれを俺たちGRSIに暴かせようとしているのかもしれない」
彼はメインディスプレイにヴァイパーの惑星全体図を映し出した。
「『アークライト』は、ヴァイパーの北半球に位置する。周囲は荒涼とした岩盤地帯で、大気も薄い。かつての採掘作業によって地盤が脆くなっている場所も多い。着陸地点の選定と、基地への侵入ルートの確保が重要になる」
「地上に降り立ってからの行動は、イヴァンの格闘能力とミリアムの空間認識能力が鍵となる。イヴァン、君は先行して危険を排除し、ルートを確保してくれ。ミリアム、君は周囲の音や気配から、敵の配置や、罠の有無を探ってほしい。特に、シャドウ・キャッツ特有の光学迷彩や、センサーを欺く装置がないか、注意深く感知してくれ」
「任せとけ!どんな罠が仕掛けられてようが、俺が全部ぶっ飛ばしてやる!」
イヴァンが拳を握り、闘志を露わにした。
「うん!あたし、頑張る!ヴァイパーの『音』を、ちゃんと聴いてみる!」
ミリアムが頷いた。
「ノア、君はシャトルのシステムから『アークライト』の廃墟に残る電力網や通信網へのハッキングを試み、可能な限り内部の情報を引き出してほしい。セキュリティシステムが再起動されている可能性も考慮に入れ、万全の準備を頼む。エミリー、君は長距離からの監視と援護射撃の準備を。もしシャドウ・キャッツが、私たち以外の第三者と交戦しているような状況があれば、君の狙撃能力が不可欠になる」
「了解。狙撃ポイントは既に数カ所、シミュレート済みよ。彼らの技術がどれほどのものであろうと、私のスコープから逃れることはできない」
エミリーは、静かに頷いた。彼女の瞳には、一切の迷いがなかった。
「俺は全体指揮と、あらゆる可能性の予測を行う。特定旅客対応チームとは密に連絡を取り、リン・リーの件についても引き続き情報を共有してもらう。もし、リン・リーがシャドウ・キャッツと関係があるのなら、彼女の行動から彼らの真意を読み解くヒントが得られるかもしれない」
シャトルがヴァイパーの大気圏に突入する。船体が微かに揺れ、窓の外には荒々しい岩肌の大地が迫ってきた。ヴァイパーの空は、鉛色に淀み、吹き荒れる砂塵が視界を遮る。かつて活気にあふれた採掘惑星の面影は、今は見る影もなく、ただ荒涼とした廃墟の惑星がそこにあった。
「到着まで、あと五分だ」
ノアの声が響いた。
カケルは深く息を吐き、静かに言った。
「気を引き締めろ、みんな。ここからが、本当の戦いだ」
彼らの視線の先には、無数の朽ちた構造物が立ち並ぶ、巨大な採掘基地の廃墟『アークライト』が、ぼんやりとその姿を現していた。シャドウ・キャッツの真意、ヴァルガスの隠された不正、そしてヴェリディアン・エコーの行方。全ての謎が、この荒れ果てた大地に眠っている。チームYの、真実を求める旅が、今、始まる。




