32.再燃する混沌
ドリアスの平和記念ホールは、一瞬の安堵に包まれた直後、再び、否、先ほど以上の混乱の渦へと叩き込まれた。
爆弾の解除とゼオンの逮捕により、人々は安堵の息を漏らし、警備員たちがパニックを鎮静化させようと動き出した、その矢先のことだった。
ホールの巨大スクリーンに、突如としてゲイル・ゾルダンの冷徹な顔が映し出されたのだ。彼の背後には、異形の光を放つ『スターゲート・ハブ』が映り込み、その光の中から、おびただしい数の評議会私兵が転送されてくる光景が、生中継で映し出された。
ゾルダンの声が、ホールに響き渡る。
「惑星連邦の愚かなる指導者たちよ。偽りの平和に酔いしれる貴様らに告ぐ!我々『影の評議会』は、本日、この平和条約調印式典の場において、惑星連邦に対し、宣戦布告する!」
その言葉は、会場にいた全ての人々の耳に、冷たい氷のように突き刺さった。安堵の表情を浮かべていた人々は、再び絶望の淵に突き落とされ、恐怖の叫びを上げた。モニターに映る無数の兵士たちは、既にスターゲート・ハブを掌握し、その威圧的な姿は、遠い宇宙の彼方から、惑星連邦の終焉を告げているかのようだった。
「馬鹿な……」
警備本部長のブライアン・クロスが、顔面蒼白でモニターを見つめていた。彼の隣に立っていたアラン・フォード局長も、その顔から血の気が引いていた。評議会が、銀河鉄道の最重要機密であるスターゲート・ハブを掌握しているなど、想像すらしていなかったのだ。
アラン局長は、平和条約調印式典に出席するため、ホールの特別席にいた。彼は、GRSIのトップとして、そして銀河鉄道株式会社の安全保障を担う責任者として、この状況に強い憤りを感じていた。しかし、同時に、胸中に重い葛藤が生まれていた。
「スターゲート・ハブ……!あれは、銀河鉄道の負の遺産だ……」
アランは、苦しげに呟いた。スターゲート・ハブは、かつて銀河鉄道が全宇宙の物流と情報の掌握を目指した、壮大な計画の産物だった。
しかし、その強大な力故に、多くの悲劇と争いを生み出し、最終的には封印された、いわば『禁忌の技術』だった。その封印されたはずの遺産が、評議会の手に落ちている。
そして、もう一つ、彼の心を占めていたのは、シャドウ・キャッツの存在だった。レオンがスターゲート・ハブに突入しているのは、アリア総帥からの連絡で把握していた。
非合法組織であるシャドウ・キャッツと、GRSIが共闘するなど、銀河鉄道の歴史上、前代未聞の事態だ。アランは、GRSIの秩序と、銀河鉄道の理念を守るべき立場にある。しかし、目の前の現実は、彼の常識を遥かに超えていた。
「レオン・ヴァンスが、スターゲート・ハブに突入しただと?奴らは、秩序を乱す存在……」
アランは躊躇した。もしここでGRSIがシャドウ・キャッツと連携すれば、GRSIの存在意義そのものが問われかねない。
その時、アランの通信機に、一本の通信が入った。発信元は、銀河鉄道株式会社総帥、アリア・テレス。彼女は、モニターに映し出されたゾルダンの顔を、静かに見つめていた。その瞳には、深い悲しみと、揺るぎない決意が宿っている。
「アラン。迷うことはありません」
アリアの声は、冷徹なまでに明確だった。彼女の声には、一切の感情の揺らぎがなく、しかし、その奥には、銀河の未来への強い責任感が感じられた。
「今、この状況で、秩序や理念に囚われている場合ではありません。ゲイル・ゾルダンの野望を阻止しなければ、銀河全体が闇に呑み込まれます。スターゲート・ハブは、銀河鉄道の負の遺産かもしれない。しかし、その負の遺産に、光を当てるのは、私たち銀河鉄道の使命です。そこにいるレオン・ヴァンスは、この危機を解決するために、命を懸けている。彼の『影の正義』を信じなさい」
アリアは、そこで一呼吸置いた。
「カケル・カツラギ。聞こえますか?」
カケルは、騒然とするホールの片隅で、通信機を耳に当てていた。
「はい、アリア総帥」
「ゼオンの逮捕と爆弾の無力化、ご苦労様でした。しかし、ここからが本当の戦いです。レオン・ヴァンスがスターゲート・ハブで孤立しています。彼の援護に向かいなさい。スターゲート・ハブの座標と、内部への侵入ルートをノアに送ります。あなたたちチームYの力が必要です」
アリアの声は、命令だった。絶対的な権限を持つ総帥からの、直接の命令。
アラン局長は、アリア総帥の言葉に、ハッと顔を上げた。彼は、これまで抱いていた躊躇が、一瞬にして消え去るのを感じた。総帥は、目の前の現実と、未来への責任を、誰よりも深く理解していたのだ。
「チームY、行け!銀河鉄道の、そしてGRSIの全権限をもって、お前たちの行動を支援する!ゾルダンの野望を打ち砕け!」
アラン局長の声が、通信機越しにカケルに響いた。その声には、迷いも躊躇もなかった。
「了解しました!アラン局長、アリア総帥!」
カケルは、迷いなく答えた。彼の『連鎖反応予測』は、既にスターゲート・ハブへの突入ルートと、そこで待ち受けるであろう評議会兵士との戦闘シミュレーションを高速で展開していた。
「イヴァン!ミリアム!ノア、エミリー!スターゲート・ハブへ突入する!銀河の未来は俺たちにかかっている!」
カケルは、咆哮した。
「やっと本気出せるってわけか!」
イヴァンは、血が滲む腕を振り上げ、獰猛な笑みを浮かべた。彼の瞳には、戦場へと向かう獣のような輝きが宿っていた。
「みんな、気を付けて!ゾルダンの『音』が、すごく、すごく危険だよ……!」
ミリアムは、ゾルダンの発する禍々しい『音』に怯えながらも、仲間たちと共に戦う決意を固めていた。彼女は、ホールの残りの人々を警備員に任せ、カケルの元へと駆け寄った。
周回軌道上のシャトル内では、ノアがアリア総帥から送られてきたスターゲート・ハブの詳細データを瞬時に解析していた。
「レオンのいる地点への最短ルートを割り出した!警備システムも解析中だ!エミリー、降下ポッドを使える、ホールの地下通路への降下ポイントを探るぞ!」
「了解!降下ポッドの準備、完了よ!いつでも降下できるわ!」
エミリーは、力強い声で答えた。彼女の指先は、シャトルの操縦桿と通信機器の上を素早く動き、チームYをスターゲート・ハブへ送り込むための準備を進めていた。
惑星連邦の平和条約調印式典は、ゲイル・ゾルダンの宣戦布告によって、新たな銀河大戦の開戦へと転じようとしていた。ホールの混乱を背に、GRSIチームYは、銀河鉄道の負の遺産であるスターゲート・ハブへ、光の先鋒として突入する。その先には、レオンが孤立し、そして銀河の命運を賭けた最終決戦が待ち受けているのだ。




