30.深淵への追跡
秘密の地下通路に突入したレオンは、闇の中を突き進んでいた。彼の耳には、前方を逃走するゲイル・ゾルダンの足音が、そしてその『影』の『音』が微かに響いている。通路はまるで迷宮のようだった。錆びたパイプが剥き出しになり、不気味な水滴が天井から滴り落ちる音が響く。空気は重く、古びた土と金属の匂いが鼻をつく。評議会の前線基地から、まさかこんな隠し通路が続いているとは。
レオンの脳裏には、カレンの声が響いていた。
「奴は、必ずこの混乱のどこかに姿を現すだろう。そして、その混乱の先に、奴自身の目的を達成しようとするだろう」
ゲイル・ゾルダンは、ただ逃げているだけではない。この逃走そのものが、評議会の次なる計画の一環である可能性が高い。
地下通路は複雑に入り組み、途中にはいくつもの分岐点があった。レオンは、その都度、ゲイル・ゾルダンの残した微かな痕跡、例えば足跡の向きや、わずかな空気の流れの変化を読み取り、正確なルートを辿っていく。彼の研ぎ澄まされた感覚は、暗闇の中でも獲物を決して見失わなかった。
その時、前方の通路から、突如として無数のレーザーが放たれた。レオンは咄嗟に身を翻し、レーザーを紙一重でかわす。通路の壁には、隠しレーザー砲台が巧妙に仕掛けられていたのだ。彼は、そのレーザー砲台が設置されているであろう位置を瞬時に把握し、小型の投擲型EMPグレネードを投げ込んだ。鈍い爆発音と共に、レーザー砲台は沈黙する。
「まさか、こんな罠まで仕掛けていたとはな」
レオンは息を吐きながらも、ゾルダンの周到さに舌を巻いた。ゾルダンは、自分の逃走ルートにまで罠を仕掛けることで、追手を完全に撒き、時間を稼ごうとしていたのだ。
さらに進むと、通路はさらに狭くなり、地面には粘性の高い液体が敷き詰められていた。レオンは、それが特殊な粘着ジェルであることを瞬時に察知し、注意深く回避しながら進む。もし踏み込めば、身動きが取れなくなり、その隙に追撃を受けるだろう。
「ノア、エミリー、ゲイル・ゾルダンの現在地を追跡できるか?奴が地下通路のどのルートを通っているか、正確な情報を!」
レオンは通信機に声を絞り出した。地下深くでは、通信状態が不安定になる。
周回軌道上のシャトル内では、ノアとエミリーが必死にレオンを支援していた。
「レオン!通信が不安定だが、何とか追えている!ゲイル・ゾルダンは、ホールの地下深くに隠された、昔、そこにあった銀河鉄道の廃線路を通っている!そこには、評議会の秘密施設が隠されている可能性がある!」
ノアの声が、ノイズ混じりで届く。彼のモニターには、ホールの地下深部に広がる、巨大な地下線路の地図が鮮明に映し出されていた。
「銀河鉄道の廃線路……そこが奴らの本当の隠れ家か!」
レオンは確信した。ガス兵器も、ゼオンのテロも、全てはここへの目くらましだったのだ。この地下線路の先に、評議会の真の目的が隠されている。
レオンが廃線路へと到達したその時、彼の通信機に、ノアとは別の、クリアで力強い女性の声が響いた。それは、銀河鉄道株式会社総帥、アリア・テレスの声だった。
「レオン・ヴァンス、聞こえますか?あなたの現在地は、私たちの最も古い路線の一つ、ヴェーガ・ラインの廃線路ですね」
アリアの声は、静かでありながら、どこか全てを見通しているかのような深みがあった。
「その先には、評議会が長年隠蔽してきた、彼らの真の中枢が隠されています。そこは、かつて銀河鉄道が、全宇宙の物流と情報を管理するために築いた、『スターゲート・ハブ』の残骸です。評議会は、その力を手に入れようとしています」
「スターゲート・ハブ……!?」
レオンは驚愕した。それは、宇宙のあらゆる場所へと繋がる、伝説の転送システムだ。その存在は、銀河鉄道の極秘情報であり、一般には知られていないはずだった。
そもそも、なぜアリア・テレスが、そしてなぜこのタイミングで、レオンに直接コンタクトを取ってきたのか。
「はい。そして、ゲイル・ゾルダンの真の目的は、そのスターゲート・ハブを掌握し、全宇宙の転送ネットワークを支配すること。彼らは、銀河の支配を、物流と情報、そして軍事転送によって行おうとしているのです」
アリアの声は、冷徹に真実を告げた。
「スターゲート・ハブが起動すれば、評議会は瞬時に兵力を銀河のあらゆる場所に展開し、抵抗する惑星を次々と制圧することができるでしょう」
「待ってください、アリア・テレス総帥!なぜあなたが、シャドウ・キャッツの私に直接……」
レオンは問いかけた。銀河鉄道の総帥が、非合法組織のメンバーに直接接触するなど、前代未聞の事態だ。
「今は、そのような疑問を抱いている時ではありません。レオン・ヴァンス。あなた方シャドウ・キャッツの『影の正義』と、私たち銀河鉄道の『光の秩序』は、この一点において完全に一致している。ゲイル・ゾルダンの野望を阻止しなければ、銀河全体が闇に呑み込まれます。私たちは、あなた方に、この地下の『影』を打ち破ることを託します。私たちが直接動けば、評議会はさらに深い闇に潜むでしょう」
アリア・テレスの声には、揺るぎない覚悟と、彼らへの信頼が込められていた。
「私は、ここから全力であなた方を支援します。スターゲート・ハブへのアクセスコード、そして内部の警備システムの弱点を、GRSIを通じてあなた方に送ります。成功を祈ります」
アリア・テレスの通信は途絶えた。レオンの通信機には、ノアから送られてきた、スターゲート・ハブの膨大な情報データが流れ込んできた。銀河鉄道の総帥が、シャドウ・キャッツに協力を求めた。それは、この危機が、もはやGRSIやシャドウ・キャッツ単独では解決できないほど、甚大なものであることを意味していた。
レオンは、旧時代の地下鉄路の暗闇の先、かすかに光が漏れる巨大な空間を見つめた。そこには、遥か彼方の宇宙へと繋がる、途方もない力を持つ『スターゲート・ハブ』が隠されている。そして、その力を手に入れようとするゲイル・ゾルダンの影が。
「スターゲート・ハブか……とんでもねぇ野望だな」
レオンは静かに呟くと、その巨大な闇の入口へと足を踏み入れた。銀河の命運を賭けた、本当の戦いが、今、始まったのだ。




