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GRSI-05 ヴェリディアンの残響  作者: やた


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29.影の侵入

 レオンは、躊躇なくその扉に手をかけた。通常のセキュリティロックはかかっていない。彼が静かに扉を開くと、内部は予想通り、資材や機材が雑然と積み上げられた倉庫だった。しかし、その奥からは、複数の人間の気配と、低く交わされる声が聞こえてくる。


 レオンは音もなく倉庫の中へ足を踏み入れた。彼の漆黒のスーツは、倉庫の暗がりに完璧に溶け込み、その存在は完全に隠蔽されている。まるで、倉庫の影そのものが動き出したかのように、彼のシルエットは闇に吸い込まれていった。


 倉庫の奥には、簡易的な作戦室が設けられていた。薄暗い照明の下、中央には大型モニターが設置され、平和記念ホールの混乱の様子がリアルタイムで映し出されている。


 ゼオンが爆弾を投擲し、人々がパニックに陥る映像が、彼らの目には勝利の光景として映っているようだった。数人の評議会構成員がモニターを囲み、興奮した様子で声を上げていた。彼らの顔には、邪悪な笑みと、自分たちの計画が順調に進んでいるという確信が浮かんでいた。


「ゼオンがやったぞ!GRSIはパニック状態だ!これで奴らは我々の手のひらの上だ!」


 一人の構成員が歓喜の声を上げる。


「惑星連邦の平和など、脆い幻想に過ぎなかったのだ!これで惑星連邦は崩壊する!我々の新時代が来るのだ!」


 別の構成員が、高揚した声で勝利を宣言する。


 彼らの会話から、レオンはゼオンのテロが陽動であり、彼らがこの混乱に乗じて別の何かを企んでいることを確信した。彼は、評議会構成員たちの会話を盗聴し、その背後にいるゲイル・ゾルダンに関する情報を得ようとした。彼らの会話の端々から、ゾルダンの所在や、評議会の真の目的を探り出すつもりだった。


 その時、レオンの背後から、ひやりとした殺気が迫った。彼は素早く身を翻したが、既に遅かった。鋭い金属音が響き、彼の腕を何かがかすめる。漆黒のスーツの袖口が裂け、光学迷彩が、一瞬だけ揺らいだ。


「貴様……まさか、シャドウ・キャッツか!?」


 そこに立っていたのは、一人の女性だった。銀色の髪を長く伸ばし、顔には冷徹な表情を浮かべている。その手には、まるで意志を持つ生き物のようにしなる、細身のワイヤーが握られていた。ワイヤーの先端は、鋭利な刃物のように光っている。


 彼女は、影の評議会の幹部の一人、『シルバー・ウィスパー』シエラ・ノヴァ。評議会の諜報部門を統括し、その存在は伝説とさえ言われるほどの暗殺者だ。彼女のワイヤーは、微細な振動を放ち、光学迷彩を纏ったレオンの輪郭を僅かに捉えていたのだ。その感知能力は、シャドウ・キャッツと同等、あるいはそれ以上かもしれない。


「……気づかれるとはな」


 レオンは、軽く腕を振るい、かすり傷から滲む血を拭った。シエラ・ノヴァの動きは、レオンのそれを凌駕するほどの速度だった。彼女は、レオンの光学迷彩を、その研ぎ澄まされた感知能力と、ワイヤーから放たれる微細な振動で感知したのだ。まるで、レオンの体から発せられる微細な心音さえも聞き取っているかのようだった。


「フン……。愚かな義賊め。我々の計画を邪魔するとは」


 シエラ・ノヴァの冷たい声が響く。彼女の瞳には、一切の感情が宿っておらず、まるでガラス玉のようだ。しかし、その深奥には、冷酷なまでのプロ意識と、揺るぎない忠誠心が見て取れた。


「だが、貴様一人で、この状況を覆せると思っているのか?貴様を始末したところで、何も変わらない。歴史の流れは、既に我々の手にある」


 レオンは、シエラ・ノヴァの言葉には答えず、構えを取った。彼の眼前には、シエラ・ノヴァという強敵、そしてその奥には、ゲイル・ゾルダンがいるであろう作戦室。時間は刻一刻と過ぎていく。ホールのGRSIチームYも、ゼオンの対処に追われているはずだ。ここを突破しなければ、真の黒幕を逃してしまう。


「ゲイル・ゾルダンはどこだ」


 レオンは、冷たく問いかけた。彼の声は、静かな怒りに満ちていた。彼の脳裏には、評議会によって苦しめられた人々の顔が浮かんでいた。


 シエラ・ノヴァは、その問いに邪悪な笑みを浮かべた。


「貴様には、決して辿り着かせはしない。ここで消えろ。そして、愚かな義賊の末路を、その身をもって知るがいい」


 倉庫の中は、瞬く間にレオンとシエラ・ノヴァの激しい戦闘の場と化した。


 ワイヤーが空を切り裂く、ヒュン、ヒュン、という鋭い音と、レオンの打撃が交錯する。レオンは、そのアクロバティックな動きでワイヤーの攻撃をかわし、シエラ・ノヴァの懐に飛び込もうとする。しかし、彼女のワイヤーは、まるで意志を持っているかのように、レオンの動きを阻む。ワイヤーは倉庫内の資材や柱を足場に、予測不能な軌道を描き、レオンを追い詰める。


 評議会構成員たちは、まさかの事態に動揺しながらも、警備の兵士たちを呼び集め始めた。しかし、レオンの目的は、シエラ・ノヴァを排除し、ゲイル・ゾルダンを捕捉すること。彼には、躊躇している暇などなかった。


 その頃、遙か離れた高層ビルの屋上では、セラフィナ・モローが狙撃銃を構えたまま、レオンのいる倉庫を見据えていた。


 倉庫くらいの壁なら透過することができる彼女のスコープには、レオンとシエラ・ノヴァの戦闘の様子が、まるで間近で起こっているかのように鮮明に映し出されている。レオンの光学迷彩が、シエラ・ノヴァのワイヤーによって断続的に揺らいでいるのが見て取れた。


 倉庫内の照明は薄暗く、戦闘による埃が舞っているにもかかわらず、セラフィナのスコープは、その全てをクリアに捉えていた。


「レオンが接触したわ。相手は『シルバー・ウィスパー』シエラ・ノヴァ」


 セラフィナは、冷静な声で通信機に報告した。彼女の声には、一切の動揺がなかった。彼女は、レオンの心拍数や、呼吸の乱れさえも感知できるかのように、彼の状況を的確に把握していた。


「やはり出てきたか。あの女は評議会の忠実な番犬だ。レオン、やれるか?」


 カレンの声が、シャドウ・キャッツのセキュアチャネルに響く。カレンは、別の高層ビル屋上から、タブレット端末でドリアス市内のあらゆる情報を収集し、二人の動きを支援していた。


「問題ない……!」


 レオンの荒い息遣いが通信機越しに伝わってくる。


「だが、奴らの増援が来ている。ゲイル・ゾルダンは、もう目の前だ」


 彼の声は、苦戦を強いられながらも、確かな決意に満ちていた。倉庫の奥から、複数の足音と、金属が擦れるような音が聞こえ始めていた。


 シエラ・ノヴァの巧みなワイヤー攻撃に、レオンは苦戦を強いられていた。ワイヤーは倉庫の柱や資材を足場にして、変幻自在に軌道を変え、レオンの死角から襲いかかる。その隙に、警備の兵士たちがレオンを取り囲もうとしていた。彼らは、重武装した評議会の私兵たちで、その動きは素早く、連携も取れている。


「セラフィナ、レオンを援護しろ。ただし、シエラ・ノヴァを傷つけるな。彼女は生きた情報源になる。兵士たちの動きを止めろ。しかし、殺すな。無力化に徹しろ」


 カレンが指示を出した。


「了解」


 セラフィナは迷うことなく、スコープの焦点を兵士たちに移した。彼女の狙撃は、敵の急所を狙うのではなく、その動きを封じることに徹していた。


 まず、兵士たちの手足の関節を正確に狙い撃ち、彼らの動きを鈍らせる。例えば、膝の関節のピンを狙ったり、肩の可動部に正確に弾丸を打ち込み、動きを制限する。

 次に、彼らの持っていた武器、例えばエネルギーライフルの照準器や、銃身を破壊し、戦意を喪失させる。放たれる弾丸は、まるで意思を持っているかのように、寸分狂わずターゲットの機能部品を破壊していく。


 レオンを包囲しようとしていた兵士たちは、次々と動きを止め、無力化されていく。床に倒れ込み、呻き声を上げる兵士たちの姿が、スコープ越しに見て取れた。


 レオンは、セラフィナの援護射撃を感知し、その隙を逃さなかった。シエラ・ノヴァのワイヤーの隙間をすり抜け、彼女の懐に飛び込んだ。彼の拳が、シエラ・ノヴァの顔面に迫る。シエラ・ノヴァは、素早くワイヤーで防御したが、その衝撃で体勢を崩す。ワイヤーがレオンの腕に巻き付こうとするが、レオンはそのワイヤーを力任せに引きちぎる。


「ゲイル・ゾルダンはどこだ!」


 レオンは、シエラ・ノヴァの腕を捻り上げながら、再び問い詰めた。彼の目は、真実を暴こうとする強い意志に燃えていた。


 シエラ・ノヴァは、苦痛に顔を歪ませながらも、冷笑を浮かべた。


「フン……愚か者が。貴様らには、決して辿り着けない場所だ。もう遅い……」


 その時、倉庫の奥から、複数の足音が聞こえてきた。さらに評議会の増援が迫っているのだ。そして、その足音の中に、セラフィナが感知していた、これまでで最も強く、そして禍々しい『影』の『音』が混じり始めている。それは、まるで地の底から響くような、重く、底知れない存在感だった。


「レオン!ゲイル・ゾルダンが動いた!奴は、倉庫のさらに奥、地下へと繋がる隠し通路から逃げようとしている!奴の『音』が、急速に遠ざかっている!」


 セラフィナの声が緊迫感を帯びて響く。


「くそっ!」


 レオンはシエラ・ノヴァを突き飛ばし、作戦室の奥へと駆け出した。シエラ・ノヴァは、素早く立ち上がり、ワイヤーを構えてレオンの背後から追撃しようとする。その顔には、怒りと焦りが浮かんでいた。


「させるか!」


 しかし、シエラ・ノヴァのワイヤーがレオンに届く寸前、倉庫の天井から、カレン・リードが音もなく舞い降りてきた。彼女は、シエラ・ノヴァのワイヤーを自らのデバイスで絡め取り、その動きを完全に封じた。カレンのデバイスは、ワイヤーに微弱な電磁パルスを流し込み、その動きを麻痺させる。


「『シルバー・ウィスパー』シエラ・ノヴァ。貴女には、もう少し尋問に付き合ってもらう。我々には、尋ねたいことが山ほどある」


 カレンは、冷徹な声で言った。彼女の瞳は、シエラ・ノヴァの冷たい瞳を真っ直ぐに見据えている。その視線は、まるで魂の奥底まで見透かすかのようだった。


「サイレント・ファントム……!」


 シエラ・ノヴァは、驚愕に目を見開いた。彼女は、カレンがここにいることを予測していなかったのだ。彼女の冷徹な仮面が、一瞬だけ剥がれ落ちた。


 その隙に、レオンは作戦室の奥に隠された、地下へと続く秘密の扉へと突入した。扉は厚く、厳重なロックが施されていたが、レオンは持っていた小型の爆薬を慎重に設置し、遠隔操作で爆破する。鈍い爆発音が響き、扉は砕け散った。扉の向こうからは、ゲイル・ゾルダンの逃亡を急ぐ足音が、さらに遠ざかっていくのが聞こえる。

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