25.作戦の再構築
メインサーバー室の床には、無力化された『影の評議会』の工作員と、アイアン・ガードの兵士が転がっていた。部屋の電子機器は無事だったが、空気には激しい戦闘の余韻が残っている。イヴァンは腕の切り傷から血を滲ませていたが、表情には達成感が浮かんでいた。カケルは、シャドウ・キャッツの三人に視線を向け、その表情には感謝と、今後の複雑な状況への思案が混じり合っていた。
「助かった。危ないところだった」
カケルは率直に言った。
カレンは一歩前に出た。
「当然だ。共通の目的があるのだからな」
彼女は静かに言った。
「ノアの報告にあった通り、奴らはメインサーバーの制圧を狙っていた。これで平和条約調印式典のシステム全体を麻痺させ、混乱を引き起こすつもりだったのだろう。しかし、それだけではないはずだ。この規模のテロで、単にシステムを麻痺させるだけでは意味がない」
「何かをダウンロードしようとしていた、あるいはアップロードしようとしていたデータの一部が破損している可能性がある、とノアが言っていたな」
カケルが続けた。
「そのデータの内容は?」
「おそらく、式典の警備情報、要人の動向、あるいはホールの設計図などの機密情報だろう」
カレンが推測した。
「奴らは、我々が介入することで、このサーバーを警戒すると読んでいたはずだ。それでも敢えてここを狙ったのは、他に手段がなかったか、あるいは……」
「囮か」
カケルがカレンの言葉を引き取った。
「メインサーバーへの攻撃は、私たちの注意を引くための陽動。真の狙いは別の場所、あるいは別のタイミングにあると?」
カレンは、わずかに口角を上げた。
「その可能性が高い。我々の情報網では、『影の評議会』がそこまで単純な組織ではないことは分かっている。彼らは常に、複数の計画を同時に進行させる」
その時、ノアの声が通信機から響いた。
「カケル!新しいデータが解析できたぞ!サーバーに残っていた暗号化されたログから、奴らが調印式典に、特殊なガス兵器を持ち込む計画だったことが判明した!そのガスは無色無臭で、吸い込んだ要人の呼吸器系に重篤な損傷を与え、数分で行動不能に陥らせる危険性がある!」
「ガス兵器だと!?」
イヴァンが驚愕の声を上げた。
「私の『音』が、地下で感じていた『ざわざわ』は、それだったのか……!」
ミリアムが青ざめた顔で呟いた。彼女の感知能力が、ガス兵器が発する微細な圧力変化や、化学物質の『音』を、漠然とした不穏なざわめきとして捉えていたのだ。
「その兵器はどこに!?」
カケルが鋭く問うた。
「ログによれば、ホールの地下、特に空調システムや換気ダクトに接続されたエリアに隠されている可能性が高い。恐らく、警備システムの死角を利用して設置されるはずだ」
ノアが続けた。
「空調システム、そしてガス兵器……」
カケルは、自身の『連鎖反応予測』を最大に集中させた。複数の可能性が、脳裏を駆け巡る。平和条約調印式典が、無防備な要人たちにとって、毒ガスが充満するデス・トラップと化す危険性を予感し、背筋に冷たいものが走った。
「奴らの狙いは、式典の混乱だけでなく、要人たちを一度に行動不能に陥らせ、その権力を掌握することか……」
カレンが冷徹に分析した。
「そして、その混乱に乗じて、評議会のメンバーが姿を現し、惑星連邦の支配を宣言する……といったシナリオも考えられる」
緊急性が増した状況に、カケルは冷静さを保ちつつも、迅速な判断を迫られた。
「ノア、エミリー。そのガス兵器の正確な位置を特定しろ。それから、その兵器を無力化するための方法を解析するんだ。そして、ホールのセキュリティシステムに、そのガス兵器の存在を感知させるための偽情報を流し込む準備をしろ。GRSIが発見した形に偽装して、だ」
カケルはシャトルに指示した。
「了解!すぐに取り掛かる!」
ノアが力強く答えた。エミリーも黙って頷き、モニターに目を凝らした。
カレンは、カケルの指示を聞きながら、静かにレオンとセラフィナに視線を送った。彼らはお互いの目を見るだけで、次の行動を理解し合ったようだった。
「我々は、ガス兵器の対処は君たちGRSIに任せる」
カレンが言った。その声には、一切の迷いがない。
「君たちには公的な権限がある。我々が表立って介入すれば、混乱を招き、評議会の目を不必要にこちらに向かせる危険性がある。我々シャドウ・キャッツは、評議会の工作員が他にもホールのどこかに潜伏している可能性を探り、テロの真の首謀者、そして評議会の議長ゲイル・ゾルダンを確実に捕捉する。彼らが、ガス兵器以外にも、何か別の隠し玉を持っている可能性もある。我々は、その『影』を追う」
「分かった」
カケルは、彼らの判断に異論は唱えなかった。確かに、ガス兵器の発見と対処はGRSIの『合法』の範囲で最も効率的に行える。シャドウ・キャッツの隠密行動は、評議会の真の目的、すなわちテロの実行犯だけでなく、その背後にいる首謀者を暴く上で不可欠だ。
レオンとセラフィナは、無言で頷くと、再び光学迷彩を展開し、闇の中に溶け込んでいった。彼らの存在は、まるで最初からそこにいなかったかのように、完璧に消え失せた。
「ミリアム、イヴァン、行くぞ。警備本部に戻って、状況を報告する。ただし、シャドウ・キャッツのことは決して口にするな。今回の情報も、私たちが独自に発見した形にする」
カケルは、二人に念を押した。
「分かってるよ、カケル」
ミリアムは不安げな顔で頷いた。イヴァンは腕の傷を押さえながらも、「わかったぜ。もう余計なことはしない」と力強く答えた。
かくして、GRSIチームYとシャドウ・キャッツは、それぞれの『正義』の流儀に従い、しかし共通の目標のために、再び別々の道を歩み始めた。ドリアスの平和記念ホールの夜は、依然として不穏な静寂に包まれていた。




