24.奇襲の夜
ミリアムの叫びが通信機越しに響き渡ると同時に、平和記念ホールの夜の静寂は打ち破られた。隠れ家にいるノアとエミリーのモニターには、イヴァンがいる搬入口から複数の侵入反応が急速に増えていく様子が映し出された。
「敵だ!『影の評議会』の工作員よ!」
エミリーが叫んだ。彼女は即座にドローンの操作を切り替え、侵入者たちの詳細な情報をカケルたちに送ろうとする。しかし、侵入者たちが纏う特殊なシールドが、ドローンのスキャンを阻害していた。
「くそっ、見えねえな!」
イヴァンの荒々しい声が響く。彼は搬入口の陰に身を潜め、侵入者たちの動きを観察していた。重武装した数人の工作員は、音もなくゲートを突破し、ホールの地下へと続く通路へと消えていく。その動きは訓練され、迷いがなかった。まるで、この施設の構造を完全に把握しているかのようだった。
「イヴァン、追跡しろ!ただし、接触は避けろ!」
カケルは冷静に指示を出す。
「ノア、エミリー、奴らの目的と侵入経路を特定するんだ!ミリアム、俺と合流して、ホールの警備状況を再確認するぞ!」
カケルは警備詰め所を飛び出し、ミリアムとの合流を目指した。ホールの暗闇の中を、二人は慎重に進む。非常灯の鈍い光が、彼らの影を長く引き伸ばす。
「カケル、ノアとエミリーが奴らの位置を特定できないみたいだよ。『音』も、すごく奇妙な状態になってる……まるで、『影』が動いているような……」
ミリアムは不安げに呟いた。彼女の感知する『音』は、工作員たちの存在を確かに捉えているにもかかわらず、その『音』が物理的な存在としてではなく、曖昧な「影」として認識されることに困惑していた。それは、彼らが何らかの隠蔽技術を使っていることを示唆していた。
「『影』か……」
カケルは、シャドウ・キャッツの存在を思い出した。彼らもまた、影のように動く。しかし、ミリアムが感知した「影」は、協力者であるシャドウ・キャッツの「影」とは異なる、明確な敵意と不穏な「音」を放っていた。
その時、通信機にノアの焦った声が響いた。
「カケル!解析できた!奴らはホールの地下に設置されたメインサーバーを狙っている!そこには式典の運営システム、警備システム、そして緊急時の通信回線が集中している!」
「メインサーバー!?そこを制圧されれば、式典は完全にパニックに陥る!」
カケルは顔色を変えた。『影の評議会』は、テロの実行だけでなく、その後の混乱を完全に掌握しようと目論んでいるのだ。
一方、イヴァンは工作員たちの後を追って、ホールの地下へと潜っていた。薄暗い通路には、ホールの警備員が数人倒れている。いずれも、音もなく無力化されており、イヴァンの口から唸り声が漏れた。
「クソッ、手練れが揃ってやがる……!」
イヴァンは、倒れた警備員を横目に、工作員たちの足跡を辿る。彼の目には、微かに残された足跡、わずかな埃の乱れ、そして倒れた警備員の体勢から、敵の動きが手に取るように分かった。
やがて、メインサーバー室へと続く最後の扉が見えてきた。しかし、その扉の前で、イヴァンは立ち止まった。扉の向こうから、複数の足音と、金属が擦れるような微かな音が聞こえる。工作員たちが、メインサーバー室のシステムを操作している音だ。
その時、イヴァンの脳裏に、カケルからの指示がよぎった。「接触は避けろ」――だが、このまま奴らにメインサーバーを制圧させてしまえば、式典は完全に失敗する。彼は一瞬躊躇したが、持ち前の荒々しさが理性を上回った。
「待ってられるか!」
イヴァンは低く唸ると、扉に体当たりをかました。重厚な金属音が響き渡り、扉が内側に勢いよく開く。
サーバー室の中には、メインコンソールを操作する数人の工作員と、彼らを守るように配置されたアイアン・ガードの残党がいた。イヴァンの突然の突入に、彼らは一瞬の隙を見せる。
「GRSIか!よくもここまで!」
工作員の一人が、怒鳴りながら銃を構える。
イヴァンは構わず突っ込んだ。その屈強な肉体は、銃弾をものともせず、最前線にいたアイアン・ガードの兵士を吹き飛ばした。彼は咆哮し、工作員の一人に猛烈なパンチを叩き込む。しかし、工作員もただ者ではない。彼のパンチを紙一重でかわし、カウンターでナイフを突き立ててきた。イヴァンは腕甲でそれを受け止めるが、深部に切り傷が入る。
「くそっ、やりやがったな!」
イヴァンは、その痛みに顔を歪めながらも、もう一人の工作員に飛びかかった。サーバー室は、瞬く間に激しい戦闘の場と化した。
「イヴァンが戦闘に入った!」
ノアの声に、緊迫が走った。
「カケル、ミリアム、急いでサーバー室へ!敵の目的はシステム制圧だ!」
「分かった!ミリアム、急ぐぞ!」
カケルはミリアムの手を取り、サーバー室へと続く通路を駆け出した。彼の『連鎖反応予測』が、イヴァンの危機を告げ、彼を急き立てる。
一方、シャトル内のエミリーは、イヴァンが突入したサーバー室の状況を必死に解析していた。彼女のドローンは、通信を阻害するジャミングシールドのため、室内に侵入できない。しかし、熱源センサーが、サーバー室の内部で、イヴァンとは異なる、別の熱源反応を複数感知した。その熱源は、アイアン・ガードのそれとも違う、より素早く、より隠密に行動しているかのような動きを見せていた。
「ノア、サーバー室の中に、イヴァンと敵とは別の熱源反応が複数あるわ!それも、すごく素早い動きをしている……!」
エミリーが報告した。
「別の熱源……まさか、シャドウ・キャッツか!?」
カケルは、通信越しにその報告を聞き、息を呑んだ。シャドウ・キャッツもまた、独自のルートで動いていたのだ。彼らが、イヴァンの危機に呼応して、姿を現したのか。
サーバー室では、イヴァンが孤軍奮闘していた。彼の猛攻は、工作員たちを圧倒していたが、彼らの連携と奇妙な隠密行動に翻弄され、徐々に追い詰められていく。工作員の一人が、特殊なスタンガンを構え、イヴァンの死角から狙いを定めたその時だった。
突如、室内の照明が再び明滅し、工作員たちの注意が逸らされる。そして、背後から音もなく現れた漆黒の影が、スタンガンを構えた工作員の手からそれを叩き落とし、そのまま首筋に一撃を入れた。工作員は、呻き声一つ上げることなく、床に崩れ落ちた。
カレン・リードだ。彼女は静かにイヴァンに近づき、その背後から現れたレオン・ヴァンスとセラフィナ・モローが、残りの工作員たちを無力化していく。彼らの動きは、まるで影絵のように滑らかで、アイアン・ガードの残党は為す術なく倒れていく。
「全く、相変わらず厄介な男だ」
カレンが、苦笑とも取れるような微かな笑みを浮かべ、イヴァンに言った。
「もう少し待てなかったのか?」
イヴァンは、荒い息を吐きながら、血の滲む腕甲を振り、残りの敵を睨みつけた。
「待ってられるか!目の前で悪党がシステムをいじってやがったんだぞ!」
サーバー室の制圧が完了した。部屋の床には、倒れた工作員とアイアン・ガードの兵士が散らばっている。カケルとミリアムがサーバー室に到着した時には、シャドウ・キャッツは既に全ての敵を無力化していた。
「無事か、イヴァン!」
カケルが駆け寄る。イヴァンの腕の傷を見て、彼は眉をひそめた。
「ああ、問題ねえ。ギリギリだったがな」
イヴァンは、カレンの方を睨みながら言った。
「ノア、エミリー!サーバー室を確保した!敵のシステム制圧は阻止できたか!?」
カケルがシャトルに問いかけた。
「阻止できた、カケル!ただし、奴らが何をダウンロードしようとしていたか、あるいは何をアップロードしようとしていたかまでは特定できていない。データの一部が破損している可能性がある!」
ノアの声が響いた。
「とにかく、これ以上の被害は食い止めた。だが……」
カケルは、目の前に立つシャドウ・キャッツの三人に視線を向けた。
「君たちの協力がなければ、間に合わなかった」
カレンは何も言わず、ただ静かに頷いた。彼女の瞳には、カケルへの評価と、そしてまだ終わっていない戦いへの決意が宿っていた。




