23.警戒の夜
ドリアスの夜が深まり、平和記念ホールの周囲は一層の静寂に包まれていた。だが、その静けさは、嵐の前の静けさでもあった。警備ドローンのモーター音と、時折聞こえる警備員の足音だけが、不気味に響く。ホールの照明は落とされ、その巨大な影がドリアスの夜空に浮かび上がっていた。
ホールの内部では、カケル、ミリアム、イヴァンがそれぞれ持ち場に戻り、警戒態勢を維持していた。
カケルはメインロビーの警備詰め所で、モニターに映る監視カメラの映像を凝視している。彼の隣には、居眠りするフリをしたベテラン警備員が座っているが、カケルは彼が『影の評議会』の手先である可能性も考慮し、一切の油断を見せない。彼の『連鎖反応予測』は、この静寂の夜にこそ、何かが起こるのではないかと警告していた。
「ノア、エミリー、そちらの状況はどうだ?不審な動きは?」
カケルは、極力声を潜めて通信機に問いかけた。
「今のところ、目立った動きはない。ホールの主要なアクセスポイントは全て監視下に置いているし、評議会の通信も検知できていない」
ノアの声は、周回軌道上のシャトルからクリアに届いた。彼の声には、僅かながら焦りが滲んでいる。これだけ静かだと、逆に不安になるのだ。
「私のドローンも、ホールの外周部、地下、ダクト、全て異常なし。ただ……」
エミリーの声が、わずかに途切れた。
「ホール周辺の電磁波パターンに、ごく微細な、不規則な揺らぎがあるわ。まるで、何かを隠蔽しようとするような……」
「隠蔽?」
カケルは眉をひそめた。それは、シャドウ・キャッツの動きか、それとも『影の評議会』の新たな動きなのか。
ミリアムは、ホールの地下通路にある資材置き場で、箱の陰に隠れて耳を澄ませていた。昼間は雑多な『音』に紛れていたが、夜になり人の流れが途絶えたことで、彼女の感知能力はより研ぎ澄まされていた。彼女の耳には、壁の奥で動く配線や、地下水路を流れる水の『音』、そして、遠くでかすかに響く金属の微細な軋みまでが聞こえる。
「ミリアム、何か感じないか?エミリーが電磁波の乱れを感知している」
カケルがミリアムに問いかけた。
「ううん……変な『音』はしないけど、なんか、この地下の『音』が、ずっと、奥の方でざわざわしてる気がする……。なんだろう、これは……」
ミリアムの声は、困惑と不安に満ちていた。彼女が感知している『音』は、具体的な危険を示しているわけではないが、その不規則なざわめきは、何かが蠢いているような不穏さを孕んでいた。
その時、イヴァンの通信が入った。
「カケル、俺のいる搬入口のゲートに、不審な車両が接近中だ。ナンバーは偽装されている。どうやら、警備システムにも感知されてねえみたいだ」
イヴァンは、身を隠しながら、搬入口に近づいてくる大型トラックのような車両に目を凝らしていた。
「不審車両……シャドウ・キャッツか、それとも敵か?」
カケルは思考を巡らせる。評議会の連中は、まさかこのタイミングで動くはずがない。だが、シャドウ・キャッツが、何の連絡もなしに、ここまで大胆な行動を取るだろうか。
「ノア、その車両の情報を解析できるか!?」
カケルが指示した。
「試みる!……待て、この車両の電磁波パターンは……解析不能だ!特殊なジャミングシールドを使っている。通常の車両ではない!」
ノアの声に、焦りが走った。
「その車両から、3つの『影』の『音』がする……!」
ミリアムが、突然声を上げた。彼女の感知能力が、ジャミングシールドをも貫通し、内部の人間が発する微細な『音』を捉えたのだ。3つの『影』の『音』。それは、シャドウ・キャッツの人数と一致する。
カケルは、通信機越しにシャドウ・キャッツのカレンにコンタクトを取ろうとしたが、ノアが言った。
「カケル、シャドウ・キャッツとのセキュアチャネルにも、強いノイズが入って繋がらない!」
「くそっ!」
カケルは舌打ちした。これは、シャドウ・キャッツが何らかの理由で、自ら通信を遮断しているのか。あるいは、彼らが評議会の手によって、今まさに危機に瀕しているのか。
その間にも、イヴァンが報告を続けた。
「車両が搬入口のゲートに停止した。中から、重武装した数人の影が降りてくる……!」
「待て、イヴァン!軽率な行動はするな!」
カケルは叫んだ。それがシャドウ・キャッツであれば、彼らはGRSIの警戒網を潜り抜けて行動しているのだ。こちらから接触すれば、両者の連携が露見する危険性がある。しかし、もし敵ならば、一刻も早く対処しなければならない。
搬入口の暗がりで、イヴァンは息を潜めていた。降りてきた数人の影は、素早くゲートのロックを解除し、音もなく施設内部へと侵入していく。その動きは、まるで訓練された兵士のようだった。そして、彼らが発する微かな『音』は、ミリアムが先ほど感知した「3つの影の音」とは、明らかに異なる不気味な響きを持っていた。
「……あれは、シャドウ・キャッツじゃない!敵だ!」
ミリアムの叫びが、通信機越しに響き渡った。彼女の『音』は、今や明確な危険信号を発している。それは、彼らがこれまで追い続けてきた『影の評議会』の『影』そのものだった。
「ノア、エミリー!敵の侵入経路を特定しろ!イヴァン、そいつらの行動を追え!ただ、変に動くな!ミリアム、合流だ!」
カケルの声が、張り詰めた空気の中に響き渡った。
平和条約調印式典前夜、惑星ドリアスの平和記念ホールに、ついに『影の評議会』の牙が剥かれた。見えない敵、そして水面下で動く協力者。GRSIチームYの孤独な戦いが、今、始まる。




