21.交錯する『正義』
激戦を終え、アイアン・ガードの残骸と破壊されたレーザー砲台が散乱する格納庫の奥、崩れかけた隔壁の先に、『プロジェクト・ハーデス』研究施設の中枢部が姿を現した。
そこは、ヴァルガスの個人的な隠れ家や研究室というよりも、まるで時代に取り残された古代遺跡のような、無機質な情報処理室だった。錆びついたサーバーラックがいくつも林立し、無数のデータ端末が薄暗い照明の中で異様な光を放っている。壁には、かつての管理者たちが残したであろう奇妙な記号が、苔むした表面に不気味な影を落としていた。
空気は重く、古びた機械の油の匂いが鼻をつく。
「ノア、エミリー!準備はいいか!?ここから『影の評議会』の情報を引き出す!」
カケルが、重々しく、しかし確かな決意を込めて指示を出した。彼の声には、先ほどの死闘を乗り越えた達成感と、目の前の巨大な敵に立ち向かう冷静な覚悟が満ちていた。彼の『連鎖反応予測』は、この場所から得られる情報が、今後の戦局を決定づける鍵となると明確に示唆していた。
「いつでもいける!先ほどのシステム麻痺で、評議会のネットワークに微かな隙ができた。まるで、彼らの防護壁にできた小さな亀裂のようだ。そこを突く!」
ノアの声が通信機から響く。彼の指は、まるでピアノの鍵盤を叩くかのように高速でキーボードの上を舞い、ディスプレイには『プロジェクト・ハーデス』の複雑なネットワークマップと、無数の侵入ポイントの分析データがリアルタイムで展開されていく。彼の瞳は、光るデータラインを追うように鋭く輝いていた。
エミリーは、シャトル内に残されていた予備の偵察ドローンを起動させた。
「残りのドローンを最大限に活用して、外部の監視と、内部の危険区域の特定を支援するわ!この施設の構造はかなり複雑よ」
彼女の瞳は、集中力で研ぎ澄まされ、指先はドローンの操縦スティックの上で繊細に動く。ドローンは、崩壊した施設の中を、まるで幽霊のように滑らかに飛行し、新たな情報をもたらす準備を整えた。
シャドウ・キャッツの三人も、それぞれが持ち場につき、ノアのハッキングを援護する。
カレンは、ヴァルガスが残したであろう古いデータ端末に、自身の小型デバイスを接続し、評議会に関するオフライン情報を抽出し始めた。彼女の指先は、まるで熟練の職人のように素早く、しかし静かにデータを浚っている。
レオンは、万が一の奇襲に備え、通路の要所を警戒し、そのしなやかな体躯を壁の影に溶け込ませている。彼の耳は、微かな物音一つ聞き逃すまいと、周囲の空気を探っていた。
セラフィナは、静かにスキャナーを起動させ、周囲の微細な電子信号を読み取り、ノアに妨害電波の有無や、隠されたセキュリティシステムの反応を伝える。彼女の存在は、まるで無音の監視者のようだった。
数分後、静寂を破ってノアの興奮した声が響いた。
「見つけたぞ!ヴァルガスが過去に交わした通信ログだ!そして、最も重要なのは、彼が議長ゲイル・ゾルダンと直接やり取りしたと思われる、厳重に暗号化されたデータだ!解析を開始する!」
シャトルのメインスクリーンには、無数のデータストリームが滝のように流れ始める。ノアの天才的なハッキング能力と、シャドウ・キャッツの専門的な情報解析技術が融合し、まるで難攻不落の城壁を打ち破るかのように、暗号の壁を次々と打ち破っていく。画面には、意味不明な文字列が高速でスクロールし、やがて具体的な単語や日付、座標などが浮かび上がってきた。
やがて、メインスクリーンに、彼らが想像もしなかったような、戦慄すべき情報が浮かび上がった。それは、単なる不正取引の記録などではなかった。
「これは……テロ計画!?」
エミリーが、ドローンからの映像とノアが解析したデータを照合し、驚愕の声を上げた。彼女の顔色は、瞬く間に蒼白になる。
「ターゲットは、惑星ドリアスの『平和記念ホール』で開催される、惑星連邦の平和条約調印式典よ!出席者リストには、複数の惑星代表と、アラン局長の名前も含まれているわ!厳重な警備が敷かれるはずの、宇宙で最も重要なイベントの一つだわ!」
カレンは、自身が解析していたデータと照合しながら、冷徹な声で状況を補足した。
「ヴァルガスは知らなかったようだな。彼に与えられていたのは、ヴェリディアン・エコーの隠蔽と、GRSIの目を逸らす役割だけだったのだろう。これは『影の評議会』が、ヴァルガスを利用して得た資源と情報を使い、惑星連邦の秩序を根本から破壊するために企てた、本命の計画だ」
彼女の指が、テロ計画の実行日時と、そこに関わる評議会のメンバーの名前を指し示す。
「平和条約調印式典を狙うなんて……正気の沙汰じゃない!」
ミリアムが怒りに震えた。彼女の『音』は、計画の持つ破壊的なエネルギーを感じ取り、恐怖と怒りが混じり合っていた。
「『影の評議会』は、この混乱に乗じて宇宙の支配を確立しようとしているんだ!」
彼女の感知能力は、テロによって引き起こされるであろう悲劇の波紋を、まるで未来予知のように感じ取っていた。
「ゲイル・ゾルダン……奴らの目的は、惑星連邦の中枢を麻痺させ、秩序を崩壊させることか」
カケルは、最悪の連鎖反応が現実のものとなりつつあることを悟った。彼の脳内で、点と点が繋がり、恐ろしい全体像が浮かび上がってくる。ヴァルガスの不正は、まさに氷山の一角に過ぎなかったのだ。
「平和記念ホールでのテロは、全宇宙規模の混乱を引き起こすだろう。これを阻止しなければならない。何としても」
テロ計画の情報は、チームYとシャドウ・キャッツ、双方にとって看過できないものだった。
GRSIが掲げる「銀河の秩序と平和を守る」という『正義』と、シャドウ・キャッツが掲げる「不正を正し、奪われたものを本来の場所に戻す」という『正義』。
その形は異なれど、無辜の命を救い、銀河の安定を脅かす巨大な悪を止めるという点では完全に一致していた。彼らは、同じ羅針盤を異なる角度から見ている同志だった。
「この計画を阻止し、『影の評議会』を壊滅させる。それは当然だ。だが……」
カケルが、難しい顔で口を開いた。彼の瞳には、深い懸念が宿っていた。
「我々GRSIは公的な組織だ。君たちのような非合法な集団と表立って協力することは、私たちの立場を危うくする。最悪、GRSIそのものが解体されかねない。そうなれば、今回の件だけでなく、今後も影に潜む巨悪と戦う力が失われてしまう」
シャドウ・キャッツのカレンは、カケルの懸念を予測していたかのように、静かに頷いた。彼女の表情は変わらないが、その眼差しには理解の色が見えた。
「その懸念は理解できる。我々も、公的な介入があれば、これまでのように影で動くことが難しくなるだろう。我々の存在自体が、銀河の法からは逸脱している。光の下では、我々の力は半減する」
「しかし、この機会を逃せば、『影の評議会』はさらに力をつけ、銀河は取り返しのつかない混乱に陥る。この巨大な敵を前にして、我々GRSIだけでは、彼らの深部にまで到達することは難しい」
カケルは続けた。リン・リーが自身の命を危険に晒してまで、この共闘の必要性を示してくれたことを、彼は重く受け止めていた。彼女の覚悟が、カケル自身の決意を固める後押しとなっていた。
「では、共同作戦を練り、それぞれが別のルートで行動するしかない」
カレンが、カケルの言葉を受けて提案した。その提案は、カケルの懸念を払拭し、現実的な解決策を提示するものだった。
「君たちGRSIは、合法的な手段で式典の警備強化を要請し、内部からの情報収集と、テロ実行犯の特定・逮捕に動く。我々シャドウ・キャッツは、評議会のテロ部隊の動きを水面下で追跡し、実行前の破壊工作、あるいは実行犯の無力化に徹する」
「つまり、GRSIは『光』の道から、シャドウ・キャッツは『影』の道から、同じ目標を目指すということか」
イヴァンが、カレンの言葉を要約した。彼は粗野な物言いだが、状況を正確に理解していた。
「その通りだ。重要なのは、互いに干渉しすぎず、しかし必要な情報と支援は共有すること」
カレンは、ノアとエミリーがいるシャトルの方に視線を向けた。
「ノアとエミリーのハッキング能力と情報分析力は、我々にとっても不可欠だ。通信は限定的になるが、安全なチャネルを構築することは可能だろう」
「できる。高度な暗号化を施せば、誰からも解析は難しい」
ノアが即座に答えた。彼の声には、すでに新たなミッションへの集中力が宿っている。
「セラフィナの精密狙撃とレオンの潜入能力は、警備網の隙間を突く上で大きな力になるだろう。例えば、もしテロリストが警備の盲点となっているポイントから侵入を試みれば、レオンがそのルートを封鎖し、セラフィナが遠距離から支援することで、混乱を最小限に抑えられるはずだ。ミリアムの空間認識能力も、テロ計画の実行場所を特定したり、隠された爆弾や装置を見つけ出す上で重要になる」
カケルは、シャドウ・キャッツの能力を評価し、具体的な連携のイメージを共有した。彼らの能力を最大限に引き出すことが、この困難な作戦を成功させる鍵となる。
惑星ドリアス、平和記念ホール。惑星連邦の未来を左右する、象徴的な場所で、最大の危機が迫る。
異なる『正義』を抱く二つのチームは、それぞれの道を歩みながらも、同じ目的のために動き出す。水面下で進む、史上最大の共同作戦が、今、ヴェーガの深淵で静かに始まったのだ。




