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GRSI-05 ヴェリディアンの残響  作者: やた


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17.深淵への降下

 シャトルがヴェーガの荒れ狂う嵐の中、辛うじて着陸ポイントを見つけ出し、機体を固定した。強酸性の雨が機体を叩きつけ、雷鳴が轟く。


 カケル、イヴァン、ミリアムは、重装備のプロテクターを身につけ、嵐の中を地下施設へと続く入り口を目指した。


「ノア、エミリー、準備はいいか!?」


 カケルが、通信機越しに確認した。彼らの声は、嵐の咆哮にかき消されそうになる。


「いつでもいける、カケル。シャトルのメインシステムから施設のネットワークに接続する。ハッキングが成功すれば、内部のマップとセキュリティシステムの無効化が可能だ」


 ノアの声は、嵐の中でも冷静だった。シャトルのコンソールには、すでに『プロジェクト・ハーデス』施設の複雑なデータが展開されている。


「ドローンは全てスタンバイ済みよ。視界が悪くても、私のドローンなら問題なく目標を捉えられる。何かあればすぐに援護するわ」


 エミリーの声もまた、静かで確かな響きを持っていた。シャトルのハッチが開くと、強風に煽られながら、高機能ドローンが次々と飛び出していく。それらは嵐の中でも安定した飛行を見せ、カケルたちの頭上を旋回し始めた。


「よし、行くぞ!」


 カケルが叫んだ。


 彼らが辿り着いたのは、旧式の重厚な金属製のハッチだった。錆びつき、蔦が絡まるその扉は、ヴァルガスが過去にこの地に隠蔽してきた秘密の重みを物語っているかのようだった。


「このハッチ、とてつもなく頑丈そうだ。爆薬を使うか?」


 イヴァンが、ハッチの表面を叩きながら言った。


「待って。このハッチの『音』……中に電気が通ってるみたいだよ!ノア、これをハッキングして開けられる!?」


 ミリアムが、ハッチに手をかざし、その微細な振動を感知した。彼女の空間認識能力は、物質の内側に流れるエネルギーまでをも捉えることができたのだ。


「確認する。古いシステムだが、確かに緊急電力供給が生きているようだ。解析に数秒かかる」


 ノアが即座にハッキングを開始した。シャトル内のディスプレイに、ハッチの構造図が瞬時に展開される。


 数秒後、ノアの声が響いた。


「いける!セキュリティプロトコルを解除した!そちらで開けてくれ!」


「よしっ!」


 イヴァンが力強くハッチを押し開いた。重厚な金属音が鳴り響き、錆びついた扉がゆっくりと内側へ開いていく。その先には、漆黒の闇が広がっていた。


 ハッチの向こう側は、地表の荒々しさとは一転して、人工的な冷気が漂う地下通路だった。壁面には苔が生え、照明はところどころで点滅し、不気味な雰囲気を醸し出している。足元には、錆びたパイプやケーブルが絡み合い、歩行を困難にしていた。


「この通路の『音』……上から下へ、どんどん深くなってる。そして、所々に『警戒』の『音』がする場所があるよ。監視カメラとか、センサーとか、まだ生きてるシステムがあるんだ」


 ミリアムが、慎重に足を進めながらカケルに耳打ちした。彼女の言葉は、まるで周囲の空間そのものが語りかけているかのように聞こえた。


「ノア、ミリアムの感知した『警戒』の『音』がする場所を特定し、マップに表示できるか?そこからハッキングで無効化を試みる」


 カケルが指示した。


「了解。ミリアムのリアルタイムデータと衛星スキャンを照合する……見つけた!通路のT字路に監視カメラが稼働している!今、無効化を試みる!」


 ノアの声が響いた。数秒後、ミリアムが「『警戒』の『音』が消えた!」と安堵したように呟いた。


 その時、頭上を小さな影がかすめた。エミリーが操縦する高機能ドローンだ。そのドローンは、まるで彼らの目を補うかのように、通路の先を照らし、状況を映像でノアとエミリーに送っている。


「前方にアイアン・ガードの巡回兵が2名。通路の死角に隠れるかたちで巡回中よ」


 エミリーが、ドローンからの映像を見て報告した。


「装備は標準的な突撃ライフルと、ボディシールド。動きは鈍いが、統率が取れている」


「よし、イヴァン。頼む」


 カケルが静かに言った。


「ああ」


 イヴァンが短く答えると、物音一つ立てずに通路の角に身を潜めた。彼は、エミリーが報告した敵兵の配置を脳内で完璧にシミュレートしている。そして、ドローンの映像で確認した敵兵が、ちょうど死角に入り込んだその瞬間、イヴァンは影のように滑り出した。


 彼は獲物を狙う獣のように静かに、しかし素早く動いた。敵兵の一人の背後に忍び寄り、高振動ナイフでボディシールドの隙間を寸断し、そのまま兵士の首筋に正確な一撃を叩き込んだ。兵士は、呻き声一つ上げることなく、その場に崩れ落ちた。もう一人の兵士が異変に気づき振り返ろうとした瞬間、イヴァンはすでにその背後に回り込み、彼の頭部を強烈なフックで殴りつけた。その動きは、まるで嵐のように速く、正確で、そして音を立てなかった。敵兵は、声を発する間もなく意識を失い、その場に倒れ伏した。彼らの装備が地面にぶつかる鈍い金属音だけが、静寂を破った。


「よし、突破だ」


 イヴァンが息を弾ませながら、低い声で言った。彼の顔には、粗野な男とは思えないほど、冷静な達成感が浮かんでいた。


「見事だ、イヴァン」


 カケルが彼を労った。エミリーのドローンが、通路の安全を確認するように周囲をスキャンしている。


 カケルは、そこまでの侵入が驚くほど順調に進んでいることに、わずかな違和感を覚えていた。ヴァルガスの秘密基地と聞いていたが、警備は拍子抜けするほど手薄に感じる。


「妙だな……」


 カケルが呟いた。


「ヴァルガスはリン・リーを誘拐し、俺たちをここに誘い込んだ。彼がそのために、これほど警備が甘い状態を放置しているとは考えにくい。何か裏があるのかもしれない」


 彼の『連鎖反応予測』の能力が、潜在的な危険信号を脳内で点滅させていた。しかし、リン・リーの安否が最優先だった。


 さらに奥へ進むと、彼らは巨大な格納庫のような空間にたどり着いた。そこには、ヴァルガスの私的な輸送船や、武装車両が所狭しと並べられていた。そして、格納庫の中央に、強固な金属製の扉がある。おそらく、リン・リーが監禁されている『プロジェクト・ハーデス』研究施設への入り口だろう。


「この扉だ。ここが、アイアン・ガードの本拠地だ」


 カケルが、扉の前に立ち止まった。


「ノア、この扉のセキュリティは?」


「とてつもなく強固だ。多重ロックと生体認証、そしてハッキング耐性も高い。正面からの突破は時間がかかりすぎる」


 ノアの声に、わずかな焦りが混じっていた。


「待って!この扉の横に、小さな通気口があるよ!すごく狭いけど、エミリーのドローンなら通れるかも!」


 ミリアムが、扉の横にある、ほとんど目立たない小さな通気口を指差した。その通気口からは、かすかにリン・リーの「音」がするような気がした。


「通気口か……。ノア、その通気口の先がどこに通じているか、マップで確認できるか?エミリー、君のドローンでその通気口から内部に侵入し、ロックを解除できる場所を探してくれ。リン・リーの救出を最優先する」


 カケルは、即座に作戦を立て直した。


「了解。通気口の先は、制御室に繋がっている可能性が高い。エミリー、ドローンのサイズは問題ないはずだ」


 ノアが、マップを拡大して指示を出した。


「任せて。精密操作なら得意よ」


 エミリーが、シャトル内でドローンの操縦桿を握りしめた。彼女の指が繊細に動き、ドローンが通気口へと滑り込んでいく。


 ドローンが通気口の暗闇の中を進む。内部は狭く、錆びついたダクトが複雑に入り組んでいた。エミリーは、集中力を極限まで高め、ドローンを慎重に操縦していく。やがて、ドローンのカメラが、小さな制御室の内部を捉えた。そこには、メイン扉のロックを制御する端末が見えた。


「制御室を確認。ロックを解除するわ」


 エミリーが報告した。


「よし!頼む!」


 カケルが、扉の前に立つイヴァンに目配せをした。


 エミリーがドローンを操作し、制御室の端末にドローンの特殊なインターフェースを接続する。ノアが即座にバックアップハッキングを開始し、エミリーのハッキングをサポートする。数秒後、ハッチの向こうから「カチャン」という解除音が小さく響いた。


「ロックを解除したわ!」


 エミリーの声が響いた。


「よし!」


 イヴァンが短く呟くと、扉を勢いよく押し開いた。その瞬間、強烈な光がカケルたちの目を襲った。そこには、ヴァルガスの秘密基地の、真の姿が広がっていた。そして、その奥には、リン・リーの姿が……。

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