16.ヴェーガの闇
チームYを乗せたシャトルは、一路、タラント星系の辺境に位置する惑星ヴェーガへと向かっていた。
シャトル内では、ヴェーガに関する最新情報がノアのホロディスプレイに投影されていた。
荒廃した採掘基地『アークライト』とは異なり、ヴェーガはかつてヴァルガスが秘密裏に実験施設として利用していた惑星だ。地表は常に鉛色の雲に覆われ、強酸性の雨が降り注ぐ、生命には過酷な環境だ。
しかし、その地底には、ヴァルガスの私的な研究施設や、回収した希少鉱物の保管庫が多数存在することが、GRSIの過去の偵察データから示唆されていた。
「ヴェーガは、ヴァルガスの私的な『ごみ溜め』のような星だ。彼の汚い仕事の多くが、この星の地下で行われていた」
ノアが、ヴァーチャルマップを操作しながら説明する。
「特に、リン・リーが監禁されている可能性が高いのは、地表から約500メートルの深さに位置する、旧『プロジェクト・ハーデス』研究施設だ。そこは、彼の私設部隊『アイアン・ガード』が、最も秘匿性の高い資産や情報を保管する際に利用していた記録が残っている。施設は多重の地下構造になっており、侵入は極めて困難だ」
「アイアン・ガードか……。あの脅迫状のメッセージも、この星の荒れた環境も、全部あいつらのやり口にぴったりだ」
イヴァンが、銃器の点検をしながら吐き捨てた。
「シャドウ・キャッツみたいに、こそこそと小細工するんじゃなくて、真正面からぶつかってくるタイプってわけだな。望むところだ!」
彼の表情には、戦闘への高揚が浮かんでいた。
エミリーは、自身のライフルを再調整しながら、冷静に分析した。
「アイアン・ガードは、純粋な戦闘能力では、GRSIのエージェントにも匹敵する。彼らは特に、防御シールドと接近戦に特化した装備を持つ。施設の構造も、侵入者を殲滅するために設計されていると見て間違いないわ。遠距離からの支援が可能な場所を確保し、彼らの動向を正確に把握する必要がある」
ミリアムは、シャトルの窓の外に広がる、嵐のようなヴェーガの雲をじっと見つめていた。
「ヴェーガの『音』は、すごく荒れてる……。まるで、ヴァルガスの心の中みたいに、濁ってて、重い『音』がする。リン・リーさんの『音』は、まだかすかに聞こえるけど、すごく遠くて、か細い……。早く助けてあげないと」
彼女の表情は、不安と、しかし強い決意に満ちていた。
カケルは、それぞれの報告を統合し、作戦を組み立てた。シャドウ・キャッツが示した「正義」への道筋を歩むためには、リン・リーを救い出し、ヴァルガスの真の闇を暴く必要がある。そのためには、アイアン・ガードの強固な防衛を突破しなければならない。
「ノア、到着次第、『プロジェクト・ハーデス』施設のセキュリティシステムへのハッキングを最優先で行ってくれ。主要な監視カメラ、防御システム、そして電力供給ラインの掌握が目的だ。可能であれば、リン・リーが監禁されている場所を特定し、内部構造図を引き出してほしい」
カケルが指示した。
「エミリー、君はシャトルの外部監視システムと狙撃装備を最大限に活用し、遠距離からの支援と、敵部隊の動きの把握に努めてくれ。施設の周辺警備、特に空からの侵入経路に警戒を怠るな」
「了解。狙撃ポイントは、既に地表の地形データからいくつか目星をつけているわ。ヴェーガの荒れた天候は、私の射撃に影響しない」
エミリーは、淀みなく答えた。
「イヴァン、ミリアム、俺と共に施設内部への突入経路を探る。イヴァンは、その強靭な体躯で物理的な障害を排除し、道を開いてくれ。ミリアムは、その空間認識能力で、敵の配置、隠された通路、そしてリン・リーの『音』を追跡してほしい。アイアン・ガードは数で圧倒してくるだろう。だからこそ、連携が重要だ。絶対に単独行動はするな」
「任せろ!どんなやつらが相手だろうと、リン・リーを必ず助け出してやる!」
イヴァンが力強く拳を握り、闘志を燃やした。
「うん!リン・リーさんの『音』が、私たちを待ってる……!きっと、大丈夫だよ!」
ミリアムが不安げな表情を拭い、カケルを見つめた。
シャトルが、ゆっくりとヴェーガの大気圏へと突入していく。鉛色の雲が厚く垂れ込め、視界は急激に悪化した。雷鳴が轟き、シャトルの外壁を強酸性の雨が叩きつける。その荒々しい天候は、彼らを待ち受ける戦いの苛烈さを予感させるかのようだった。
「到着まで、あと数分だ」
ノアの声が、静かに響いた。
カケルは深く息を吐き、仲間たちに視線を巡らせた。それぞれの顔に、緊張と、しかし確固たる決意が宿っている。彼らは、ヴァルガスの不正を白日の下に晒すため、そして、真実を求める者を救い出すため、荒れ狂う惑星ヴェーガの闇へと、今、飛び込もうとしていた。この地下深くには、彼らの「正義」が試される、新たな戦場が待っている。