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15.陰謀の渦

 リン・リー誘拐の報は、GRSI本部に衝撃を与えた。ヴァルガス自身の動揺は本物に見えたが、彼が関与を否定する「犯人」が、ヴァルガスの不正が明るみに出ることを恐れる関係者であることは明白だった。アラン局長の指示の下、チームYは直ちにリン・リーの捜索と、新たな敵の特定に着手した。


 ノアは、リン・リーが誘拐された場所のセキュリティ記録、そしてヴァルガスに関するGRSIの全データベースを、これまで以上の速度で解析し始めた。ホロディスプレイには、無数の通信ログとデータパケットが滝のように流れ、彼の指は休むことなく、その中からわずかな異常を探していた。


「リン・リーが最後に確認された場所は、ヴァルガスのオフィスから移送されるための通路だった。監視カメラの記録は、何者かが瞬間的に電子信号を遮断し、その隙に彼女を連れ去ったことを示している。シャドウ・キャッツの光学迷彩のような技術だが、決定的な相違点がある」


 ノアが報告した。


「彼らの場合、痕跡が残らない。しかし、今回の誘拐現場には、微細なプラズマ残留粒子が検出された。これは、高出力のシールド発生装置、あるいは短時間の空間跳躍装置を使用した際に発生する副産物だ。シャドウ・キャッツの手法とは異なる、より物理的な痕跡を残している」


「つまり、シャドウ・キャッツとは別の、もっと粗暴な連中ってことか」


 イヴァンが、悔しそうに拳を握った。


「リン・リーのやつ、無事だといいんだが……」


 彼は、いつでも出動できるように、戦闘服を身につけていた。


 エミリーは、リン・リーの個人的な履歴、ヴァルガスの私設警備員の動向、そしてヴァルガスと密接な関係を持つ企業の情報をクロスチェックしていた。彼女の鋭い視線は、膨大なデータの海から、わずかな繋がりを見つけ出そうとしていた。


「リン・リーは、ヴァルガスに長年仕えてきたが、ここ数カ月で彼の悪行に対する不満を周囲に漏らすようになっていたことが分かったわ。特に、惑星ゼファでの環境汚染の隠蔽工作に、彼女自身が深く関わらされていたことに良心の呵責を感じていたようだわ。そして、ヴァルガスが所有する複数のシェルカンパニー(実態のない会社)のうちの一つ、『スコーピオン・アセット』という企業が、最近になって急激な資金移動を行っていることを突き止めた」


「スコーピオン・アセット……」


 カケルが眉をひそめた。


「それが犯人グループの隠れ蓑か、あるいは資金源か」


「ミリアム、リン・リーが誘拐された瞬間の『音』は、何か聞こえなかったか?犯人を示す『音』の特性は?」


 カケルが尋ねた。


 ミリアムは、目を閉じ、当時の状況を再現しようと努める。彼女の顔に、苦痛の表情が浮かんだ。


「リン・リーさんの『音』は、すごく驚いて、そして怖がっていた。そして、犯人の『音』……それは、速くて、重くて、でも、どこか規則的だった。まるで、訓練された兵士たちの足音と、金属が擦れるような、冷たい機械の『音』が混じってた。シャドウ・キャッツの『音』みたいに空間に溶け込むんじゃなくて、もっと、物理的に、ガツンと来るような『音』だった」


 彼女は、震える声でその「音」の印象を語った。


「訓練された兵士の足音……金属音……。ノア、スコーピオン・アセットの関連企業に、傭兵部隊や私設警備会社はないか?あるいは、ヴァルガス自身が雇っている強力な私設部隊は?」


 カケルは、断片的な情報を繋ぎ合わせようとした。


 ノアは即座に検索を開始し、数秒後、ディスプレイに情報を表示した。


「スコーピオン・アセットは、過去に複数の銀河傭兵企業と契約を結んでいた記録がある。中でも、『アイアン・ガード』という傭兵部隊は、ヴァルガスが惑星ゼファで不正採掘を行う際に警備を担当していたことが確認できた。彼らは、高出力のシールド技術や、限定的な空間跳躍装置を使用することで知られている。ミリアムが感知した『音』の特徴とも一致する」


「アイアン・ガード……」


 カケルが呟いた。シャドウ・キャッツの対極に位置する存在。ヴァルガスの守護者であり、その悪行を隠蔽してきた者たち。


「彼らがリン・リーを誘拐したのは、彼女がヴァルガスの不正の内部告発者となったことを恐れたからでしょうね」


 エミリーが冷徹に分析した。


「そして、私たちGRSIに警告を発し、ヴァルガスに関する捜査を中断させるのが狙い。ヴェリディアン・エコーの盗難でヴァルガスの不正が明るみに出ることを防ぐため、彼らはなりふり構わず動き出した」


 カケルは、リン・リーが囚われた写真に目を落とした。彼女の目には、恐怖と同時に、どこか諦めのような光が宿っているように見えた。彼女は、シャドウ・キャッツに協力を求めたことで、自らの命が危険に晒されることを覚悟していたのかもしれない。


「アイアン・ガードか……。シャドウ・キャッツとは違う、もっと分かりやすい敵だ」


 イヴァンが、歯を食いしばった。


「リン・リーを助け出し、ヴァルガスと、そいつらをまとめてぶっ潰してやる!」


「待て、イヴァン」


 カケルが制した。


「彼らの狙いは、私たちに捜査を中断させることだ。ここで感情的に動けば、彼らの思う壺だ。しかし、リン・リーを見捨てるわけにはいかない。彼女は、真実を求めたがゆえに巻き込まれた犠牲者だ」


「ノア、アイアン・ガードの主な拠点や、彼らの活動パターン、そしてリン・リーが監禁されている可能性のある場所を特定できるか?」


 カケルが問いかけた。


「アイアン・ガードは、特定の拠点を持たず、ヴァルガスの指示に応じて銀河の各地を転々としている。しかし、スコーピオン・アセットの資金移動と連動して、最近、タラント星系の惑星ヴェーガに大規模な電力供給と、傭兵部隊の集結が確認されている。そこはかつて、ヴァルガスが使用していた秘密の保管庫があった場所だ。可能性は高い」


 ノアが冷静に分析結果を提示した。


 カケルは、机に広げられた銀河地図の、タラント星系の惑星ヴェーガを指差した。その星は、セントラル・オービタルからはかなり離れた、辺境の宙域に位置している。


「特定旅客対応チームとは引き続き連携を取り、リン・リーの安全確保を最優先に動いてもらう。しかし、我々チームYは、直接ヴェーガへ向かう」


 カケルが、決断を下した。


「シャドウ・キャッツが与えた『鍵』を使い、ヴァルガスの不正を暴く。そして、その不正を隠蔽しようとする者たちから、リン・リーを救い出す。それが、私たちGRSIの『正義』だ」


 ヴァルガスの逮捕状請求に向けた動きと並行して、チームYは、リン・リーを救い出すため、そして、ヴァルガスの真の闇へと迫るため、新たな戦場へと向かうことになった。惑星ヴェーガ。そこには、リン・リーが囚われ、そしてアイアン・ガードが守る、ヴァルガスのさらなる秘密が眠っているはずだった。銀河の『正義』を巡る戦いは、新たな局面を迎えていた。

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