14.裏切りの波紋
惑星ヴァイパーの荒涼たる大地を後にし、チームYを乗せたシャトルは、再び煌めくセントラル・オービタルの光の環を目指して航行していた。
カケルが手にした「鍵」――シャドウ・キャッツが託したクリスタルは、ヴァルガスの不正の全てを暴くデータへのアクセス権を握っている。シャトルの内部は、安堵と、来るべき戦いへの静かな決意に満ちていた。
GRSI本部に帰還したチームYは、まずアラン局長への報告に向かった。局長室の大型ホロディスプレイには、ノアが「鍵」を使って引き出したヴァルガスの不正データが次々と投影されていく。
惑星ゼファでの強制的な土地収奪、環境汚染、そして不正に得た莫大な利益のロンダリング。これまで噂として囁かれていたヴァルガスの悪行が、揺るぎない証拠として可視化され、部屋の空気を重くしていた。
「これは……まさしく、銀河の根幹を揺るがす大罪だ」
アラン局長が、深い皺の刻まれた顔を厳しく歪めた。
「シャドウ・キャッツは、我々が掴みきれなかったヴァルガスの闇の核心を、明確に突きつけてきたわけか。しかし、彼らの手段は、決して許されるものではない。だが、この情報は、我々の『正義』を遂行するための、強力な武器となる」
「局長、このデータに基づいて、直ちにヴァルガスの逮捕状を請求すべきです。彼は銀河中に影響力を持つ大物ですが、この証拠があれば逃れられません」
カケルが、きっぱりと言った。
「その通りだ。ノア、君はすぐにでもこのデータの精査と分析に取りかかり、法廷で有効な形にまとめてくれ。あらゆる角度から反論できない完璧な証拠資料を作成するんだ。エミリー、君はヴァルガスとその関係者の動向を徹底的に監視しろ。特に彼の私設部隊や、不正に関与した可能性のある企業の動きに警戒を怠るな。ミリアム、君はヴァルガス周辺の人々の『音』を注意深く聞き続けてほしい。彼の焦りや、新たな動きがあれば、すぐに察知できるはずだ。イヴァン、君は万が一の事態に備え、ヴァルガス側の反撃に備えていつでも動けるように準備をしておけ。彼の逮捕は、銀河の裏社会に大きな波紋を呼ぶだろう」
アラン局長は、矢継ぎ早に指示を出し、局長室の空気は一気に緊迫した。チームYは、それぞれの任務に取りかかろうと、部屋を後にした。
その矢先だった。
ノアがヴァルガスの不正データの分析に没頭していた時、彼の端末に緊急警報が鳴り響いた。それは、グランド・コスモス・ライナーに残っている特定旅客対応チームの担当者からの、切迫した通信だった。
「ノアさん!大変です!ヴァルガス氏の秘書、リン・リー氏が、誘拐されました!」
ノアは、その報告に息をのんだ。
「何だと!?状況を説明してください!」
「彼女がヴァルガス氏のオフィスからGRSIの保護下に移送される直前、何者かに襲撃され、連れ去られました。襲撃現場には、残された者がおらず、目撃証言も曖昧です。そして、これが……犯行声明です」
ディスプレイに、一枚の画像が投影された。リン・リーが拘束され、怯えた表情で写っている写真。そしてその下には、銀河共通語で書かれた脅迫状のメッセージが添えられていた。
『これ以上、ヴァルガスの過去を詮索するな。我々の警告を無視するならば、この女の命はない。これは、貴様らの『正義』への対価だ』
「くそっ!」
イヴァンが、脅迫状のメッセージを見て机を叩いた。
「リン・リーが誘拐された!?誰の仕業だ!シャドウ・キャッツか!?いや、あいつらの手口じゃない……」
ミリアムが、怯えたように画像を見つめた。
「リン・リーさんの『音』が……すごく震えてる。恐怖と絶望の『音』よ……。こんなこと、シャドウ・キャッツはしないはずなのに……」
その直後、GRSIの局長室から、ヴァルガス本人からの通信要請が入った。ヴァルガスは、画面越しに憔悴しきった表情を浮かべていた。
「アラン局長!聞いてくれ!私の秘書が誘拐された!GRSIの保護下に置かれているはずだったのに、一体どうなっているんだ!?」
ヴァルガスの声には、これまでの尊大さはなく、純粋な焦りと怒りが滲んでいた。
アラン局長は、冷静に返答した。
「ヴァルガスさん、我々も事態を把握している。現在、犯人の特定を急いでいる」
「犯人など、見当もつかない!だが、私は断じて関与していない!あんな連中、私の知る者の中にはいない!」
ヴァルガスは、自身の関与を強く否定した。
「私の指示で動くような者ではない!だが……まさか、シャドウ・キャッツの報復か!?私が奴らを刺激したとでもいうのか!?」
「シャドウ・キャッツは、通常、人質を取るような卑劣な手口は使わないはずです。彼らの目的は、情報を暴露することにあります」
カケルが、ヴァルガスを鋭い目で見つめた。
「ヴァルガスさん。あなたは、リン・リー氏が、何らかの理由でシャドウ・キャッツに協力していたことを知っていましたか?」
ヴァルガスの顔が、一瞬、凍りついた。
「……何を言っている。リンが、そんな馬鹿なことをするはずがない。しかし……最近、彼女の様子がどこかおかしいとは思っていたが……」
彼の動揺は明らかだった。
通信が切れると、アラン局長は重い口を開いた。
「ヴァルガス氏は否定しているが、彼の不正が明るみに出ることを恐れる関係者が動いた可能性は高い。彼の私設部隊か、あるいは彼と共謀していた銀河の裏社会の組織か。いずれにせよ、シャドウ・キャッツとは別の、新たな敵の出現だ」
「シャドウ・キャッツは、私たちに『鍵』を与え、真実を暴かせようとした。だが、その裏で、ヴァルガスの不正に直接関わっていた者たちが、真実の暴露を阻止しようと動き出した……」
カケルは、リン・リーが誘拐されたという事実に、大きな責任を感じていた。彼女は、もしかしたら真実をGRSIに伝えようとしていたのかもしれない。
「ノア、リン・リーが誘拐された現場周辺のセキュリティ記録を徹底的に洗い出せ。シャドウ・キャッツの痕跡以外の、あらゆる異常を探すんだ。エミリー、リン・リーの過去の交友関係や、ヴァルガスの私設部隊との接点をさらに深掘りしてくれ。イヴァン、脅迫状の差出元を特定できるか?使われている言語や暗号形式から、犯人グループの手がかりを探るんだ。ミリアム、リン・リーが最後に発した『音』、そして彼女の周囲の『音』を、もう一度注意深く再現してみてほしい。何か、犯人を示すヒントが残されているかもしれない」
カケルは、クリスタルの『鍵』を強く握りしめた。シャドウ・キャッツが示した「正義」への道筋は、決して平坦ではなかった。ヴァルガスの不正の根は、アークライトの地下よりもはるかに深く、銀河の闇の奥深くに張り巡らされている。この誘拐事件は、彼らが直面する『正義』の試練が、まだ始まったばかりであることを告げていた。