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13.正義のゲーム

 ドーム内の照明が落ち、闇に包まれたアークライトの地下空間で、シャドウ・キャッツが仕掛けた「正義のゲーム」が始まった。


 不規則な電子音が響き、ドームの壁や床から、次々と新たな障害物や光のグリッド、そして見えない罠が起動していく。


「ノア!ドーム内のシステム構造は解析できたか!?」


 カケルが叫んだ。彼の声は、起動したばかりの装置が発する機械音にかき消されそうになる。


「待ってくれ!メインシステムが非常に複雑で、侵入に時間がかかっている!だが……中央の『真実の秤』と、各所に配置されたホロディスプレイが連動しているようだ。各ディスプレイには、おそらく『試練』に関する情報が投影される!」


 ノアの声が、通信機越しに途切れ途切れに聞こえてくる。


「くそっ、見えねえ!」


 イヴァンが周囲を叩くが、闇に溶け込んだシャドウ・キャッツの姿は捉えられない。壁面から飛び出した金属製のポールが彼の行く手を塞ぎ、通路を封鎖しようとする。


「物理的な障害物だけじゃないわ!」


 エミリーが警告した。彼女のグローブのセンサーが、ドーム内を高速で移動する不可視のレーザーグリッドを感知している。


「光学迷彩と連動させて、レーザーを不規則に放射してる。触れたら感電か、あるいは……」


「これ、きっと『鍵』を手に入れるための『試練』なんだよ!アークライトの『音』が、私たちに何かを教えてくれようとしてる!」


 ミリアムが目を閉じ、自身の空間認識能力を最大限に集中させる。彼女の耳には、レーザーの微細な振動音、構造物が動く音、そしてシャドウ・キャッツのメンバーが空間を移動するかすかな「音」が、まるで立体音響のように聞こえていた。


「ノア、各試練の情報を最優先で解析しろ!エミリー、レーザーグリッドのパターンを予測できるか?イヴァン、ミリアムの指示に従って、先に進むぞ!シャドウ・キャッツは、俺たちを観察している。彼らの狙いは、俺たちに『ヴァルガスの真実』を見させることだ。このゲームをクリアするしかない!」


 カケルはそう指示すると、ミリアムの手を取り、起動したばかりの障害物を避けるように走り出した。



『第1の試練:データ迷宮』


 最初に彼らが到達したのは、ドームの一角に設置された、巨大なホログラフィック・スクリーンがいくつも立ち並ぶ空間だった。スクリーンには、無限に続くかのような数字の羅列、複雑なコード、そして画像が高速でスクロールしている。


「ようこそ、データ迷宮へ。ここでは、ヴァルガスの不正な金融取引の全貌が隠されている。貴方たちのハッキング能力が試される」


 シャドウ・キャッツのリーダーの声が響いた。


「これ、全部ヴァルガスの不正取引のデータか!?膨大すぎるだろ!」


 イヴァンが驚愕の声を上げた。彼の目には、ただ意味不明な記号が洪水のように流れているようにしか見えない。


「ノア、これが『真実の欠片』の一つか?ハッキングして、ヴァルガスの不正の証拠を抜き取れ!」


 カケルが指示した。


「ハッキングするまでもない。このデータは……全て偽装されている。ヴァルガスが過去に行ったとされる不正な資金洗浄の記録だが、どれも巧妙に改ざんされ、特定できないようにされている」


 ノアの声に、苛立ちが混じる。


「しかし、この偽装されたデータの中に、シャドウ・キャッツが仕込んだであろう『真のデータ』が隠されているはずだ。これは、偽装を解除するためのアルゴリズムを見つけ出すゲームだ!」


 ノアは、ホログラフィック・スクリーンを凝視し、自身の端末と同期させる。膨大な偽装データの中から、わずかな「ずれ」や「不自然さ」を探し出す。それは、一見すると完全にランダムに見える数字の羅列の中に隠された、極めて複雑な数学的パズルだった。彼の指が、高速でキーボードを叩き、思考は一秒間に何万もの可能性をシミュレートしていく。


「こんなもん、素人が見てもわかんねえ!ノア、できるのか!?」


 イヴァンが焦れたように言った。


「できる。シャドウ・キャッツの思考パターンを読めば、必ず突破口がある。彼らは、完璧なハッキングではなく、『真実を求める者』だけがたどり着ける道筋を残しているはずだ」


 ノアの額に、わずかに汗が滲む。彼の集中力は極限に達していた。


 数分が経過した頃、ノアの顔にわずかな笑みが浮かんだ。


「見つけた!この特定の数列の組み合わせが、偽装を解除する鍵だ!彼らは、ヴァルガスの最も初期の、そして最も隠蔽された違法取引のコードを、パズルの答えとして隠していた。これは……完全に、ヴァルガスの悪事を暴くための誘導だ!」


 ノアがシステムにコードを入力すると、ホログラフィック・スクリーンが一瞬明滅し、偽装されたデータが霧散した。代わりに浮かび上がったのは、ヴァルガスが惑星ゼファで行った違法採掘によって得た資金の、詳細な取引履歴と、その資金がどのようにロンダリングされ、どの銀河の企業に流れたかを示すネットワーク図だった。それは、これまでGRSIでも掴みきれなかった、ヴァルガスの不正の核心を突く情報だった。


「これが、最初の『真実の欠片』だ」


 リーダー格の声が、静かに響いた。ドームの奥から、かすかな光が漏れ、次の通路の入り口が姿を現した。



『第2の試練:記憶の迷宮』


 ノアが獲得した「真実の欠片」を手に、カケルたちは新たな通路へと進んだ。次に彼らがたどり着いたのは、無数の部屋が不規則に配置された空間だった。それぞれの部屋は、透明な壁で仕切られ、内部にはヴァルガスに関する様々な物品がディスプレイされていた。豪華な調度品、過去の受賞トロフィー、そして彼の家族写真。


「ここは『記憶の迷宮』。ヴァルガスの人生を辿り、彼が隠蔽しようとした『罪の記憶』を見つけ出すゲームだ」シャドウ・キャッツの声が響いた。「貴方たちの洞察力が試される」


「ヴァルガスの記憶だと?こんなものを見て何が分かるんだ?」


 イヴァンが、戸惑ったように部屋の中を覗き込んだ。どの部屋も、ヴァルガスの輝かしい経歴を示すものばかりに見えた。


「これは、彼の表向きの人生と、その裏に隠された真実を探る試練よ」


 エミリーが冷静に分析した。彼女の目は、部屋の隅々まで注意深く観察していた。


「シャドウ・キャッツは、私たちがヴァルガスの『偽りの顔』を見破ることを求めている。どこかに、彼の『罪』を示すものが隠されているはずだわ」


「『音』が……とても複雑だよ。たくさんの『思い出』の音が混ざってる。でも、その中に、どこか『悲しい音』と『隠された音』がする部屋があるんだ」


 ミリアムが、目を閉じて部屋の配置図を指差した。


「ここ……この部屋の『音』が、なんか変だよ。他の部屋とは違う、重い『音』がするの」


 ミリアムの指差す部屋へと向かうと、そこはヴァルガスの子供時代の写真が飾られた、ごく普通の部屋に見えた。しかし、エミリーが壁の写真を手に取った瞬間、違和感を覚えた。写真立ての裏側に、わずかな汚れがあったのだ。


「これ……」


 エミリーが写真を裏返すと、そこには、小さく、しかし明確な数字が刻まれていた。


「製造番号か?いや、違う……これは、あるデータファイルのパスワードよ」


「よく見つけた。それは、ヴァルガスが子供時代に書いた、ある日記のファイルパスワードだ」


 シャドウ・キャッツの声が響いた。


「その日記には、彼の過去の過ち……そして、惑星ゼファでの不正採掘の真の動機が記されている」


 ノアが、即座にそのパスワードを自身の端末に入力する。すると、彼の端末に、暗号化されていたヴァルガスの古い日記のデータが展開された。そこに記されていたのは、成功への異常な執着、そして、若き日の彼が、いかにして惑星ゼファの先住民との間で不正な契約を結び、その土地を強奪していったかを生々しく綴った記録だった。


「この野郎……!」


 イヴァンが日記の内容を読み、怒りに震えた。


「これが、二つ目の『真実の欠片』だ。ヴァルガス自身の言葉で綴られた、彼自身の罪の告白」


 リーダー格の声が、静かに響いた。ドームの奥から、再びかすかな光が漏れ、次の通路の入り口が姿を現した。



『第3の試練:信念の衝突』


 二つの「真実の欠片」を手に、カケルたちは最後の通路へと足を踏み入れた。彼らがたどり着いたのは、中央に巨大なガラス製の祭壇のようなものが設置された、神聖な雰囲気を漂わせる空間だった。祭壇の上には、空っぽの台座がある。そこには、かつてヴェリディアン・エコーが置かれていたかのような形跡が見て取れた。


 そして、その祭壇の周囲には、これまでよりも多くのシャドウ・キャッツのメンバーが立ち並び、静かに彼らを見つめていた。その無言の圧力は、これまでの試練とは異なる、何らかの「選択」が迫られていることを示唆していた。


「最後の試練へようこそ。ここでは、貴方たちの『正義』が、どれほどの『信念』に支えられているのかが問われる」


 リーダー格の声が、ドーム全体に響き渡った。


「これまで貴方たちは、ヴァルガスの罪を暴くための『真実の欠片』を手に入れた。しかし、真の『鍵』は、貴方たちがその真実を、いかに『裁く』のかにかかっている」


「どういう意味だ?」


 カケルが問う。


「祭壇に立て。そして、貴方たちが考える『正義』に従い、ヴァルガスにどのような『裁き』を下すべきか、この『真実の秤』に示せ。貴方たちの選択が、この秤を起動させる最後の『鍵』となるだろう。もし、貴方たちの『正義』が、我々の期待に応えられないものならば……この真実は、永遠に闇に葬られる」


 その言葉と同時に、祭壇の周囲の床に、いくつかの選択肢を示すホログラフィックな文字が浮かび上がった。


A. GRSIの法に基づいて、ヴァルガスを逮捕し、公平な裁判にかける。


B. シャドウ・キャッツに協力し、ヴァルガスの罪を銀河中に暴露する。


C. ヴェリディアン・エコーを取り戻し、事件を内密に処理する。


「なんだこれ!選択肢だと!?」


 イヴァンが目を見開いた。


「俺たちの正義を試すってのか!?」


「これは、私たちに、GRSIの『法』とシャドウ・キャッツの『義』、そしてヴァルガス自身の『隠蔽』の、どの道を選ぶか問いかけているのよ」


 エミリーが冷静に分析した。


「彼らは、私たちにシャドウ・キャッツの理念に沿った行動を求めているのかもしれない。あるいは、GRSIの信念を貫くことができるか試しているのか」


 ミリアムが、祭壇に近づいた。


「この祭壇から、すごく強い『音』がする……。たくさんの人々の、期待と絶望の『音』だよ。この選択が、どれだけ重いことなのか、私たちに問いかけているわ…」


 カケルは、それぞれの選択肢をじっと見つめた。彼はGRSIのエージェントだ。法と秩序を守ることが彼らの任務であり、それが彼らの「正義」の根幹にある。しかし、ヴァルガスの不正は法の目を掻い潜り、多くの人々を苦しめてきた。シャドウ・キャッツの「痛み」を伴う「正義」にも、一理あることも理解していた。


 そして、リン・リーの件だ。彼女がシャドウ・キャッツに協力した理由も、ヴァルガスの不正に嫌気がさしたからだとエミリーは予測していた。もし彼らがシャドウ・キャッツの「暴露」という道を選べば、彼女は守られるかもしれない。だが、それはGRSIの、法の道を外れることになる。


「私たちはGRSIだ。我々の任務は、法の裁きを受けさせることだ」


 カケルは、祭壇に一歩近づき、はっきりと宣言した。


「シャドウ・キャッツの『義』は理解する。しかし、私たちは、秩序の中で真実を追求し、法に則って悪を裁く。それが、私たちが信じる『正義』だ。たとえ時間がかかっても、困難であっても、私たちはその道を貫く」


 カケルは迷わず、“A. GRSIの法に基づいて、ヴァルガスを逮捕し、公平な裁判にかける。”という選択肢に手をかざした。彼の指がホログラフィックな文字に触れた瞬間、祭壇全体が光り輝き、中央の『真実の秤』がゆっくりと起動を開始した。


 シャドウ・キャッツのリーダーの声が響いた。


「ほう……。貴方たちは、その道を選ぶか。愚か、あるいは勇敢。だが、それもまた一つの『正義』の形だ」


「それが、我々の答えだ!」


 カケルは、シャドウ・キャッツのリーダーの声がする方向へ、まっすぐ視線を向けた。


『真実の秤』が完全に起動すると、その中央から、まばゆい光を放つ小さなクリスタルが浮かび上がってきた。それは、まさに「鍵」と呼ぶにふさわしい、透明で純粋な輝きを放っていた。


「これが、貴方たちが求めた『鍵』。この『鍵』は、ヴァルガスに関する全ての真実のデータ、そして彼が隠蔽した証拠へのアクセス権を与える。これを使えば、貴方たちはヴァルガスを法廷に引きずり出すことができるだろう」


 シャドウ・キャッツのリーダーの声が、どこか満足げに響いた。


「だが、覚えておけ。この『鍵』を手に入れたからといって、ヴァルガスを裁く道は平坦ではない。彼の根は深く、銀河の闇に深く張り巡らされている。これは、貴方たちの本当の『正義』が試される、始まりに過ぎない」


 そして、シャドウ・キャッツのメンバーたちは、ゆっくりと、しかし確実に闇の中に溶け込んでいった。彼らの姿は、まるで最初から存在しなかったかのように、静かに消え去った。


「くそっ、逃がすかよ!」


 イヴァンが叫んだが、もう彼らの姿はどこにもない。


 カケルは、宙に浮かぶクリスタルの『鍵』を手に取った。その輝きは、確かにヴァルガスの不正を暴く力を秘めている。しかし、シャドウ・キャッツの言葉が、彼の心に重く響いていた。彼らの「正義」は、果たして本当にヴァルガスを裁き、銀河に真の平和をもたらすことができるのか?


 このアークライトでの邂逅は、チームYにとって、単なる事件の解明に留まらない、彼ら自身の信念を問われる旅の、新たな幕開けを告げていた。彼らは、手にした『鍵』を使い、ヴァルガスの根深い闇へと、足を踏み入れることになるだろう。

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