表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/16

11.影との邂逅

 アークライトの地下深くへと続く通路は、まるで巨大な生物の食道のように、錆びた金属とむき出しの岩盤が不規則に連なっていた。カケルたちが足を踏み入れるたび、水滴が落ちる音が響き、その音は奇妙な残響となって闇の中に吸い込まれていく。ミリアムが感じ取った「悲しい音」は、この地下空間で一層色濃くなり、彼女の心を締め付けた。


「この先、磁場の乱れがひどい。センサーの精度が落ちる可能性が高い」


 ノアの声が、通信機越しに警告した。彼はシャトルのコンソールから、チームの進行をサポートし続けている。


「了解。視覚と聴覚に頼るしかないな」


 カケルはそう言うと、自身のレーザーポインターを前方の闇に向けた。一筋の光が、錆びついたレールの上を照らし出す。


 イヴァンは先行し、懐中電灯で周囲を照らしながら、通路の隅々まで警戒していた。


「おい、ここ、妙に空気が澄んでるぞ。廃墟にしちゃおかしいだろ。まるで、つい最近まで誰かが使ってたみてぇだ」


 彼の鋭い五感が、不自然な空気の流れを捉えていた。


 ミリアムが突然立ち止まり、ハッと息をのんだ。


「止まって、みんな!この『音』……すごく、はっきり聞こえる!誰かが、すぐそこにいるよ!」


 彼女の目は、闇の奥の一点をじっと見つめていた。その「音」は、かつてないほど近く、明確だった。彼女の空間認識は、目の前の空間が、まるで存在しないかのように「静か」な部分があることを示していた。


 その瞬間、闇の中から、数本の光の筋が音もなく滑り出した。レーザーライフルの照準か、あるいは高出力センサーの光か。それらは一瞬にしてチームYを取り囲むように、彼らの足元や壁をなぞった。殺意を伴わない、しかし圧倒的な精度を持つ動き。


「何だ!?」


 イヴァンが叫び、臨戦態勢を取る。彼の拳が高振動ナイフの柄を握りしめた。


「落ち着いて。これは、警告よ。彼らは、私たちを排除しようとしているわけじゃない」


 エミリーが冷静な声で言った。彼女のスナイパーライフルは、すでに構えられていたが、トリガーに指はかかっていない。彼女の目は、光の筋の動きから、相手の意図を正確に読み取っていた。


 光の筋が交錯する中心に、ゆっくりと、しかし確実に「何か」が顕現し始めた。それは、空気の揺らぎが収束していくような、あるいは空間の歪みが元に戻るような、奇妙な現象だった。そして、そこには、漆黒のスーツに身を包んだ、複数人の影が立っていた。


 彼らのスーツは、周囲の闇と同化し、その輪郭は曖昧で、性別も種族も判別できない。顔はフードとバイザーで完全に隠され、その表情を伺い知ることはできない。彼らこそ、銀河の裏社会で伝説とされてきた謎の義賊集団――シャドウ・キャッツだった。


「ようこそ、GRSIのエージェント諸君」


 静寂を破ったのは、そのうちの一人、おそらくリーダー格と思しき人物の声だった。声質は加工されており、性別も年齢も判別できない。だが、その声には、冷徹な知性と、どこか見下すような響きが混じっていた。


「まさか、貴方たちが本当にいたとはな」


 カケルが、一歩前へ出た。彼の冷静沈着な声が、張り詰めた空間に響く。


「そして、我々の動向を予測し、ここで待ち伏せていた……。やはり、ヴェリディアン・エコーを盗んだのは貴方たちだな。目的は何だ?ヴァルガスの不正を暴くためか?」


「我々の目的など、貴方たちGRSIには理解できないだろう」


 別のシャドウ・キャッツのメンバーが答えた。その声もまた加工されており、感情が読み取れない。


「我々は、貴方たちが『法』という名の鎖に縛られ、見過ごしてきた真実を、ただ世に晒しているに過ぎない。ヴァルガスの『ヴェリディアン・エコー』もまた、その一つ。あの宝石は、無数の血と涙の上に築かれたものだ。その輝きは、罪の証だ」


 イヴァンが怒りを露わにした。


「じゃあ、なんでGRSIに任せねぇんだ!俺たちだって、不正を暴くために動いてる!法がなんだ、倫理がなんだ、結局は人を守るためにあるもんだろが!てめぇらのやり方は、ただの無法者じゃねえか!」


 彼の言葉には、シャドウ・キャッツの行動原理への不満と、GRSIの正義への誇りが混じっていた。


「貴方たちGRSIは、確かに『法』と『秩序』を守る。だが、その『法』が、時として巨悪の盾となることもあるだろう?我々は、その『法』の及ばない領域で、必要な『清算』を行っているに過ぎない」


 リーダー格のシャドウ・キャッツが、冷然と言い放った。


「貴方たちには、私たちが行う『痛み』を伴う『正義』は理解できない。貴方たちは、常に『手遅れ』になってからしか動かない」


「そんなことはない!我々GRSIは、真実を求めている。貴方たちが隠している情報があるのなら、全て開示してほしい!」


 カケルが、強い口調で反論した。


「我々は、リン・リーの情報も掴んでいる。貴方たちが彼女に協力させているのなら、それは証拠隠滅、あるいは誘拐とみなされるぞ」


 シャドウ・キャッツのリーダーは、一瞬の沈黙の後、かすかに首を傾げるような仕草を見せた。


「リン・リー……。彼女は、自らの意思で、我々に真実を求めてきた者だ。彼女が貴方たちに話した『矛盾』もまた、彼女自身の選択。我々は、彼女の『意志』を尊重しているに過ぎない。だが、その情報は、貴方たちにはまだ、扱いきれないだろう」


「扱いきれない?私たちは、どんな真実にも向き合う」


 エミリーが、冷静に、しかし鋭く言った。


「貴方たちの『正義』は、私たちGRSIの『正義』とは異なるのかもしれない。しかし、最終的な目的が、銀河の平和と正義の実現であるのなら、協力できないはずはない」


「協力……か」


 シャドウ・キャッツのリーダーが、ゆっくりと首を横に振った。


「それは、まだ早い。貴方たちには、まず、ヴァルガスの根深い闇を自らの目で見て、認識してもらう必要がある。我々が、なぜこのような手段を取るのか、その意味を理解してもらうために」


 その言葉と同時に、地下空間の奥から、低く重い機械音が響き始めた。そして、足元がわずかに振動する。


「この音は……何かのシステムが起動している?」


 ノアの声が通信機越しに聞こえた。


「解析を開始する。電力供給が不安定だが、大規模なデータストレージが起動したようだ!」


「何を企んでいる?」


 カケルが、警戒を強めた。


「ヴァルガスの真の顔を、貴方たちに教えるだけだ」


 シャドウ・キャッツのリーダーはそう言うと、周囲の影たちが一斉に動き出した。彼らは、チームYを取り囲むように散開し、次の瞬間、再び光学迷彩を起動させ、闇の中へと消え去った。


「くそっ、消えやがった!」


 イヴァンが周囲を叩くが、何も捉えられない。


 ミリアムが、消え去った影たちの残した「音」を拾い上げた。


「彼らの『音』が、奥へと向かってる!早く、追いかけないと!」


 カケルは、シャドウ・キャッツが残したメッセージの意味を瞬時に読み取った。彼らは、この『アークライト』の奥に、ヴァルガスの不正の決定的な証拠、あるいは、彼らがヴェリディアン・エコーを盗んだ真の理由を示す何かを隠している。そして、それをGRSIに「発見」させることで、自分たちの「正義」の真意を理解させようとしているのだ。


「追うぞ!シャドウ・キャッツが示した道筋の先に、この事件の全ての真実が隠されているはずだ!」


 カケルはそう叫び、闇の奥へと走り出した。彼の後を追うチームYの面々。彼らの目の前には、シャドウ・キャッツが仕掛けた、謎に満ちた「ゲーム」が始まろうとしていた。それは、単なる追跡劇ではない。二つの異なる「正義」が交錯し、激突する、運命の対決の序章だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ