あらためましてご令嬢
家へ戻ると、賢き本達が下半身を限界まで伸ばして出迎えてくれた。
「どうであったか?」アルトスが叫んだ。
「無事に、受かりました!」
「そうであったか。いやぁ、めでたい!」
「それで、成績の方はどうであった?」
「実技は歴代で一番だそうだ」
嬉しそうにスイが答えた。
「転入試験のなかでは、だけどね。それに筆記の方はギリッギリだったよ。」
はにかみながらミツキも答えた。
「十分すぎる結果だよ。もっと誇っていいと思うよ?」
ショウも笑っていた。
その日の夜は、二人はミツキへのお祝いとしてご馳走をたくさん作ってくれた。ハドロスのステーキに伯爵イモのミルフィーユ、金麦のバケットにサンマトのミネストローネなどなど。勉強した今なら、ずらりと並んだこれらの料理がどれほど凄いのかが理解できた。
ホグノルド(世界魔獣大全の著者)が興奮して騒ごうとするのを(水を差すんじゃないよ!と)他の本に止められていた。
夕食を食べ終えた後もお祝いムードが冷めず、なかなか休む気にはなれなかったが、「明日は忙しくなるからね、もうそろそろ休もうか?」とショウに諭されてミツキは寝床に着いた。
ベッドに入ってもどうせ寝られやしないと思うほどに、ミツキの心は高ぶっていた。いよいよ、もう少しでカルメンでの生活が始まる。不安と期待に胸を膨らませて彼は何度も寝返りを打ったが、それも10分と持たずに眠ってしまった。
次の日、身支度を済ませて自室から出ると、尺取り虫のように動くトランクがミツキの目の前を通り過ぎ、後から何枚もの書類が飛んできた。似たような光景を前にも見たので、ミツキはショウの仕業だと思った。そして、この推測は当たっていた。
「おはよう、よく眠れたかな?」
ロビーに入ると、這ってきたトランクに必要な荷物を飲み込ませながらショウが言った。
「ええ、そりゃもうぐっすりと」
「あっ、起きてきてたか。ちょうど今起こしに行こうとしてたところだ。」
ショウと一緒に準備をしているらしい、スイが言った。
「今日は私たち少し野暮用があってな。悪いが入学準備、手伝ってやれないんだ。」
「でも安心して。代わりに私たちより適任の人達にお願いしたから大丈夫。多分もうすぐ来るんじゃないかな?」
ミツキは少し面食らった。忙しくなると言っていたのは自分の準備を手伝ってくれるからなのだと勝手に思い込んでいたのだ。それに、こちらに来てからこの二人の凄い所は何度も見ていたミツキにとって、「この二人よりも適任な人って一体誰だろう?」という疑問が浮かぶのはある意味では当然だった。少し考えてみたけれど、全く見当が付かなかった。
しばらくすると、外の方が少し騒がしくなった。
「おっ、来たみたいだな」とスイが玄関へ向かった。
ミツキもショウと一緒に玄関へ向かい、外へ出て辺りを見回したが、見えるのは木々ばかりで誰かが来たようには思えなかった。
「あぁ、違う違う。上だ、上。」
スイに言われるままにミツキは空の方を見上げた。何かがこちらに向かって飛んでくる。真っ白な翼に力強い蹄、白銀の鬣をもった誰もが一度は憧れるあの生き物、あのペガサスが馬車を引いている!
「えっ!ええっ!?」
何度も瞬きしながらミツキが叫んだ。何度目を瞬いても見間違いではなかった。
「やっぱり天馬車は優雅だね。うちにも欲しいなぁ。」
「毎回言ってるけど、一体誰が世話するんだ?」
天馬車は家の前の広場に優雅に着地した。小さい頃に夢見た動物が目の前にいる。幻想的な光景にミツキは何も言えずに見惚れていた。が、それは馬車の扉が開くまでだった。
バタンと扉が勢いよく開き、パタパタと少女が馬車から降りてきた。
「あれ?君、試験の時の!」
ペガサスからようやく目を離し、ミツキが言った。
「名前、まだ言ってなかったよね?私は二メリア、よろしくね!あなたが試験無事に受かったって教えて貰ったんだ。準備とか手伝ってあげて欲しいってショウちゃんに頼まれたから、私うれしくって!ついでに学校のことも教えられるよ!何から知りたい?何でも聞いてね、知ってることなら全部話すから!あ、でもあなたのことも知りたいな。名前はなんていうの?」
「えっと、僕、ミツキっていいます。」
少し顔が赤くなっていた。
「ミツキくんだね、よろしく!」
二メリアがなにか言いかけたとき、彼女の後ろから声がした。彼女と同じ馬車に乗っていたらしい人物が降りてきて、二メリアをたしなめるように言った。
「お嬢様、お気持ちは分かりますが、まずはルミナー様とスイ様にご挨拶を。」
「あっ、たしかに。」二メリアが言った。
「いやいや、挨拶しなければならないのはこちらの方だよ。ありがとね、ニメリア、ユラリア。引き受けてくれて助かったよ。」
「いえいえ、ショウ様」とユラリアが顔を振った。
「こんなにご機嫌なお嬢様は久しぶりですので、こちらとしてもありがたい限りです。」
ニヤリとしながらユラリアがショウに耳打ちした。
「ショウ、そろそろ時間だ。それじゃあユラシアさん、悪いけど頼むわ。」
「お任せください。お二人ともどうかお気をつけて。」
ショウとスイは、それぞれが先ほどのトランクを持つと森の方へと歩いて行った。
気のせいかも知れないが、二人の表情がミツキには少し険しく見えた。
二人を見送ったあと、おもむろにユラシアが口を開いた。
「改めまして、ユラシア・ソーンでございます。以後、お見知り置きを。」
「三条 光希です。よろしくお願いします。」
「スイ様よりミツキ様の朝食を作るように申しつかっております。台所をお借りしますね。」
「そういえば、まだ食べてなかったっけ」ミツキが腹をさすった。
「じゃあ、ユラリアが作ってくれてる間にもう少しお話しない?」
「もちろんいいよ」声が上ずらないように意識しながらミツキが答えた。