激突と高揚
彼女の残機は一つ、対してミツキは三つ。このハンデも彼女との実力差ではあまり意味をなさないだろう。基礎的な魔術の他に習得したとっておきは全部で3つ。
こちらの手札がなくなる前に勝負を決めるしかない。
ー水球よ飛べ!ー
ミツキが最初に仕掛けた。
「初等魔術じゃん。もしかして、舐めてる?」
ー業火よ包めー
半歩下がって火球を躱わし、そのまま魔術を打ち返してきた。ミツキの使う術よりも何等も上の魔術、範囲、威力共に桁が違う。点ではなく面の攻撃だ。
ー身体強化ー
素早く唱え、ミツキは上へ飛び退いた。靴底を炎が掠めた。上でユータスがにやりと笑っているのが見えた。
「空中じゃ、躱せないでしょ?」
ー貫け稲妻!ー
ミツキが守るより速かった。凄まじい轟音と共に、魔術がミツキに命中した。
彼の代わりに、人形の胸に穴が空いた。これで残機は残り二つだ。
「これで終わりじゃないよね?」
冷たい声で少女が言った。
やはり、初等魔術が歯がたたない。そう、単体では。
「当然!」
ミツキが叫んだ。ここまでは、作戦通りだ。
ー水球よ飛べー
また同じ?と少女が言いかけた時、
ー火炎よ穿て!ー
ミツキが唱えた。素早く放たれた炎が矢のように素早く飛び、先に放っておいた水球にぶつかった。
急速に熱された水球が凄まじい速度で膨れ上がる、水蒸気爆発だ。
チュドーン!と爆音をたてて大爆発が起きた。
決まった、確かに命中したと、そう思った。だが、流石にこれは躱せまいという思考とは裏腹に、漂う白煙の中から笑い声がした。
彼女の身代わり人形は、傷一つついていなかった。
「すっごいね、君!私以外で上等魔術を使える子がいるなんて!」
こちらの手札の最大火力、これを、防ぐのか・・・!
「しかも最初の流れ、あれって罠でしょ?今の爆発で無傷の人間が、あの程度の攻撃を防げないなんてあり得ない!わざと避けきれなかったように演じて見せたんでしょう?私の油断を誘うためだけに!面白いよ、あなたとっても面白い!今の爆発はどうやって防いだのかな?結界術かな?もしかして反魔術が使えちゃったりするのかな!」
「私、あなたのこともっと知りたい!」
先ほどまでとはうってかわって、少女の目は輝き、声は弾んでいた。まるで、ケーキでも買って貰った子供みたいだ。自分が彼女の声に熱を帯びさせたのだ。ミツキの体がブルっと震えた。この感情は緊張?恐怖?それとも・・・
「今度は私からいくよ!あなたは何で防ぐ?」
ー氷雨よ薙ぎ払えー
膨大な弾幕による物量攻撃。躱すことは不可能だと思わせるほどの圧倒的な量だ。だが作戦が通じなかった今、先ほどと違って手札を隠しておく必要はもうない。とっておき、2つ目だ。
ー厭界・隔絶ー
用意しておいた護符を一枚、素早く取り出して唱えた。ミツキの体よりひとまわりほど大きな靄のような膜が目の前まで飛んできた弾幕を掻き消した。
「仙人、雲鶴の隔絶結界!すごい、私それ使えないのに!」
少女が興奮した声で言った。自分の技が防がれていることに彼女は心底ワクワクしているようだった。
ミツキにとって今の状況は、あまり良い状況だとは言えなかった。最初に組み立てた作戦である、残機を犠牲にした最大火力は防がれ、おそらくもう通用しない。彼女の魔術は厭界・隔絶で防げるが、高等術は魔力の消費量も桁違いだ。用意した護符にも限りがあるため、乱発はできない。何より、この魔術には弱点がある。
「遠距離系は通じないみたいだね。でも、無敵ってわけじゃないでしょ?これなら、どうかな!」
ー身体増強ー
地面に杖を突き刺し唱えると、彼女の身体能力が数段階上昇した。地面を強く蹴り、一気に距離を詰めてくる。
そう、厭界・隔絶で防げるのは魔力を介した攻撃のみ、物理技には意味がない。
「やっぱり、詰めてくるか」
素の力では、さすがにミツキに軍配が上がるが、バフの効果はむこうの方が一段階上。近距離戦に持ち込まれてしまえば、発動までに時間のかかる魔術だけでは火力差で押し負ける。対抗できる近接技を持たない彼に残された手はこれしかない。最後のとっておきだ。
「これで最後だ!」
思いっ切り熱を込めてミツキが叫んだ。
「いいよ、みせてごらん!」
ー雷槍・コミディスー
少女が杖に手をかざすと彼女の杖先が激しく光った。バチバチと音を立てる杖を槍のように握り、ギラギラと目を輝かせこちらに突っ込んでくる。
「まだだ、ギリギリまで引きつけないと。もう少し、あと少し・・・!」
自分に言い聞かせるようにミツキが呟く。
攻撃をくらう寸前のところで懐から黒紅色の、一束の縄を取り出した。今だ!
ー汝の旅路を我が道にー
彼女の杖に走る電流がミツキの体に当たると同時に、彼の手に握られた縄が少女の手首に巻き付いた。
次の瞬間、二体の人形の腹部に穴が開いた。
一つはミツキ、もう片方は・・・
「ここにきて呪術かぁ、ふふっ、やられた!」
「勝負あったね」校長が穏やかに言った。
「サンジョウ ミツキ実技試験合格とする」
「すごかったね、お疲れ様!」
パタパタと少女が走ってきた。最初の時とは纏っている空気がまるで別物だ。
「最初とは随分雰囲気違うんだね」少し戸惑いながらミツキが尋ねた。
「え?あぁ、受験者に対して多少圧をかけるように先生から言われていたからね。昔のショウちゃんのマネをしてみたんだよ。結構様になってたと思うんだけど、どうだった?」
あの冷徹な態度がショウのマネなのかと思うと少し可笑しくて、ミツキはクスっと笑った。
「まぁ、最後まで持たなかったけどねー。それに、楽しみにしてたのは本当だよ?久しぶりにワクワクしたよー!負けるなんて久しぶり!」
「初見殺しもいいとこだったけどね。使えるものがたまたまうまく噛み合っただけだし。」
気恥ずかしそうに頬を掻きながらミツキが言った。
「私、あなたが転入してくるの楽しみにしてるから!絶対受かってね!」
ミツキの手を取り、微笑みながら少女が言った。落ち着いていた心音がまた速くなった気がした。
その後、降りてきたショウとスイに褒められながらミツキは筆記試験へと向かった。会場へと向かう途中で、最初の方の少女の態度がショウのマネだったらしいことを二人に話すとスイが大笑いした。
「そうそう、言われてみればあの口調はショウのマネだ。確かに以前のショウによく似てた。」
笑いすぎて出た涙をぬぐいながらスイが言った。
「出会った頃のこいつは・・・」と何か言いかけたスイをショウが軽く小突いた。
肝心の試験は、賢き本達の授業のおかげで、なんとか答案を埋めることができた。
そうして、彼の試験は全て終わった。