いざ、転入試験
一週間はあっという間に過ぎ去った。今まで創作の中でしかあり得なかった術を、実際に、自分が使えるようになる。それだけでどんな勉強もミツキにとっては苦ではなかった。なにより賢き本達の教え方はとても上手だったし、何より面白かった。
ミツキはショウ達が用意した分厚い本に記されている基礎的な内容はすべてマスターした。その後、少しでも試験で有利になるようにショウやスイ、本達と話し合い、少し複雑な魔術も教えて貰った。
試験当日の朝、朝食を食べ終え、デザートの夕柑を剥いて、ミツキは口に運ぶ。ピリピリとした気分が少し落ち着いてきた。
「いよいよだなぁ、気分はどうだ?」アルトスが話しかけてきた。
「悪くないよ。大丈夫。」口をもごつかせ、ミツキが答えた。
「それは何より。今のお前さんならカルメンだろうと楽勝だろうさ。さっさと受かって、儂らに続きを教えさせてくれよぉ?」アルトスがニッと笑った。
「試験に必要になりそうな物は一通りここに詰めておいたぞ」とスイ。
「準備はいいかな?」とショウ。
「もちろん、いつでも大丈夫!」ミツキが答えた。
試験会場であるカルメン魔導学院は、ミツキ達のいた森を抜け、川を渡り、谷を越えたところに建っていた。門をくぐると、目が回るような、広大な敷地の中に巨大な建物がいくつも並んでいた。建築様式はバラバラで、統一感はまるでない。何に使うのか想像もつかない物もあった。
「試験会場って、どれ・・・?」呆然としながらミツキはつぶやいた。
「たしかに、だだっ広いよなぁー。ええと、まずは実技だからーこっちだな。」
今朝届いたらしい通知書を眺めながらスイが言った。
しばらく歩くと、大きな建物の前についた。広さ的には直径30から40メートルくらいの円形の建物、コロシアムのようなものだろうか。中に入るとピリピリとした緊張感が漂っていた。
「やっぱり、今回は戦闘か」スイが顔をしかめた。
「連中の考えそうなことでしょ?大丈夫。すでに対策済みだから。」ショウがくすくすと笑った。
連中とは一体誰のことを言っているのか疑問に思い、ミツキは二人に聞こうとしたが、その必要はなかった。
一人の男がコロシアムに入ってきた。白髪の交じった黒髪で、高級そうなつやつやとした衣服を身にまとい、年齢は30後半くらいに見えた。
「入学式から一月足らずの今時分に編入試験を受けようなどと言っているのはコイツか?聞けば、どの学校の入学試験も受けていないそうじゃないか。何かわけでもあるのか?一体どういうわけだ、んん?」
不遜な態度で喋るその男は、侮蔑の混じった視線でミツキを睨んでいる。このような視線はこちらの世界に来てから初めてだった。この人がショウ達のいう連中の一人である事は間違いなさそうだ。
「資質があれば受け入れる。それが、この学校の流儀だ。」
全く気がつかなかった。これほどの存在感を放つ人間を目の前にして!
「ここで学びたいという者がいるなら、私たちはその資格があるかどうかを検める。彼らの事情や出自は些末なことさ。違うかい?ユータス。」
ニコニコと笑ってはいるが、その表情はまるで仮面のようだ。すこし不気味だとミツキは思った。
「校長・・・貴方のような方が、どうしてこんな所に・・?」
「公正公明な試験を執り行えるようにと、ある者から頼まれてね。彼が学校に入るのを良く思わない者がいる。最悪の場合、悪辣な試験で受験者が死傷するかもしれないとね。」
ユータスがショウを睨み付けたのを、ミツキは見逃さなかった。
「なんと、私の用意した試験がそのように思われてしまっていたとは!残念でなりません。だたし、これだけは言っておきますが、神聖な試験の場において受験者を害するつもりなど毛頭なく。あくまでも資質を見るために用意したまでのこと・・・」
毅然とした態度でユータスが言い放った。
「確かに、術の使い方、咄嗟の機転、応用力に判断力。これらを一度に見ることができるから、試験内容を対人戦にすることに関しては私も異論はないよ。ミツキの相手がちゃんと、試験にふさわしい人物ならね。」
再びルータスがショウを睨んだ。
「ほう?ルミナー氏は私の人選に不安があるとおっしゃいたいのかな?」
青い目をランランと光らせてルータスが睨む。
「貴殿にはもう少しわかりやすく話した方が良いのかも知れないね。」
幼子に言葉を教えるような口調でショウが言った。ここまで攻撃的なショウをこれまでミツキは見たことがなかった。
「二人とも、すこし落ち着きなよ。」校長と呼ばれていた人が静かに言った。
「ルータスの人選には何の問題もなかったよ。君は彼のことになると柄にもなく感情的になるね。」
ユータスがニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
「ただ確かに、安全面に関する配慮が著しく抜けていたからね。私がわざわざ出てきたわけだよ。」
校長の言葉にショウはまた(わざと)くすくすと笑い、ユータスは舌打ちした。
「そろそろ始めようか。待たせたね、入っておいで。」
校長に呼ばれて少女が駆け足で入ってきた。