賢き本達
家に戻ると、ショウは残りの本にも魔法をかけた。次々と本が開き、中から様々な人が飛び出した。
服装や風貌はみんなてんでバラバラだったが、それぞれの人物が偉大なオーラを放っていた。
ショウとミツキがこの本達と話している間にスイが昼食を作って持ってきてくれた。横に切ったバケットに葉野菜や、厚めにカットされた肉がサンドされ、テラテラと輝いていた。
「へぇ、今日はいつにも増して豪華だね。」
「まぁ、お祝いだからな!今日はハドロスの肉をつかったんだ。」
「ほう、ハドロス!なかなか分かってるじゃあないか。」
突然、「世界魔獣大全」から飛び出している老人が目を輝かせて言った。
「ハドロスって?」料理を受け取りながらミツキは尋ねた。
「ハドロス、正式名ハドロスドラゴン。ドラゴン種は肉食が多いが、こいつは森に住み、植物を食らう。堅い皮膚で身を守るが、代わりに動きが遅い。まあ、何が言いたいかというと、とにかく美味い!なんともうらやましい限りだ。」
興奮しながらその老人は話していた。
ドラゴンと聞いて、最初ミツキは少しためらった。なんせ彼は蛇の肉だって食べたことがない。誰だって、食べたことのないものを口に入れるのは躊躇する。けれど、ミツキにとっては今更過ぎる話だった。
彼の熱弁と料理の香りに後押しされて、思いきりかじりついた。香ばしく焼き上げられたバンズに瑞々しい野菜、ドラゴンの肉は柔らかく、口に入れると旨味のかたまりへと変わった。ミツキは一言も喋らず夢中で食べた。本当に美味いものの前では言葉は必要ないらしい。
この世界には魔法だけでなく、ドラゴンのような魔獣までいるらしい。
「気に入ってくれたみたいで何よりだ」
一番に平らげたミツキを見て、スイが笑った。
昼食を三人が食べ終わった途端、待ってましたと言わんばかりに本達が集まってきた。誰が何をどう教えるかで揉めている最中らしい。
「よかったね、大人気だ。」昼食の後片付けを終えたショウが言った。
「本に拒絶される奴もいるからなぁ、その点、お前は選び放題って訳だ。」
ミツキの肩を叩きながらスイが言った。
「まあ一週間しかないからね。どこを詰めるのかは、とりあえず基礎を固めてからじゃないと。」
ショウの言葉に、言い争っていた本達は一斉に反応した。
「なに?一週間!」
「それじゃあ、こいつに伝授できる術は、ごく僅か・・・」
「そいつに魔力を教えたのは儂じゃ!絶対に儂が教える!」
「大体一週間とはなんだ!最後まで教えることができないではないか!」
あちらこちらから大声が上がった。
「アチャー、やっぱりこうなるかー」とスイが額をパチンと叩いた。
「本と言うのは人に物事を伝えるためだけに存在しているといっても良い。著者の強い想いが込められた賢き本達はそれが顕著だ。他者に物事教えること、それだけが、彼らにとってすべてなんだ。」
ひそひそ声でショウが説明してくれた。
「聞いてくれるかな」
前にも聞いた、内側から響くようなショウの声で、本達が黙った。
「彼は、外の世界から来たんだ。だから、私たちの目的はカルメンに入学することだ。そのためには知っての通り、時間をかけすぎるのは得策じゃない。魔法習得にはカルメン入学が最低条件なんだよ。」
目的という言葉に賢き本達は強く反応したように見えた。
「だいたい、ミツキは素人だぞ?皆伝までに何年かかると思ってんだ。」
あきれながらスイが笑った。
「なるほどなぁ、確かにその通り」アルトスがつぶやいた。
「読者の求める者を語らずして、どうして我ら存在できようか。」
賢き本達の内の一人も思慮深そうに頷いた。
「どうだろう、皆々様!ここは一つ、協力しようではないか。こやつが受からねば儂らの存在する意味が失われてしまう。」周りの本を見回しながらアルトスが叫んだ。
「その代わり、これは本ではなく、著者としての頼みだ。合格した暁には我らの術も最後まで習得していただきたい!」
「儂らの術をすべて学んでくれた者は、長い歴史でも数えるほど・・・」
「せっかくの高等魔術も使われなければ何の意味もないのだ!」
「当然、資質がなければ習得は無理。でも、貴方にはそれがある!」
「もちろん、すべて役に立つ物ばかりじゃ。なにとぞお願いしたい!」
賢き本達が口々に叫んだ。彼らの熱量に気圧される形でミツキは頷いた。
「毎度のことながら、騒がしいやつらだよな」
「そういわないで、腕は最高なんだから。」
この世界には、いわゆるオーソドックスな家畜はいません。そのため、料理に使われる肉は空想動物や魔獣の肉です。野生の物を狩ったり、家畜化したりして肉を確保しています。こちらの世界でも食へのこだわりが強いのかバリエーション豊かな食材がそろっているので、その辺もなるべく書いていきたいです。