偉大なる魔女
カルメン魔導学院は魔法や魔術、道術に呪術などなど、魔導と呼ばれる「不思議」な技を学ぶことができる最高峰の学校の一つだ。
「学校の求める水準に達していればいかなる問題も不問とする」という理念の元運営されている。そのため、「学年の人数はその年によってバラバラ。」とスイが言っていた。
学校へ入学するためには、学校に自分の能力が優れていると示す必要がある。そう、皆さんご存じの入学試験だ。
「今の時期はもう学期が始まってしまっているからね、ミツキ君が受けるのは正確に言うと転入試験かな。当然ながら、入学試験よりもさらに難易度が高いよ?」。
指揮者棒のようなものを振りながらショウが言った。
「時間がたつほど不利になるからね。早いに超したことはないよ。」
ほんの一瞬、ショウの顔が曇ったように見えた。
「タイムリミットは一週間。一週間で君に基礎をたたき込む!目指せ、合格!」
しばらくすると、何冊もの分厚い本が鳥のようにバサバサと音を立てて、開いたままのドアから入っていた。そして、部屋にあった机までたどり着くと、パタンと本が閉じて順番に綺麗にならんだ。ミツキは再び、目を丸くした。
「試験は筆記と実技の二つなんだが、特に厄介なのが実技。なんせ、その時々に応じて試験内容が変わっちまうからな。」
「ちょっと待ってよ、僕が受けるところって最高峰の学校なんでしょ?一週間はいくらなんでも短すぎるんじゃ?・・・まだ一つも魔法使えないよ。」
おずおずとミツキは二人に尋ねた。
「いきなり魔法は無理だ。なんせ魔導の中でも最難関の分野の一つだからな。魔法をやるのはずいぶん先だと思うぞ?ミツキが編入するのは第一学年、筆記も実技も基礎的なもので十分対応可能だ。」
基礎的な内容とはいっても、こんなに分厚い本を何冊も、一週間で?いぶかしげな目でミツキはジッとスイの顔を見た。スイはそれに気づくと、笑いながらミツキの肩をポンポン叩いた。
「そんな顔すんなって、大丈夫。なにもこれ全部をやろうって訳じゃない。それに、こっちには最短効率で習得するための秘策があるんだ。なんせ、こっちにはショウ先生がついてる」
誇らしげにスイは言った。
「ここで一つ、クイズだ。そもそも、異世界出身のお前が何不自由なく私らと会話できてるのは、ナゼだと思う?」
自然すぎて気がつかなかった。言われてみれば当たり前だ。国はおろか世界が違うんだ。言葉が通じないのが当たり前じゃないか!
「あらゆる種族との対話、それを可能にした偉大なる魔女こそ、何を隠そう、こちらのショウ先生って訳さ」
両手を差し出してショウの方に向けると、ショウは頬を染めて気恥ずかしそうに頬を掻いた。
「実は私、精神系統魔法の使い手なんだ。ちょっと思うところがあってね。生き物の発する音に意味が込められていたら翻訳できる方法を開発したんだ。けっこう苦労したんだよ?」
感動とはこういう感情を言うのだろう、とミツキは思った。誰もが何の障壁なく他者と話すことができる世界をショウは作り上げてしまったというのだ。まさしく、魔法だ。
「話したいのはそこじゃなくて!」
いたたまれなくなったのか、ショウが話を戻した。
「私の魔法を使えば、一時的にだけど、こんなこともできるんだ。」
ショウが机に並んだ本の一つを手に取った。「大魔術―日常用から実戦まで」と書かれている。ショウは先ほどのものより更に細い棒に持ち帰ると、なにかを描くように本に向かって棒を振った。パーッと本が淡く光った。
「あぁ、何十年ぶりだぁ?」しわがれた低い声が本の中から聞こえた。
「何十年も経ってないよ。」ムッとした表情で、ショウがピシッと棒で本を叩いた。
バラバラと音を立てて本が開き、中から老人が現れた。灰色のひげを蓄え、髪には何本か白髪が混じっている。上半身しかなく、下半身はもや状で、本とつながっていた。
この手のヤツってランプから出てくるもんじゃないのか、とミツキは思った。
「乱暴に扱うな、この儂を。」不服そうにショウを睨んだ。
「それで?今回仕込むのはどいつだ?あぁ、そこの真ん中にいる奴か。なるほど、こりゃまた、面白そうな素材だなぁ」
ミツキをじろじろと見ながら、ニヤリと笑った。
「まず最初にやらんといかんのは、魔力の知覚、放出だな。色が見えんことにはお前さんに何があっとるかも、何を教えるべきかも、分からんからなぁ。」
ウンウンとうなずきながら長いひげの生えた顎を触っている。
「なあに、難しいことはねぇまずやってみろ。なぁに、このアルトスにかかりゃあ、あっという間よ。」