少しずつ戻る
商会の建物に入ると、周囲からの目線が突き刺さる。それもそうだ。服には穴が空いているし、そこから血が流れた跡がスカートまで垂れているし、吐血の跡とか諸々あって、一目でヤバい人ってなるから。でも、すぐに駆け寄ってくる人影が二つ。アリサとジルさんだ。
「ヒナ!?」
アリサは私の胸を見て目を大きく開いていた。ジルさんも同じだ。なので、二人と一緒に後ろにいる人達も安心させるように両手を軽く振りながら答える
「大丈夫。ミョルニルで回復はしてあるから。服だけ直して欲しいな」
「そう……じゃあ、すぐに直すね」
賢杖ケーリュケイオンを出したアリサは、すぐに私の服を直してくれる。穴が塞がっていき、血の汚れが消えていった。すっかり元通りになった服を確認する。
「大丈夫そう。ありがとう。アリサ。取り敢えず、相手の親玉も捕まえられたので、そろそろ安心出来るようになると思います。騎士団の報告を待った方が良いとは思いますが」
私がそう報告すると、ジルさんが私を力強く抱きしめた。本当に力強く抱きしめて、私の耳元に口を近づける。
「む……い……し…………い……え……」
「!?」
ジルさんの声だ。ジルさんの口から出ているからそれが分かる。初めて聞いた声。絞り出すような声で、これまで声を出す事が出来ていなかったから、少しガラガラ声になっている。でも、その奥に元々の綺麗な声が聞こえた気がした。
言った言葉は、『無理しないで』かな。特に無理をした覚えはないのだけど、剣を背中から突き刺された時点で無理はしているという感じになるのかな。
ただそんな言葉の意味よりもジルさんが声を出せたという事が嬉しかった。なので、私もジルさんの背中に手を回して抱きつく。
「ごめんなさい……でも、ジルさんのためにやれる事はしたかったので。ジルさんが好きですから」
そう言うと、ジルさんは一瞬肩を震わせる。そして、周囲の人に気付かれないように、私の頬へキスをしてから離れる。
「商会の人達は大丈夫でしたか?」
ジルさんは頷く。
爆発は外の道で起こっていたみたいだし、その犯人は取り押さえられている。他にも騒ぎを起こそうとした奴は私が止めたし、親玉っぽい人もグレイズさんが連れて行った。一人殺してしまったけど、それはしょうがなかったと割り切れる。私としては全員殺しても良いという風に思っているけど。
「それじゃあ、宿に帰りましょうか。早めに安全な場所に行きたいですし」
ジルさんは頷いてくれる。アリサにも目配せで伝える。そして、商会の人達の方を向いて頭を下げてからジルさんを連れて帰っていった。
途中死体を運んでいる騎士団の人達がいた。布を被せているので、死体は見えないけど赤く染まっている事から死体だと分かる。
騎士団の人達は私に気付くと、頭を下げてから移動を再開して運んでいった。どういう意味で頭を下げていたのか分からないけど、何かしらのお礼を伝えていたのかな。
ミラさんは、宿に戻ってきた私達を見つけるとすぐに駆け寄って来た。
「三人とも大丈夫だった!? 向こうの方で爆発音が聞こえてきたのだけど……」
「はい。大丈夫です。爆発での被害はないそうです。犯人も取り押さえられました。ジルさんが所属していた商会の前で色々と騒ぎになりましたが、騎士団が来たので問題はないです」
「そう……ジルも無事で良かった」
ミラさんがジルさんの頭を撫でる。ひとまずこれで解散となり、私達は部屋に戻る。そこで服を脱いで、アリサに傷の様子などを確認して貰う。
「……うん。綺麗に治っているね。左手も大丈夫。ばっちり!」
私としては、しっかりと傷なく治って良かったと安堵したのだけど、アリサは違うらしい。アリサは、胸の刺された箇所を何度も撫でてくる。
「貫かれたって」
「うん。右側だったから肺がやられただけで済んだと思う。左だったらちょっと危なかったかな」
「普通はどっちでも重傷だよ。【痛覚耐性】や【苦痛耐性】【激痛耐性】があるからと言って、それでも痛みを感じないわけじゃないんだから、怪我には気を付けないと」
こればかりはアリサの言う通りだ。まぁ、今回は割と注意していた方だと思うのだけど、状況が悪かった。
「今回は人の気配に紛れられちゃったからなぁ。ヌートリアでも、アリサの気配に覆われていて、何も分からなくなってたし、気配の区別が付けられるようにならないとかな」
何人も人の気配がある中で、敵の気配だけを知る方法がない。敵の認識は私の主観でしかないから、私が相手を認識しないといけない。結局あの状況で不意打ちを避けるには、気配に覆われている中で、一部の気配が近づいている事を敏感に察知しないといけなかった。
「アリサは出来る?」
「ある程度は分かるけど……そんな全てを認識出来るわけじゃないから。とにかく、下手したら死んでいたって事をしっかりと覚えておいて」
「うん。心配かけてごめんね」
「分かれば宜しい」
そう言ったアリサの目が獲物を狩るような猛禽類の目になったのを感じた。目の前で服を脱いでいるので、アリサがそういう気になったらしい。やっぱりアリサの方がえっちだと思う。
そんな状況で、扉がノックされた。誰かが来たという事が分かるので、すぐに服を着る。不満そうな表情をするアリサにキスをする事で機嫌を取ってから扉を開けると、そこにはジルさんがいた。ジルさんはメモを見せてくる。
『二人で話したい』
二人きりで何か伝えたい事があるという事なので、すぐに後ろを振り向いてアリサを見る。
「アリサ。ジルさんが話あるって言うから、ちょっと言って来るね」
「うん。いってらっしゃい」
こういうとき、アリサは普通に送り出してくれる。時々嫉妬する事もあるけど、基本的には私の自由にさせているという感じだ。まぁ、普通にそういう事をするかは分からないのだけど。
靴を履いて部屋の外に出ると、ジルさんが手を繋いでくれるので、誘導に従って付いて行く。
そうして着いたのは、時折利用している宿の空き部屋だ。この部屋はいつも空いているので、何かしらの理由があるのかな。もしかしたら、ミラさんがジルさんに気を遣って、私と二人きりになれる部屋を用意しているだけなのかもしれないけど。ミラさんならやりかねない。
部屋に入ると、ジルさんは私をベッドに押し倒して抱きしめてくる。ジルさんの胸に顔を埋める形になるので、私の方からも近寄っていく。好きなものには自然と吸い付いちゃうからね
「あ……い…………と…………」
「ん? どういたしまして?」
何に感謝されたのか分からないので、取り敢えずそう答えた。もしかしたら、ジルさんを守ろうとした事かな。
「だ……い……う……い……」
「はい。私も大好きですよ。ジルさんは優しいですから」
そうして返事をしていたら、ジルさんは少し私を放す。上を向くと、ジルさんが涙を零しているのが見えた。どうしてなのかは分からない。でも、それは悲しみの涙ではないと思う。
ジルさんは、私の顔を自分の顔の方に持ってくるとキスをした。そこからいつもどおりにジルさんが私を愛してくれる。ジルさんという存在を身体に刻み付けるように。でも、私が傷付かないように、優しくじっくりと。




