転移者勇者登場
街道を歩き始めて、三時間程経つと、正面から何かが走ってくるのが見えた。それは馬車のように見える。
「皆! 端っこに寄って!」
子供達に指示して端に寄って貰う。相手が常識人とは限らない。このまま轢き殺す事も十分に考えられたからだ。
馬車は緩やかに速度を落としていき、私達の前で止まる。少し大きめの馬車で、布ではなく金属の馬車だ。御者は赤髪の犬人族の女性だった。
その馬車から黒髪黒眼の男性が出て来た。
(日本人……?)
ミナお姉さんとの話から、この世界には転移者もいるという事は聞いている。だから、その見た目が日本人っぽくって、真っ先にそう思った。
「この国の勇者をしているハヤトだ。あなた達はどういう集団なんだ?」
「盗賊によって攫われたやつらの集まりだ。盗賊団を壊滅させて、街を目指してる途中だ」
ハヤトさんに対してガンクさんがそう答えた。すると、ハヤトさんは眉間に皺を寄せていた。
「人攫いの盗賊に……?」
「ああ。この先に街はあるか?」
「ある。送ろう」
「勇者様!?」
御者が困ったような表情でハヤトさんを呼ぶ。どこかに向かう途中だったから、まさか引き返す事になるとは思わなかったのだろう。勇者という職業がどういう事をするのか分からないけど、色々とやることがあるのだと思う。
「ここで放っておくのは、勇者のやることじゃない。そうだろう?」
「それはそうですが……よろしいのですか?」
「ああ。急ぐものでもないだろう。子供達は馬車に乗ってくれ」
御者が馬車の方向転換をする。そして、開けた扉からハヤトさんが子供達を中に誘導する。子供達は少し警戒しているみたいで進んで乗ろうとはしなかった。なので、リリアンナさんが皆を誘導して、馬車の中に乗せていく。監督役として、リリアンナさんも同乗する。
反対の出口からは、二人の女性が降りてきた。茶髪の勝ち気な雰囲気をした女性と金髪のシスターみたいな女性だ。
つまり、ハーレムという事だ。何と羨ましい事か。私も私だけのハーレムを作りたいものだ。まぁ、この世界が重婚を許してくれる文化なのかは分からないから、出来るか分からないけど。
「君達も乗ると良い」
ハヤトさんが、私、レパ、リタ、キティに言う。なので、四人で顔を見合わせる。そこから、私は三人の意思が私と同じだと判断した。
「私達は大丈夫。まだ歩けるから」
「そうか。では、先に街に向かってくれ。この事も衛兵に伝えてくれると助かる。俺達は、護衛をしていく」
「はい。承知しました」
御者はそう言って馬車を走らせる。馬車に乗せられた子供達は、先に街に送ってくれるらしい。ハヤトさんをどこまで信じれば良いのか分からないけど、取り敢えず、子供達の無事は祈っておこう。
子供達を乗せた馬車を見送って、私達も街に向かって歩き始める。
「ったく、ハヤトはお人好し過ぎるよな」
勝ち気な雰囲気の女性が、頭の後ろで手を組みながらそう言った。それに対してシスターの女性が睨む。
「ジェーン。我々は、人助けを主として動いています。これも神様の導きでしょう」
「はっ! 出発早々戻すなんて、とんだ神様だな」
「神を侮辱する事は許しませんよ? 今も我々を見守って下さっているというのに」
「ジェーン、ミモザ、喧嘩はよせ」
ハヤトさんがそう言うと、二人は口を閉じた。ハヤトさんの言う事はしっかりと聞くらしい。ただし、喧嘩をしているからか、二人は距離を取っていた。
「勇者って、何をするの?」
キティが私の服の裾を引っ張りながら訊いてきた。リタの方は知らないらしく、首を横に振っている。でも、私も知らない。転移者は知っているけど、勇者の役割はミナお姉さんから聞いていない。
「何だろうね。魔王退治じゃない?」
「魔王?」
キティが首を傾げていた。
(あれ? この世界には魔王はいないのかな)
そんな事を思っていると、シスターでミモザと呼ばれた女性が近づいて来た。
「その通りですよ。勇者様は、魔王を倒すために召喚されるのです。まだ魔王は生まれていませんが、魔王が生まれる予兆のお告げを王都にいる教皇様が受けた事により召喚されました。これから先、魔王が生まれた時のために、身を鍛える旅へと出ているところなのです」
「なるほど。じゃあ、お邪魔してしまったわけですね。すみません」
「本当だよな! どうせ、後は家に帰るだけなんだから、こいつらだけでも良かっただろ」
ジェーンと呼ばれていた女性が笑いながらそう言う。こいつは呼び捨て良さそうだ。ミモザさんもジェーンを睨んでいた。この勇者パーティーは早々に解散しそう雰囲気があるこれからどうにかなるのだろうか。
「ご家族の方々が心配されていると思います。早く帰る事が出来ると良いですね」
ミモザさんは、優しい笑顔でそう言う。しかし、ミモザさんの綺麗な顔よりも気になるものがあった。ミモザさんの服の下から突き上げて主張している胸だ。ミナお姉さんほどではないけど、それでも私には魅力的だった。
だが、そこに気を取られながらも、ミモザさんの言葉で気が付いた点が一つあった。
「私、家ないですね」
そう。両親は死んでいるし、別の街に向かう途中だったら家もない。完全に売り払っているから、絶対にない。そもそも故郷の街の名前も覚えていない。そういう話を家の中ではしてなかった気がするし。まぁ、異世界を旅しようと思っていたから、あまり関係ないのだけどね。
ただ、ミモザさんを悲痛そうな表情にさせてしまった。
「家がないって……」
「盗賊に攫われた時に両親は殺されていますし、それから八年も奴隷生活でしたので、戻っても居場所はないと思います。そもそも引っ越す途中でしたので、売り払っているはずですし」
説明しないといけなさそうな雰囲気になってしまったのでそう説明すると、ミモザさんは更に悲痛そうな表情になり、ジェーンは気まずそうに顔を逸らした。家に帰るだけと発言して、帰る家がない人がいたらそうなってもおかしくないか。
ミモザさんは、私の傍に来ると力強く抱きしめてきた。柔らかく温かい感触が私を包み込んでくれる。ミナお姉さんとは違った感触だ。ミナお姉さんよりも厚着だからかな。花のような柔らかく少しだけ甘みを帯びた香りが肺を満たして来る。お姉さんの爽やかで晴れやかな気持ちになる香りとはまた違うけど、どちらも好きな匂いだった。
ここでも幸せな感覚を味わえるとは……今日は良い日だな。
「こ……」
「こ?」
ミモザさんが何か言おうとしている。こから始まる言葉は色々とありすぎて何か予想出来ない。この状況で出て来る言葉に絞っても分からない。そもそもどんな言葉が出て来るのかも分からないし。
「この子は、私が育てます!」
「えっ!?」
唐突な言葉に、さすがに驚いてしまった。ミモザさんは、決意の漲るような瞳で言っている。瞳の内側に炎を幻視してしまうくらいには本気度が高い。私の身の上話を聞いて、何故かそういう風に考えてしまったみたいだ。
「おい! お前何言ってんのか分かってんのか!? お前は聖女で勇者と魔王討伐にいかなきゃならねぇだろうが!」
ジェーンが青筋を立てながらキレる。それに対して、ミモザさんは、ただただ冷酷な目をして見ていた。その目からは『こいつ本気で言っているのか? この子の話を聞いて一つも同情心が芽生えないと?』みたいな言葉が含まれている気がする。
「私、世界を旅しようと思ってるので、今は、一つの街に住もうとか考えてないですよ?」
このまま喧嘩をされても困るので、これからの予定を伝えると、ミモザさんだけでなくレパ達も驚いていた。まぁ、今後の予定を話した事なんてないから当たり前かな。
「そんな……いえ、そうですね。あなたの決断を否定するのは、あなた自身を否定する事になりかねません。ですが、何かあれば私を頼ってください」
「そんな時が来たらお願いしますね」
「はい」
ミモザさんは、こうして誰にでも手を差し伸べるのだろう。聖女という事はそれに相応しい人間性と功績があるのだろうから。
そんな風に歩いていると、私達の正面を黒ずくめの人達が現れた。その手には短剣が握られている。顔は隠れているけど、体格的に男性の可能性が高い。
「動くな! 殺されたくなければ、金目ぽっ……」
黒ずくめの人が最後まで言う事は出来なかった。赤い花となって頭部が砕け散ってしまったから。その自体を引き起こした犯人は私だ。金槌大の大きさで出した雷鎚トールをぶん投げて頭部を破壊した結果、一輪の花が咲く結果となった。
盗賊を生かしておこうという倫理観は持ち合わせていない。奴等みたいな粗大ゴミは細かく砕いて捨てるのが良い。
残り人数は五人。雷鎚トールに戻るように念じて、手元に引き寄せながら走る。走り幅跳びの要領で跳び、元の大きさにした雷鎚トールに雷を纏わせる。その状態の雷鎚トールを盗賊の一人に叩き付けて雷を散らす。周囲にいた盗賊達も感電していき、全員が死亡した。
『【雷耐性】のレベルが上昇しました』
『ヒナのレベルが上昇しました。10SPを獲得』
レベルが上がった事で、確実に倒した事が分かった。こういうときにレベルアップのお知らせは助かる。雷鎚トールに付いた血を払い落としながら、
「くたばれ、ゴミ」
「もうくたばってんぞ」
ガンクさんのツッコミは聞かなかった事にする。ちょっと盗賊への恨みが強すぎて、すぐに行動してしまった。まぁ、害悪はいなくなった方が良いから、これで良かったと考えよう。
ハヤトさんとジェーンとミモザさんは唖然としていた。元いた位置まで戻ると、またミモザさんが抱きしめてくれながら、腕の火傷を治してくれた。そして、小さく私にしか聞こえないような声で『ごめんね』と呟いた。
ミモザさんが悪い訳では無いけど、ここまでの恨みを持たせてしまった事に負い目を感じているのかな。他者に同情出来て優しいのは良い事かもしれないけど、そこまで自分を追い込まないで欲しいな。でも、ミモザさんが聖女と呼ばれるようになった理由の一端は分かった気がする。




