協力者との一夜
ユイリナさんは、ジッと私を見て外套に付いている血液に気付いた。黒い外套なのに、本当に良く気付いたと思う。
「ど、どうしたのですか!?」
「あっ、私の血じゃないので大丈夫です」
「え? じゃ、じゃあ……外に出ていたのですか?」
「え? あ~……まぁ、そんなところです」
私がそう言うと、ユイリナさんはジッと私を見てから手を取って部屋の中に連れ込んだ。そして、私の目を真っ直ぐ見てくる。
「嘘ですね?」
きっぱりとそう言った。若干誤魔化し方が下手だったかもしれない。でも、貫き通せばどうにかなるかもしれない。
「いや、本当ですよ。外にいたモンスターの血です」
「では、モンスターを出せますか?」
「えっと……ギルドに報告したので」
「では、明日確認しても大丈夫ですね?」
ギルド職員であるユイリナさんは、その辺りの確認が出来てしまう。
「うっ……」
「それに、先程ヒナ様がいらっしゃった方向にはギルドはありませんよ?」
「…………」
完全に逃げ道を塞がれた。ユイリナさんのこの様子だと正直に話さないと納得してくれないと思う。
「えっと……実は今お世話になっている宿屋の妹さんが盗賊に捕まっていて、その方を助けたんです。それで、宿に送り届ける事が出来たのですが、その宿を見張る視線に気付いて、その視線の主を探したんです。
そこで小さな商会を建てた四人組が、わざと盗賊に情報を流したという話を聞いて、騎士団に自首するように言ったら、私も殺そうとしてきたので、殺そうとしてこなかった一人を残して殺してきたところです。
最後の一人は自首する事を約束して、それを反故にしたら殺すと脅してあります。仲間内の揉め事で通すつもりのようです」
全部説明すると、ユイリナさんは少し固まっていた。急に人殺しをしてきたと言えば、さすがにこの反応になるのも無理はない。軽蔑されるかなと思っていると、ユイリナさんは私の手を引いてソファに座らせた。
「事情は把握しました。仮に訴えられるとしたら、私はヒナ様が私の家にいたと証言しましょう。痕跡は何も残していませんね?」
「多分……」
「後は、アリサ様と口裏を合せる必要があると思います。そこはヒナ様の方でお願いしてください」
「はい。そこは大丈夫です。アリサにも伝えてから行動していますので。殺してきたのは予想外かもしれませんが」
アリサは、私がどういう人か知っているので、私があの三人を殺したと知っても特に何も言わないと思う。その経緯を知れば、尚更そうなると思う。
「では、朝まではこのまま部屋にいてください。それが一番安全だと思いますので」
「朝まで……」
本当はもう帰るつもりだったから、アリサはかなり心配する気がする。でも、こうして口裏を合せてアリバイを捏造出来るのであれば、この選択は有りだ。これで街を去るリスクが限りなく減らせる。
仮に訴えられたら、アリバイで不起訴とか関係なく殺しに行くけど。それがあの男との約束だから。
ユイリナさんは、キッチンに向かってお茶の準備をしてから、私の隣に戻ってくる。その間に、血の付いた外套はインベントリに仕舞う。
「取り敢えず、お茶でも飲んで落ち着きましょう。人を殺したとなれば、自分でも気付かない内に興奮状態にあるかもしれませんから」
「……頂きます」
ユイリナさんが入れてくれたお茶を一口含む。仄かに花のような香りがする。フレーバーティーの一種なのか、紅茶の種類なのか分からないけど、確かに少し落ち着きそうな気がする。
まぁ、【精神耐性】のせいで、人を殺そうが興奮状態にはならないのだけど。どちらかと言えば、戦闘中の方が興奮状態にあると思うし。
「恐らくですが、そのまま話したとしても、ヒナ様の行動は正当防衛として扱われる可能性があります。相手は武器を持っていましたか?」
「短剣を」
「武器を所持し、明確に殺意を向けられる且つ相手から危害を加えようと動き出していたのなら、この街では正当防衛として扱います。それだけ血の気が多い人が多いですから」
「なるほど……」
今の話から考えれば、ここでアリバイ作りをしているのは、本当に死角を無くすためのものとなる。万が一に備えるのは良い事だ。
ただ一つ気になる事があった。それはユイリナさんがこうして協力的過ぎる程に協力的な理由だ。私の【色欲】による好感度上昇が原因だとは思うけど、他の理由があるかもしれない。
「ユイリナさんは、どうして私を助けてくださるんですか?」
「え?」
ユイリナさんは、少し驚いた表情をしてから少し考え込んだかと思うと、次の瞬間には長いピンク色の髪を耳に掛けながら小さく笑った。
「可笑しな話だと思われるかもしれませんが、ヒナ様の事が好きなのだと思います。一目見た際に、可愛い子だと思ったのですが、少し接する内にヒナ様に心が惹かれているという事に気付きました。ギルドにいる間もヒナ様がいないか無意識に探している時もあるのです。
そんなヒナ様を守りたいと思うのは、ある意味では当然のことでしょう。好きな人ためなら何でもしたい。そういう性分なのです」
「そうなんですね……可笑しな話ではないと思いますよ。私もユイリナさんを初めて見た時から好きなタイプの人だなと思ったので。それに、好きな人のためなら何でもしたいと思うのも少しは理解出来ます」
私がそう言って笑うと、ユイリナさんは一瞬表情が消えてから、すぐに頬を赤く染めて私との距離を縮めた。肩と肩どころかお尻とお尻がくっつくような近さになっている。
「ヒナ様は、アリサ様と恋人なのでは?」
「お互いに好き同士ですが、恋人というわけではないです。恋人は遠距離にいるので」
アリサとは違う恋人がいると知っても、ユイリナさんの身体は止まらなかった。私の頬に手を添えて自分の方を向かせてくる。
「浮気になりますよ?」
「一応、恋人公認ではあるので」
「寛容な方ですね。あまり珍しくはないですが」
「そうなんですか?」
「はい。私もヒナ様がアリサ様と関係を持っていると知っても嫉妬はありますが、二人を裂こうとは思いませんから。私もヒナ様の好きの一人に入れてくださいますか?」
「はい」
そうして、ユイリナさんと一夜を明かした後、普通に部屋の玄関から出て宿へと戻る。すると、丁度近くのパン屋から出てきたジルさんと鉢合わせた。
「あっ、ジルさん。おはようございます」
ジルさんは朝帰りの私を見て目を大きく見開いて驚いていた。私が朝まで何をしていたのかとか色々と考えているのかと思ったら、私の首をジッと見ている。正確に言えば、首元の服で隠れるか隠れないか微妙な部分だ。そこにはユイリナさんが残した愛がある。
それに気付いた私は、反射的に手でそれを隠してしまった。その行為のせいで、ジルさんに私が何をしていたのかが完全にバレた。
「えっと……」
何か言い訳しようと思ったけど、ジルさんのジト目とふくれっ面に苦笑いしか出来ない。それでも私が横に並ぶのを待ってくれている。そんなジルさんと横並びで宿の部屋に戻った。
「ヒナ。遅かったね」
寝起きのアリサが出迎えてくれた。ちゃんと寝ていてくれたらしい。信用されていたと取るべきかな。
「うん。でも、収穫はあったよ」
「ふ~ん……」
アリサからもジト目で見られたけど、特に追及はされず、そのままいつも通りに朝食を摂っていった。何も言われないのが一番怖い。




