謎の視線
翌日。ジルさんと朝食を食べて、私とアリサはギルドへと向かう。その途中で、私は何か視線を感じた。
「ヒナ?」
私が突然止まったから。アリサが心配して声を掛けてきた。
私は少しだけ視線を感じたジッと見ていたけど、誰が視線の主か分からない。裏路地とかを見ても何も見当たらない。なら建物から見られていると考えて近くにある建物の窓を見ていくけど、特にこちらを見ている人はいない。
(気のせい? 私が探している事に気付いて顔を隠したか……こっちを見ていたのは何故? 私達……? いや、どちらかと言えばアリサかな……いや、目的が宿を見張る事ならジルさんという可能性もある。でも、監視する意味は? 盗賊に捕まってた時にジルさんが誰かにとって不利益になる情報を得ていた? それならグレイズさんに報告するはず。つまり、ジルさんが何か情報を持ってるという事はない。
それでも監視する意味として、真っ先に考えられるのは、ジルさん達が他の企業とかに陥れられたという事。ジルさん自身は、何も情報を持っていないとしても、その証拠を持っているかもしれないという疑いで監視をしている? ジルさん達が所属していた企業を調べてみる方が良さそうかな)
少し考え事に耽っていると、正面にアリサの綺麗な顔が出て来た。かなり間近に来ているので、その頬にキスしてあげると頬を膨らませた。
「私の声聞こえていたね?」
「え、うん」
「全く……心配しちゃうでしょ」
アリサはそう言って私の手を掴むとギルドの方に歩き出す。なので、私もすぐに横に並んだ。ただ後ろにいるかもしれない人が気になる。
「後ろ向いちゃ駄目」
「アリサも気付いてたの?」
態々後ろを向くなという事は、アリサも視線に気付いていたという事になる。
「うん。でも、そんなあからさまに警戒していたら、相手も尻尾を出さなくなるよ。だから、後ろを向いちゃ駄目」
アリサは気付いていて、しっかりと気付いていない演技をしていたらしい。確かに、こればかりはアリサの言う通りだ。あんなにあからさまに視線に気付いていますというアピールをしてしまったら、相手の方も警戒してしまう。
私の方が馬鹿だった。
「どこからとか分かった?」
「路地裏からかな。ヒナがキョロキョロとし始めた時に引っ込んでいったよ。ここで、私達に付いて来るかどうかで狙いの輪郭は見えてくるかな」
「アリサ……何かしっかりしてるね」
「私だってちゃんと人になったんだから、少しはしっかりするよ」
アリサは少しむくれながらそう言う。こういうところは可愛い。
「一応、グレイズさんに確認した方が良いかな?」
「そもそもあの人は詰め所に残ってるのか分からないよ。私達が焼いた場所を確認するために騎士団の人達が向かったから、その中にいるかもしれないし」
「ああ……そっか」
「それに、ここで騎士団に駆け込んだら、私達が気付いたってバレちゃうから」
「ああ……そっちもあるのか……う~ん……ちょっと夜に動いてみようかな……」
昼間に動いてもいいけど、お金稼ぎとか諸々をしないといけないので、夜に少しだけ探ってみようかと考えた。
「私も行くよ?」
「アリサは駄目。私よりも特徴的な身体なんだから、見られたら一発でバレちゃうでしょ? 私は髪の毛くらいしか特徴的じゃないから」
「そっか……」
アリサのドラゴンの身体は、それ見ただけでアリサに辿り着いてしまう恐れがある。だから、アリサを連れていく事は出来ない。私に関しては、しっかりと外套を纏って特徴的な白くてアシンメトリーな髪の毛を隠せばただの子供にしか見えない。だから、私が個人で動く方が動きやすい。
「でも、夜にどこを調べるの?」
「建物の屋上から裏路地を見たりかな。何か怪しい動きをしている人がいないか探してみる。宿屋周りで誰かいれば、それが何かしらの情報を持っている可能性があるから、そこを調べる感じかな。まぁ、取り敢えず依頼を受けてお金を稼ごう。宿賃はなくても毎日の食費は掛かるんだから」
「うん。そうだね」
ひとまずお昼までフラワーマンティスを二十体ほど狩って、昼食を済ませてからミラさんの元に向かう。念のため報告はしておいた方が良いからだ。
「ミラさん、少しお話良いですか?」
「ええ。良いわよ」
「実は、私達が朝外に出た時に誰かの視線を感じたんです」
私がそう言うと、ミラさんは顔を近づけてきた。あまり周囲に聞こえるようにしたくないからだ。
「狙いがジルさんなのか、宿なのか、はたまたアリサなのかは分かりません。少なくとも、私達の後を付けてくるという事はなかったので、前者二つのどちらかの可能性が高いと思われます。そこで質問なんですが、ジルさんが務めている場所の情報って貰えないですか? こちらでも最大限ジルさんを守りたいので」
私がそう言うと、ミラさんはカウンターの裏で何か取り出した。大分奥の方にあったのか、少し時間が掛かったけど、それは紙束だった。それがカウンターに乗せられる前に、私はインベントリに入れた。
「【アイテムボックス】?」
「はい。あまり情報のやり取りをしていると思われない方が良いので」
「そうね。どこで見られているか分からないものね。その紙には、ジルが働いている商会の情報が載っているわ。一応安全のために調べておいたものなの。そっちで処分してくれる?」
「はい。分かりました」
私がそう返事をすると、ミラさんが私を手招きする。なので、私はカウンターに乗り出すように近づく。
「ヒナちゃんって、アリサちゃんやジルと付き合ってる?」
「いえ。まだ付き合ってないです。遠距離に恋人はいますけど」
「そう。なら、良いかな」
ミラさんはそう言って、私の口角にキスをする。急だからちょっと驚いた。
「これで見られていても、ちょっとは誤魔化せるでしょ?」
「なるほど。角度によっては、普通にキスしているように見えますしね」
口角だから、ほぼほぼキスにはなっている気がするけど、実際こうしてずっとカウンターにいるのは不自然にも見えるだろうから、意外と一定の効果がある気がする。
「私としては、この先をしても良いのだけどね」
ミラさんは、小さく微笑みながら私の頬を軽く突っつく。ミラさんとその先をするのは吝かじゃない。かなり魅力的な人だから。でも、今すぐとかはさすがに無理なので、私も笑い返す。
「それはまた今度で」
私がそう言うと、ミラさんは一瞬驚いた表情をしてから私の頭を撫でた。
「それじゃあ、また今度お誘いするわね」
「はい!」
ミラさんと手を振り合って別れてから、自分達の部屋に入る。部屋に入ると、アリサがむすっとした表情をしていた。
「どうしたの?」
「ヒナって、割と見境ないよね?」
「まぁ、好きな人から求められたら嬉しくなるしね」
何を言っているのか分かるので、私は特に狼狽えずに答える。でも、何故むすっとされているのか分からない。ヌートリアでの生活で、私がそういう人間だという事は分かっているはずだけど。
「じゃあ、私が求めたら受け入れてくれるの?」
アリサは、上目遣いになりながらそう言う。予想していなかった言葉に、私は目を丸くしてしまう。
「え?」
「私もヒナが好きだし、ヒナも私の事好きでしょ?」
「それはそうだけど……」
アリサの事が好きじゃない訳がない。つまり、私の【色欲】の影響をアリサも受けている。ただそれだけが理由ではない。自分で言うのもなんだけど、アリサに好かれる理由は割とある気がする。助けようとしていたのも私だし、その後にずっと一緒にいたし。
「受け入れてくれるの?」
アリサは、上目遣いのまま改めて確認してくる。なので、私も正直答える事にした。
「うん。受け入れるよ。アリサの事好きだからね」
そう言うと、アリサは目を瞑って顔を上げる。所謂キス待ちという感じだ。その誘惑に磁石のように引かれて、アリサにキスをすると、そのままアリサの両手に包まれて、ベッドに倒れ込んでいった。




