軽い悩み相談
朝起きた私は、ベッドで寝ているアリサを見る。アリサが寝ているベッドには、大きな革が掛けられており、布が切れる恐れを軽減している。これに加えてアリサは身体を丸めて寝る癖があり、抱き枕がなければ基本的には縮まり込んでいる。そのおかげで、革がズレる事が少ない。因みに抱き枕は、私である。
歯磨きと洗顔を終えても寝ているアリサの顔に掛かっている髪を払う。アリサの顔は整っており、凄く可愛らしい。
まだ眠っていそうなので、先にお祈りを済ませよう。
(二週間以上行けてないから、今日は行きたいな)
そんな事を思っていると、本当に行く事が出来た。ミナお姉さんの世界は、どんどんと改良されていって、今では現実に存在するのではと思うくらいになっていた。
今回の変化は、一面に広がる花畑だった。
「マンチカンの景色に影響を受けた感じかな」
「心が動いているような気がしましたので、姫奈様がお好きかと思い変えてみました」
私の後ろから現れたミナお姉さんが抱きしめながらそう言った。
(綺麗だなぁとは思ったけど、自分で思っているよりも感動していたのかな……)
あまり自覚はなかったけど、こういう感じの風景は意外と好きなのかもしれない。心が安らぐとかなのかな。心が荒むような事は確かにあったけど、【精神耐性】でそこまでではなかったはず。だから、ちょっと違和感を覚えたという感じだ。
「少しお話しましょうか?」
「あ、はい。お願いします」
ミナお姉さんと手を繋いで家の前にあるベンチに座る。庭も綺麗に整えられているので、目で楽しめる。まぁ、ミナお姉さんの膝に向かい合わせで座るから景色じゃなくて、綺麗なミナお姉さんを見るのだけど。こっちでも十分以上に楽しめる。手でも楽しめるし。
「実はまた盗賊の被害に遭っている人を見つけてしまったんです」
「はい。見ていましたので存じています。ああいった盗賊を処分して頂けるのは助かります。あの存在が世界を歪めている側面がありますので。声を失っているのは、姫奈様のお考え通りかと。心的な問題ですので、今はそっとしておくのが良いと思います」
ずっと私を見てくれているから話が早い。そして、やっぱり今の状態だと私に出来る事はないみたい。
「ですよね……何か出来る事があれば良かったんですが……」
「姫奈様に出来る事はないかと。冷たいようですが、自身で乗り越えて進む事が必要と思います。ここで姫奈様の助力で潜り抜ければ、その後姫奈様に依存する可能性が出て来ます。今後姫奈様が面倒を見るのであれば良いでしょうが、姫奈様は旅を目的に生きていらっしゃるので、それも厳しいでしょう。姫奈様には苦しい選択となってしまいますが見守り下さい」
ミナお姉さんは、こうして私の悩みを聞いてしっかりとした答えを返してくれる。それは時として厳しい言葉にもなる。それが本当に有り難い。こっちを気遣って遠回しな話をされるよりも、ストンと心に落ちるから。
「気を付けるべきは、今の現状を利用して彼女を弄ぼうとする者が出て来るかもしれないという事です。現状では男性を嫌悪しているようですので問題は無いと思いますが……一応、外では気を配ると良いでしょう」
「なるほど……沈んでいる時に励まされると相手が良い人に見えるってやつですね。そうします」
落ち込んでいるところにつけ込んで、アピールする事により自分は良い人だというイメージを刷り込む事が出来る。これを天然でやるのなら、本当に良い人という風に見る事が出来るのだけど、中には意図的にやって下種な事を考えるクズがいるから、そういうのが近づいてこないように気を配っておく必要があるかもしれない。
ただ、ミナお姉さんの言う通り、ジルさんは男性を嫌悪しているような感じがする。それは表には出ていない。表面上は普通に接しているけど、何となくそんな感じがする。なるべく一緒にいたくないというような感じだ。
門番さんに騎士団の詰め所の場所を訊こうとした時も食い気味に自分が案内すると主張していたし、早く切り上げたかったという意味があったのかもしれない。
「ミラさんがいるから、大丈夫だとは思うんですけどね」
ミラさんは、本当に妹想いというのが伝わってくる良いお姉さんだった。だから、そういう悪い相手が付く事はないと思う。
ただミラさんが経営しているこの宿は、本当に高級宿だからその利益を啜りに来る人はいそう。ジルさん経由で盗むよりもジルさんを心配するミラさんを狙う相手が出て来る可能性も捨てきれない。
(ジルさんと同時にミラさんにも気を配っておくかな……無料で部屋を借りている以上、少しは返したいところがあるし)
そんな事を思っていると、急にミナお姉さんが私を抱きしめて来た。私も胸に伸びていた手を背中に回す。私という圧力で形を崩しているけど、それは同時に私に感触として変換されている証拠でもある。
ミナお姉さんの首に顔を押し付けて、その爽やかで甘いような匂いを体内に取り込んでいく。目の前に肉を置かれたライオンのように身体が滾る。そんな私の耳にミナお姉さんの口が近づく。
「他人の心配も良いですが、一番は姫奈様だという事をお忘れなく。自分を犠牲にして取り組む善意は最終手段である事を心に刻み付けて下さい。良いですか?」
耳元で綺麗な声を出してくれるので、その言葉が脳に刻み付けられる。そこから心にも落ちるので、ミナお姉さんの言う通りに胸にも刻んだ。
そこからは私が我慢出来なくなっている事に気付いたみたいで、そのままミナお姉さんに甘える事が出来た。ちょっと赤ちゃんっぽい事になったけど、ミナお姉さんの視線しかないから何も気にならなかった。
至福の二時間を終えて、現実に戻って来たところで、アリサが身体を起こした。
「おはよう、アリサ」
「おはよう……ヒナ。何か……元気?」
「うん。ほら、歯磨きと洗顔」
「うん……」
若干寝ぼけている感じがするけど、歯磨きと洗顔をすればちゃんと起きるので問題はない。五分程すると、アリサが戻ってくる。洗顔などのついでに髪も梳いてきたみたいだ。そして櫛を持って私を見ている事から、しっかりと梳かせという意思を感じる。こういう身だしなみを大切にするのは貴族らしいって感じなのかな。
私が椅子に座ると、アリサはすぐに髪を梳かし始めた。
「ヒナはこういうところに無頓着だよね」
「まぁ、そのうち直るかもしれないし……どうせ、片側は短いままだし……」
「私が来る前はどうしていたの?」
「自然が一番!」
「はぁ……」
アリサが呆れたようにため息をつく。イースタンにいた時に酷い時はメイリアさんだったり、ビビアンさんだったりが直してくれた。ヌートリアにいる時は、ミモザさんやカトリーナさんが直してくれた。
そう。自分でやる事がほぼないのである。本当に無頓着という事はないのだけど、基本的に甘えて過ごしていたせいかな。これもアリサに甘えたいという私の欲求なのかもしれない。
そんな風に髪を整えて貰っていると、扉がノックされた。
「は~い」
一応アリサに下がって貰ってから、ドアチェーンを付けて扉を開ける。すると、そこにいたのはジルさんだった。紙袋を抱えており、手には紙を持っていた。そこには、
『朝食持ってきた』
と書かれていた。ジルさんなら安心なので、すぐにドアチェーンを外して中に入れる。
「ありがとうございます」
私がお礼を言うと、ジルさんは私の頭を撫でる。妹的な感じで見てくれているのかな。アリサは客がジルさんだと知ると、安心したような表情になった。ここに来るまでにずっと一緒にいたから、こうして食卓を囲む事に抵抗も何もない。寧ろ安心感の方が強くなる。
(もしかしたら、ジルさんもこっちの方が安心出来るからなのかな……加えて考えるなら、ミラさんが後押ししたのかも。今のジルさんに一人で買い物が出来るかは怪しいところだし)
ミラさんはこういうところから、ジルさんの闇を晴らそうと考えているのかもしれない。ジルさんの筆談を交えながら、私達は楽しく美味しい朝食を過ごしていった。




