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異世界旅はハンマーと共に  作者: 月輪林檎
二人旅の始まり

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帰還と記憶の欠片

 ジルさんは一度深呼吸をしてから宿の扉を潜る。私達もその後に続いて入った。内装もかなり凝っているし綺麗だ。ちょっと気圧される感じがする。これが庶民としての心故か。貴族だったからかアリサは堂々とした雰囲気だった。備品を壊さないように縮こまっていたけど。


「ジル? ジル!!」


 女性の声が聞こえた。その方向を見ると、女性が受付を跳び越えて走ってきた。身のこなしが凄い。

 女性はジルさんに駆け寄って抱きしめた。


「ああ、無事に帰ってきたのね。初めての遠出はどうだ……た……」


 見た感じの年齢的に、恐らくジルさんのお姉さんだと思う。お姉さんは、ジルさんの格好を改めて見て、これが商売帰りではないという事に気付いたみたい。

 喜色だった表情が不安げに変わる。声を出せないジルさんは涙を流しながら、ジルさんのお姉さんに抱きついていた。なので、私の方から事の説明をする。


「実はジルさんは、ヌートリアに向かう途中で盗賊に襲われてしまったんです」

「えっ!?」


 ジルさんのお姉さんは目を見開いてジルさんを見る。ジルさんの格好から嘘ではないだろうという事は推測出来る。それでも本人から確認したいのだろう。


「そうなの……?」


 この確認にジルさんは頷いて答える。お姉さんも納得してくれたようなので、ここから情報の一番重いところに入る。


「その経験のせいで、ジルさんは現在声を失っています。物理的なものではないみたいなので、恐らくは心因性。まだ治る可能性はあります。継続的な治療が必要になると思いますが」

「っ……」


 ジルさんのお姉さんの表情が絶望に染まる。治療が可能とはいえ、声を失っているという事実は、それだけの出来事があった事を表しているからだ。

 泣き止んだジルさんは、筆談でお姉さんに何かを伝える。


「そういう事……割引なんてケチな事言わないわよ。命の恩人なのだから、マンチカンを出るまで無料で良いわ」

「えっ!? い、いや、さすがに悪いですよ……」

「私達からの気持ちよ。それともお礼は受け取れない?」

「あ、いえ……有り難く頂きます」


 見返りを求めて救助したわけじゃないけど、割引くらいなら素直に喜んで受け取れたと思う。でも、無料となると、私達が貰いすぎている気がしてしまう。私達が何日間滞在するかも分からないのに、マンチカンに滞在する間は無料にされてしまうと、一ヶ月で六十万リルだ。かなりの大金になる。

 ただ、ジルさん達にしてみれば、自分や妹の命を救ってくれたお礼という事になる。これを受け取らないという事は、ジルさん達に失礼になってしまうだろう。相手の気持ちを無下にして捨てるに等しい行為だから。


「それじゃあ、部屋の鍵を渡すわね。ジルは家に行って休みなさい。明日は一緒に病院に行きましょう」


 ジルさんは頷いてから、私達の方に向き直り握手をしてから去って行った。これで少しでも休めると良いな。


「私はミラ。ジルの姉よ。両親は少し街を出ているのだけど、この宿は私に任されているから宿賃の話は安心して。本当に妹を助けてくれてありがとう」


 ミラさんは私に鍵を渡して、そのまま握手をする。アリサとも握手をしてお礼を伝えていた。そこでアリサが私の方を見る。自分の事を伝えておいた方が良いのではと考えているのかな。アリサからそう考えてくれるのは嬉しい。アリサが少し前向きに考えてくれ始めているのかもしれないから。


「実は私の身体が少し特殊で……」


 そう言って、アリサは外套の一部を持ち上げて自分の羽を見せる。それを見たミラさんは目を見開いて驚いていた。


「まさか……噂の……?」

「話が出ているのなら助かります。アリサは、ドラゴンの呪いを受けた子でして、身体の一部がドラゴンの状態なんです」


 そう言って私がアリサの足元を見ると、ミラさんも視線を落とした。そこでアリサの足が人のものではない事に気付いた。しっかりと揃えていたら、ある程度は誤魔化せているのかな。まぁ、そこまで足に注目が行っていないからなのかもしれないけど。


「なるほど……理解したわ。何か必要なものはある?」

「いえ、こちらで用意出来るので。ただ、調度品が壊れてしまう事があるので、高めの調度品などは別の場所に持っていってくれると嬉しいです」

「なるほど。そういう事情なら、了解したわ。すぐに手配するから、部屋に行っておいて」

「はい。ありがとうございます」

「ありがとうございます」


 ミラさんにお礼を言って、私達にあてがわれた部屋に入る。五階建ての五階という結構良い部屋だ。しかも、結構広い。もしかしたら、ジルさんが言っていた二万リルよりも高い部屋なのではと思ってしまう。

 現状では確認のしようがないので、後でジルさんかミラさんに確認してみようかな。それよっては、本当に貰いすぎになりそう。まぁ、ここでまた蒸し返すという事はしないけど。

 私達が入って、すぐに宿のスタッフが花瓶などを回収して、テーブルや椅子などが装飾が付けられたものからシンプルなものに変わっていく。これならもう少し安い部屋を貸してくれても良かったと思ったけど、この広い部屋を貸す事をお礼という風にしているのだと思う。


「ありがとうございました」


 お礼を言うとスタッフの人は一礼してから部屋を出て行った。


「まぁ、結局備品だから安心とはならないけど、少しは落ち着くようになったかな?」

「うん。ありがとう」

「アリサが自分から話してくれたからだよ。取り敢えず、お風呂に入ってからご飯を食べに行こうか。ギルドには明日行こう」

「うん」


 宿の確保が出来ているので、ギルドから情報を得る必要はない。それでも挨拶くらいはしたいけど、今すぐじゃなくても問題はない。

 お風呂にお湯を溜めている間に、洗濯をしながら身体も洗う。この大きな部屋についているお風呂だからか結構大きい。壁のタイルには花の意匠があって、街並みと似ているところがある。意識しているのかな。


「さてと、服の洗濯は終わったから、アリサの身体を洗おうか」


 インベントリからスポンジを取り出して、アリサの羽を丁寧に洗っていく。その間、アリサは大人しくしている。


「そういえば、この街では恋人を作るの?」

「ぶふぉっ!? ど、どういう事!?」


 思わず咽せてしまった。まさかそんな事を訊かれると思わなかったからだ。


「だって、この街にはミモザさんもカトリーナさんもいないでしょ? 手紙のやり取りをしている子が本命っぽいけど、特に制限されたりしていないみたいだし。普通の事……普通の事? どうして……私……」

「何か思い出しそうなの?」

「うん……分からないや……でも、妻が複数人いるのは当たり前……私の両親も……?」


 思わぬところでアリサの記憶が戻りそうになっていた。頑張れば情報が一つ分かるかもしれない。きっかけが本当にあれだけど。まぁ、なんやかんや有耶無耶に出来そうだ。


「アリサは、貴族だったはずだから、そういう家系に生まれていてもおかしくないと思うよ。何か朧気にでも思い出せない?」

「家系……家……」


 アリサは手で頭を押える。痛みを感じているのかもしれない。あまり無理はさせたくないけど、何か分かれば……


「し……ろ……?」

「城?」

「緑で……白い……城……に……住んでいた? 痛っ……」

「大丈夫?」

「うん……私、城に住んでいた?」

「本当にお姫様だったみたいだね。あっ、でも、お姫様じゃなくても城に住むことはあるか。でも、良い事だよ。緑色と白色のお城に住んでいたかもしれないって分かったんだから。手掛かりが一切なかった昨日までよりも大きな進歩だよ」

「うん。そうだね。ところで、こ……」

「はい。今度は頭洗おうね」


 全く誤魔化せていなかったので、他の事をして誤魔化していく。成り行きに任せるつもりではいるけど、アリサからそういう確認をされると若干気まずい。アリサ本人は全く気にしていないから、私が一方的に気まずい。

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