改めてマンチカンへ
小屋から延焼しないようにして燃やし尽くしたところで、女性に色々と確認する。声は出せないけど、筆談なら出来るので、メモ帳とペンを貸して会話をする事にした。文を書いていたら時間が掛かるので、基本的に単語で書いて貰う形になる。
女性の名前は、ジル。商会の人間で十八歳らしい。マンチカンからヌートリアに商売のために向かう途中で盗賊に襲われた。他にも何人かいたけど、生き残ったのはジルさんだけ。捕まっていた期間は恐らく二週間ほど。食事も最低限だったらしいので、本当に生き残っていたのが奇跡というレベルだ。
取り敢えず、野菜を中心としたスープを作って振る舞った。すると、ジルさんは涙を流しながらスープを飲んでいた。生き残ったという事を実感し始めているのだと思う。似たような事を経験しているので、その気持ちはよく分かる。
背中を摩りながらさりげなく【生命維持】で栄養を生み出してジルさんに与えておく。最低限ずつ与える事で、調子を取り戻す事に違和感を持たせないようにする。
「取り敢えず、私達はマンチカンに行こうとしているので、一緒にマンチカンまで行きましょう。マンチカンの方が身寄りもあるんですよね?」
私がそう訊くと、ジルさんは頷いた。元々マンチカンに住んでいたのだから、こっちの方が安心出来るだろうし、マンチカンまで送るのが一番だろう。ここからマンチカンまでは、山を超えて三日程。山を超えるまでに一週間近く掛かるだろうから、十日くらいの付き合いになるかな。
「その前にアリサの事も伝えておかないとね」
「あ、うん」
アリサは自分の羽を広げる。それを見て、ジルさんが大きく目を開いた。そこからアリサの呪いについて話す。一応先に知っておいて貰わないと戦闘中に発覚してパニックになられても困るから。
ちゃんと説明したら、ジルさんも納得してくれた。理解してくれる人で良かった。
その後に、私の方を見てきた。私にも似たような呪いがあるのかと思ったらしく、『ヒナちゃんも?』と筆談で伝えてくる。
「いえ、私は盗賊に両親を殺されて、私自身も捕まって八年間奴隷生活をしていたくらいです」
私がそう言うと、ジルさんの方が傷付いたかのような表情をする。まぁ、私の見た目から考えて、十代前半と分かるから、その八年間を失っていると知ればそういう反応にもなるかな。
「取り敢えず、今日はここで一泊して安全に下に降りられるルートを探しましょう。アリサが抱えて飛ぶにしても二人は辛いですから」
「ごめんね」
「いや、人の大きさで二人抱えるのはさすがに巨漢じゃないと無理だから。そんなに気にしないで」
二人抱えられない事にしょんぼりしていたアリサの頭を撫でて慰める。身長差と恐らく年齢差もあるから、妹に慰められている姉という風に見えるかな。
テントを張って、中に革を敷き、私が真ん中になって眠りに就く。小さい私が真ん中に入るのが、一番収まりが良かったからだ。
【気配察知】を持っている私とアリサはモンスターの気配を察知したら起きる事が出来るから、見張り無しの野営も出来る。ある程度危険ではあるのだけどね。
一夜を明かした私達は、テントを仕舞ってから軽く干し肉を食べる。その際にさりげなく身体をジルさんにくっつけて【生命維持】で他の栄養を作って送る。そうして朝の準備を済ませてから、私達は出発する。ジルさんは本当に普通の商人だったみたいだから、戦闘は出来ないらしい。
今回は護衛を雇っての商売だったみたい。その護衛も奇襲によって乱され殺された。山道の傍に崖がある。ステータスがかなり高ければ話は変わるけど、普通なら落ちて即死だ。商会がお金をふんだんに使ってくれるのなら生き残りがいてもおかしくないけど、ある程度は節約するだろうから、十分だったとは限らない。
申し訳なさそうにするジルさんに気にしなくても良いという事を伝える。
「大丈夫ですよ。誰でも戦える訳じゃないですから。取り敢えず、アリサはジルさんの傍にいて。遠距離近距離どっちでも戦えるアリサがジルさんの傍で戦ってくれる方が安全だと思うから」
「ヒナも出来るでしょ?」
確かに雷魔法は使えるし雷鎚ミョルニルの力で雷撃を放つ事は出来るけど、万能に戦えるという程ではない。それはどちらかと言えば、アリサの方だ。
「アリサの方が万能! 私は近づいて殴るのが一番!」
「そっか。分かった」
役割分担をしたところで、私達は下山を始める。とは言っても、一気に下る訳では無い。頂上は結構平らな面が広いようで、坂の傾斜自体も緩い。だから、ここから出来る限り先に進んで行く事にした。
基本的に現れるモンスターは、事前に仕入れた山の情報通りにロックコンドルだ。頂上という事もあり、巣が近くにあるのかもしれない。ロックコンドルに関しては、アリサの魔法や私の雷撃で十分に倒せる。マッチョボアとかホーンラビットとかは出てこない。
ただ時折アッシュウルフが出て来た。頂上近くだとアッシュウルフも出て来るようになるみたいだ。
そっちは、私が身体強化して次々に倒したから問題はなかった。
そうやって私達が戦っていると、ジルさんがメモに何かを書いていた。
『二人は強い』
メモにはそう書かれていた。私達二人の戦いっぷりが凄かったというのを伝えたかったらしい。ジルさん自身は戦えないという事もあり、余計に戦闘が出来る私達が凄く見えるのだろう。
「一応、冒険者ですからね。強くあろうと頑張りました」
「私はドラゴンだったから」
ジルさんは納得したように頷いていた。まぁ、納得してくれたのなら良いかな。アリサのドラゴンだったからは、中々に強引な話になるけど事実だからそれ以外に伝えようがない。実際、今のステータスは、ドラゴンだった時の経験が反映されているような状態だし。
ジルさんの体調も考えて、休む時間を多くした。その結果、頂上の終わりになる崖まで着くのに八日掛かった。こればかりは仕方のない事だ。
それにしても、ここの頂上は本当に広いらしい。地図で見ても頂上が広いことはよ分かっていたけど、実際に歩いてみたら、それを強く実感させられる。
基本的に道を優先していたから、こういうところはあまり注目していなかった。こういう地形なんだくらいしか思わなかったし。
私は崖の上から見えるものを地図で確認して現在位置を確認する。
「う~ん。 大体ここら辺かな。うん。多少ずれているけど、ちゃんとマンチカン方面の崖だね。ここから元の山道に戻れそう。アリサはジルさんを連れて降りてくれる?」
「ヒナは?」
「このくらいの傾斜なら、ギリギリ降りられそうだから大丈夫」
「……分かった」
アリサは不安そうにしていたけど、渋々頷いてくれた。まぁ、私も駆け下りた事はないくらいの傾斜だし、気持ちは分かる。でも、ジルさんを一人にする訳にはいかないから、これしかない。
アリサがジルさんを後ろから抱きしめながら羽を広げて降りていく。私も崖際に立って下を見る。目標落下地点はしっかりと見える。そこにアリサ達が着陸していくのも見えた。
(うわぁ……何も怖くないというのが逆に怖いって分かる。崖を下るという行為よりも自分の【精神耐性】が本当に怖いよ)
【精神耐性】で怖いとは思わないけど、それ自体が怖いという事を私は認識している。感情とかじゃなくて、理解しているというだけだ。元の世界での経験がそこを理解できるようにしてくれている。それがなかったら、本当にここでも何も思わずにいたと思う。
崖の出っ張りなどに手や足を引っかけて降りていく。向こうの世界には、こういうスポーツがあったなどと思いながら降りていると、足場にした出っ張りが崩れた。支えを失った事で私の身体が重力が引っ張ってくる。
「あっ……マジ……かっ!?」
崖の半ばから滑落する。幸い目的の地面は見えている。その近くに木があるのも見えたので、一か八か木をクッションにするかと思っていたら、下からアリサが飛んできて、私を受け止めるとすぐに着地した。
「もう! だから言ったのに!」
言葉にはしていないけど、本当に大丈夫なのかと言外に言っただろという事を言われている。事実ではあるので、苦笑いしてしまう。
「あははは……失敗しちゃった」
「失敗しちゃったじゃないでしょ。もう……」
珍しくアリサが怒っている。ちょっとプリプリとした怒り方で可愛いと思ってしまうのは、本当に悪いと思っている。
「ごめんね。次はもう少し気を付けながら降りるよ」
「そうして」
むくれるアリサとオロオロとしているジルさんを連れて、そのままマンチカンへの山道を進んで行く。それ以降は何もトラブルは起こらなかった。ただジルさんの声は治らなかったけど、こればかりはすぐに治るようなものでもないので、焦らずに進めていくのが良いはずだ。
マンチカンで元の環境に戻ったら、治る確率は大幅に上がると思うので、私達が無理に意識する必要はない。それは逆にジルさんを焦らせるだけになるだろうから。




