ヌートリア出立
二週間が経ち、私達がヌートリアを離れる日がやって来た。カトリーナさんへの挨拶は昨日のうちに終わらせておいた。その結果、カトリーナさんという存在を身体に刻み付けられた。エルフの技術は底知れない。
イヴナイアさんにも最後の健康診断をして貰い、私もアリサも健康体でいる事が判明した。私はともかくアリサに何も異常がなかったというのは嬉しい。この状態で安定しているのなら、私も安心出来るというものだ。
「さてと、それじゃあ行こうか」
「うん」
私とアリサは、ヌートリアを出て、次の街マンチカンへと歩き出した。馬車は借りていない。山道は馬車が一台しか通れないくらいの崖もあるらしいので、歩きで行った方が安全だからだ。その分移動日数が長くなるけど、こればかりは仕方ないと割り切った。
まずは湖の傍を通り過ぎて、更に進んで行く。
「今日は途中の草原で休むよ」
「山まで行かないの?」
「山まで行くには、一日休まずに歩かないといけないから。走ればもっと早く着くけど、急ぐ旅じゃないしね。ゆったりと楽しもう。アリサも初めての旅だし、私も歩きでは初めてだから」
「うん」
アリサは微笑みながら頷いてくれた。アリサとの仲も一ヶ月以上になる。最初からそこまで壁はなかったけど、今では小さな壁すらも消えている。一緒に旅をする上で、ここは重要な事だったから、最大限仲良くなれるように頑張った甲斐があった。
しばらく進んで行くと、アリサは歩きながら周囲を見回していた。何か特定のものを探しているという感じじゃない。
「何か気になる?」
「ううん。初めて見る場所だから、何があるのかなって思って」
「そっか」
周囲は草原と森しかないから、大して見るものはないと思うのだけど、アリサは旅自体が初めての事だろうし、色々と珍しいのかな。いや、そもそも記憶がなくなっているのだから、色々なものが初めて見るものになる。気になるのもおかしな話ではない。
「色々と見てても良いけど遅れないようにね」
「うん」
なるべくアリサと歩調を合わせて移動を続ける。ただ黙って移動している訳では無く、色々と会話をしていた。アリサが記憶を取り戻すかもしれないという内容や全く関係ない事もある。
「アリサが貴族だったら、どこかのお姫様とかかな?」
「あのお話にあるような?」
「うん」
アリサは、私が持っている小説を読んで文字や言葉の勉強をしていた。なので、私が振った話題の内容もすぐに察してくれた。
「お姫様……じゃあ、どこかの国の人?」
「外国の人とかはあり得ると思うよ。アリサもどれだけの距離を飛んでいたか分からないでしょ?」
「うん」
アリサお姫様説。明確な根拠はない。ただアリサの所作が基本的に丁寧で綺麗だからだ。ご飯を食べる時も基本的に背筋がしっかりとしたり、豪快な食べ方をしていないし、座るときの姿も絶対に足を開かないし、身体に慣れてきてから歩く時に背筋がピンと伸びていたりもする。おかげで身長差生まれてしまった。まぁ、最初から割とあったけど。
「でも、外国だったら色々な国を回る必要があるかも?」
「うん。普通だったらね。でも、私達が今いる国のアニマが結構他の国を飲み込んでいるらしいから、国の数は大分減ってるらしいよ。だから、この国の中でもアリサが住んでいた場所を見つける事が出来るかもしれないよ」
「へぇ~……よく知っているね?」
「色々と教えてもらっただけだけどね」
ヌートリアにいる間に、ミモザさんやユーリさん、カトリーナさんから少し教えてもらっていた。国の事情を知る事で、アリサに繋がる事があるかもしれないと考えたからだ。
結果、よく分からないという結論に落ち着いたけど、過去にあった国々がアニマに統合されているという話を聞いて、この国を観光している間にアリサの故郷が見つかるかもしれないと思い始めていた。
だから、歩いている時のアリサの反応には少し気を配っている。見覚えのある風景とかあるかもしれないし。
人の状態で見たものかドラゴンの状態で見たものか分からないけど。貴族なら街から出ないという事もあり得そうだし、知っている外の景色はドラゴン状態の方が可能性は高くなるかな。
「ヒナは見覚えないの?」
「ん? ここら辺の景色? ないよ。私が最後に覚えている外の景色は……両親が殺されるところだから、真っ赤っかなんだよね。周囲の風景とかはあまり印象にないかな。どこかの道だったはずだけどね」
「そうなんだ」
「どういう道だったのかも印象がないから、こういう平原だった可能性はあるね。ただそうなると色々な場所が候補になっちゃうんだよね。もしその場所に着いたら、都合良く記憶が蘇ってくれるかもしれないから、そこに期待かな」
漫画とかならそういう事がよくあるし、それが現実に起こってもおかしくはないから、それを期待しておく事にしている。明確な記憶がない以上、それ以外に期待出来る事もないしね。
「私も同じように蘇るかな?」
「多分、見覚えがある場所よりも深い思い出が刻まれている場所に来たら期待出来るかな。後は、アリサ自身が思い出に残しているような物とかに触れたり、似たような経験をしたりね」
「そっか……ヒナも思い出せると良いね」
「ん? まぁ、そうだね」
こちらの世界での記憶に執着があるかというと、特にはない。両親との思い出は薄らとあるけど、正直それだけで十分だ。幸せだった時代があるというだけで嬉しいものだから。重要なのは、これから刻んでいく記憶だと思っている。私が幸せに暮らしていたら、両親も喜んでくれるから。どちらの世界の両親もね。
「さてと、そろそろモンスターも動き出す頃かな」
「うん」
【気配察知】にモンスターが私達と平行の状態で歩いているのには気付いていた。そして、その中からこちらに向かってこようとしているモンスターがいた。視線を向けると、私達に気付いたマッチョボアが真っ直ぐに突っ込んでくる。
雷鎚ミョルニルを元の大きさに戻そうとした瞬間、私の前に出たアリサの外套の中から大きな手が付いた羽が出て来て、マッチョボアの突撃を受け止めた。圧倒的なステータス差。数百とかならまだしも恐らく万単位の差があるアリサとマッチョボアでは、突撃してくる子供を受け止めるかの如く簡単なものだった。
アリサが受け止めてくれたので、マッチョボアの側面に回って、雷鎚ミョルニルを下から思いっきり振り上げた。マッチョボアは空高く舞っていき、頭から地面に墜落して息絶えた。死体は即座に回収しておく。
これは旅の食事として使わせて貰う。
「アリサ。なるべく羽は使わないようにね。街の人ならまだしも外にいる人達は驚いちゃうから」
「あっ……ごめん」
色々な街に情報を流している途中なので、アリサのような人がいるという事を全人類が知っている訳では無い。なので、外で旅をしている時はなるべく使わない方が、余計なトラブルを起こさずに済むはず。
羽を使えないと危険かと言われると、別にそうでもないから、私もそう言えた。
「ううん。私の安全を考えてくれたんでしょ? ありがとう」
アリサが態々受け止めてくれたのは、私を守るためだった。だって、態々私の正面に回る必要なんてなかったから。私も正面から雷鎚ミョルニルを叩き付けて地面にめり込ませる事くらい余裕で出来るから。
私がお礼を言うと、アリサは少し目を逸らしながら照れていた。こういうところがアリサの可愛いところでもある。でも、そんなアリサの可愛いところを堪能している暇はなかった。
「それじゃあ、ちょっとだけご飯を集めようか。一、二体で良いから他は自由に倒して良いよ」
「う、うん!」
さっきの戦闘に触発されたのか周囲にモンスターがどんどんと集まってきているので、一旦蹴散らしてから進む事にした。
アリサは羽を元の場所に戻して、賢杖ケーリュケイオンを構える。魔法を中心に戦うという事だ。綺麗に倒せば、後々に街で売れるけど、まずは生きて街に辿り着く方を優先したい。だから、綺麗に倒すのは最低限で、基本は身の安全を考えて戦う。
私の打撃とアリサの魔法で、モンスター達が次々に宙に舞っていく。雷で身体能力を上げているというのも大きいのかな。動物系が多いから肉ばかりが集まる。野菜のモンスターがいてくれたら栄養バランスが取れるのになぁ。




