アリサの検査
翌日。朝のルーティンを終わらせた私は、アリサとミモザさんと一緒にハヤトさんが来るのを待っていた。お昼近くになって、ハヤトさんがやって来てくれたけど、その表情は良いものとは言えなかった。
ハヤトさんを部屋に入れて話を聞く。
「廃教会の調査は、ヌートリアの騎士団で行う事になった。俺達も同行する。この実験の費用などが個人で賄えたとは思えない。そこら辺の毒草などを使っているものもあれば、どこかから入手した毒薬もあったらしいからな。その出所を突き止める」
「そうでしたか。私にはよく分かりませんでしたので、ちゃんと預けて良かったです。でも、それだけならハヤトさんがそんな暗い顔をする訳ないですよね?」
絶対に他にも話があるはず。悪い知らせはしっかりと聞いておかないといけない。良い知らせだけで満足していたら、重要な事を知らないで危険に突っ込む可能性がある。私に聞く意思がある事を認識したのかハヤトさんは少し黙った後に口を開いた。
「アリサの事を話す事になった。徹底的に排除したと思っていたアリサの資料が一つ混ざってしまったからだ。こちらの不手際だ。すまない」
「いえ。それでアリサを寄越すように言われたとかですか?」
事情は理解した。あの記録の量は何百枚もある。その中から、アリサに関するものを全て除くというのは厳しいものがある。こればかりは仕方ない。問題はその先だ。アリサを研究材料にするというのなら、あの男と同じだ。そんな事を許容する事は出来ない。
「アリサの身体を検査させて欲しいそうだ。その後は好きにして貰って構わないと言っている」
「それって、どこまでが本当の事ですか?」
「全てと信じたいな」
アリサを向かわせて、アリサが無事に帰ってくるとは限らない。そこまで全面的に信用出来る程、相手をよく知らないからだ。それはハヤトさんも同じだった。
「私も同行するという事は可能ですか?」
私が傍にいる事が出来れば、ある程度安心出来る。最悪その場の全員を殺して逃げるという選択も取る事が出来る。アリサの安全を考えれば、これが必要な事だった。
「問題ないと思うが、断られる可能性も十分にある。そこは把握しておいてくれ」
「分かりました。それじゃあ、アリサ」
「うん」
アリサに外套を着させてから、アリサと手を繋ぐ。それで準備が整ったので、後はハヤトさんに案内して貰うだけだ。
「向こうにはユーリとジェーンが残っている。ミモザも一緒に来てくれ」
「はい」
ミモザさんも揃って移動する事になった。向かった先は、ヌートリアの領主の下ではなく、真っ白で大きな建物だった。
「水路から見た事がある場所だ。ここが目的地なんですか?」
「ああ。この街の医療機関兼研究所だ」
ハヤトさんがそう言うのと同時に、アリサが私にくっついてくる。アリサ自身も不安を覚えているのだと思う。知らない場所で検査を受けるとなれば、そう思うのも無理はない。
「大丈夫。何かあったら、私がどうにかするから」
「うん……」
アリサを安心させつつハヤトさんの先導に従って進んで行く。アリサは周囲から見られるからか、私に完全にくっつくように歩いている。
段々と人が少なくなっていく。そうして進んで行った先は、かなり奥の方にある部屋だった。そこにユーリさんとジェーンがいる。そして、その奥には白衣を着た女性がいた。その女性はアリサを見て目を大きく開いた後に笑った。
「来てくれたのね。私はイヴナイア。ここの医者兼研究者よ。私の呼び出しに応えてくれた事を感謝するわ」
そう言ってアリサに頭を下げる。アリサは状況がよく分かっておらず戸惑っていた。だから、代わりに私が会話する事にした。
「アリサに何をするつもりですか?」
「ん? あなたは……」
「ヒナです。もしアリサを実験に使うと言うのなら……」
「いえ、それはないわ。そう。あなたが勇者様と共にその子を保護したという子ね。私はその子の観察記録を読んだの。そこでその子の身体で何が起こっているのかを確認し、可能であれば元に戻すという事を考えているわ」
「…………」
この人からは嫌な感じはしない。悪意もなさそうだし、本当の事を言っている気がする。これなら信じても大丈夫そうな気はする。なら、後は私が検査の時に一緒にいられるようにしてもらうだけだ。
「その検査に立ち会っても良いですか?」
「なるほど。あなたが来た理由が分かったわ。その子を心配してきてくれたという訳ね」
そう言いながら、イヴナイアさんが私の頭を撫でてくる。完全に小さい子扱いをされている気がする。年齢の割りに身長が低いだけなのだけど。
「構わないわ。その方があなたも安心でしょうし。アリサだったわね」
「う、うん……」
「よし。勇者様は、こちらでお待ちください。彼女も女の子ですので」
「ああ。分かった」
ハヤトさん達を残して、私とアリサはイヴナイアさんに付いて行って、奥の部屋に入っていく。そこは診察室のような場所だった。
「それじゃあ、服を脱いで。ここには他に誰もいないから、あまり気にしないで良いわ」
アリサが私を見て確認してくる。【気配察知】には、ハヤトさん達の気配くらいしかない。アリサの気配はドラゴンの頃よりも小さいけど、普通の人達と比べると大きいから、若干調べにくいけど間違いはないはず。だから、イヴナイアさんが言っている事も間違ってはいない。
私が頷くと、アリサは外套と服を脱いでいく。昨日のうちにある程度練習したので、自分一人でも脱ぐ事が出来ていた。
「へぇ……」
イヴナイアさんは研究者の目になってアリサを見ていた。
「羽を広げてくれる?」
「うん」
「身体には触れても良い?」
「うん」
イヴナイアさんは、アリサの身体に触れながら状態を確認していた。私はいつでも動けるように準備をしながら見ていた。
「羽にも感覚はあり、鱗の上からでも感覚はあると。人とドラゴンの部位の継ぎ目と思わしき場所も感覚に違いはない。体温は人よりも少し高い……熱を出していると言えるレベルだけど、本人の体調的には問題なし。これはドラゴンの性質ね。瞳孔は人間の物。視力検査もしておくべきね」
私の警戒を余所にイヴナイアさんは真っ当な検査をしている。これは警戒しなくても大丈夫そうかな。でも、いつでも動けるようにはしておこう。
「視力は2.0か。まぁ、普通と言えば普通ね。口を大きく開いて」
「あ~」
イヴナイアさんはペンライトを持ってアリサの口の中を見る。この世界にもペンライトがあるらしい。魔法で作っているのかな。
「歯は少し鋭いわね。でも、ここも人間のものと大きな変わりはない。咽頭も変化はない。火とかは吹ける?」
「分からない」
「それじゃあ、やってみて」
アリサは、少し困りながらも口をすぼめて息を吐いた。どう見ても火は出ていない。
「今は無理そうね。元々のドラゴンの時には火は吹いた?」
「覚えてない……」
「それは仕方ないわね。この口の状態だと火を吹いた時に、火傷を負う可能性もあるから、色々と注意した方が良いわ。どこから火を出すのかにもよるけれどね」
口を調べた後は、聴診器をアリサの胸に当てて呼吸音を確認し始める。
「身体は至って健康ね。人間の部分だけだから、まだ完全に健康とは言えないけれど」
今度はドラゴン部分を詳しく調べ始める。鱗の状態や爪、羽の皮膜などを調べている。
「ドラゴンの部分を見ても分かるんですか?」
「蜥蜴人族の基準になるけれどね。鱗の形状は多少異なるわね。でも、身体を守っているだけで、触って怪我をするようなものじゃないわ。爪の方も特に異常がありそうとは思えないわね。人を傷付けるのが怖かったら、先端だけでも丸く削るのが良いかもしれないわ。尻尾も健康的なものだから、問題なし。それじゃあ、最後に採血しても良いかしら?」
「うん」
アリサの人間の腕から採血をして、試験管に入れた後にジッと見ていた。その前に魔法陣が浮かび上がっている。魔法的な分析かな。
「血液は人のものじゃないわね。ここに人のものが混ざっていたら、まだアプローチの方法もありそうなものだったのだけど」
「アリサは、元に戻れないんですか?」
「断定は出来ないわね。血液の中に呪いの要素が僅かに見えるから、長い年月をドラゴンで過ごした故に聖女様の『浄化』でも消しきれなかったのかもしれないわ。それか身体に馴染んでしまったものなのかも」
「じゃあ、その呪いを解けば……」
「聖女様に解けないものを常人が解けるとは思えないわ。でも、呪いを掛けた方法が分かれば、その限りじゃないと思うわね」
「呪いを掛けた方法ですか……」
呪いを掛けた方法を探していけば、それを解く方法にも繋がってくるかもしれないらしい。でも、アリサは呪いを掛けられた方法を覚えていない。これからの旅でアリサの記憶が蘇っていけば可能性があるかもしれない。
「あなた達は、ヌートリアにはどのくらいの期間いるのかしら?」
「アリサの身体の事も考えて、一ヶ月はいます」
「それじゃあ、定期的に通って貰えるかしら? この状態になってからの身体の変化を確認したいから。一ヶ月もあれば安定するかどうかが分かるはずだわ」
「分かりました」
「それとアリサちゃんの事は公表する事になるわ」
予想外の言葉がイヴナイアさんの口から出て来た。これは大事な事だから、私も警戒してしまう。
「何でですか?」
「この呪いが判明した以上、同じような状態になった人達が出て来た時の対処法を伝えるためよ。アリサちゃんだけが呪いの被害者だとは限らないから」
「なるほど……」
アリサ以外の被害者が判明した時、アリサという前例を知っているのと知らないのでは、大きく状況が変わってくる。他の人達が私達の警戒した被害に遭わないように前例を出しておく事が必要という事だ。これがある種の牽制になる。
そして、更にアリサの自由にも繋がる。人に見られる事は増えるかもしれないけど、それは今の状態でもあまり変わらない。そのくらいには珍しい見た目になっている。なので、最初からこういう呪いの被害者ですという事を知られている事がアリサのために繋がるところがあるのだ。
「……分かりました。それじゃあ、アリサもなるべく外に出るようにします。冒険者なので、ギルドに広く知らせる形でお願いします」
「ええ。分かったわ」
冒険者として登録するから、そこで知られていると助かる。一々説明するのも怠いし。
そこまで話したところで、アリサが不安そうにしているのが分かったので、その手を取った。
「大丈夫。アリサにとっても悪い話じゃないよ。姿が戻るまでの間もアリサが過ごしやすいようにするって感じだから。どこまで効果があるか分からないけどね」
「そ、そっか……うん。分かった」
「それじゃあ、これからよろしくね」
「はい。よろしくお願いします」
「よ、よろしく」
検査を終えたので、イヴナイアさんと一緒に戻ってくると、ハヤトさんがすぐに迎えてくれた。
「大丈夫そうか?」
「はい。アリサの事は公表するらしいです。アリサが今後過ごしやすくするためと、アリサと同じような呪いの被害者のために、それが良いという事で」
「そうか。まぁ、その理由なら納得だな。それじゃあ、これからは積極的に外に出るという事か?」
ハヤトさんは即座に察してくれる。私と同じ考えをしてくれるから、話もスムーズだ。
「はい。取り敢えず、ギルド登録してお金を稼がないといけませんから。二人になったので、稼ぐ額も上がりますし」
「そうだな。取り敢えず、今日はもう休んでおけ。周知は俺も手伝おう。その方が情報も広まりやすいだろう」
勇者であるハヤトさんが広めてくれるのなら、噂の広がり方も早くなる可能性が高い。勇者という立場は、それだけの力があるだろうから。
「ありがとうございます。それじゃあ、アリサお昼を食べて帰ろうか」
「う、うん」
「それでは勇者様。私はヒナちゃん達に付いていきます」
「ああ。よろしく頼む」
ミモザさんが付いてきてくれるらしい。まぁ、私達二人だけだと心配だから当たり前かな。ミモザさんも一緒に移動しようとしたら、ユーリさんが私の元に駆け寄って来た。
「あ、ヒ、ヒナちゃん。これヒナちゃんから貰った記録の一部を纏めたものです。アリサちゃんの部分良かったら」
しっかりと纏められた紙束を受け取る。綺麗な字で纏められており、ぐちゃぐちゃだった記録よりも遙かに読みやすくなっている。
「え、ありがとうございます。ユーリさんって字が綺麗なんですね」
「え? あ、はい。ありがとうございます」
褒めたからかユーリさんは少し頬を染めながら照れていた。尻尾が思いっきり振られていて可愛い。そんな可愛いユーリさんと別れて、何故か鼻で笑ってくるジェーンの前を通り過ぎ街へと戻った。
お昼ご飯を食べた後、私は寝具屋に行って布団などを購入し、大きな革を売っている場所を探して何枚か購入する。これでアリサ用の寝床が出来る。賢杖ケーリュケイオンで修復出来ても、アリサからしたら宿の備品を壊す事に抵抗があるみたいだし、これからの旅に必要なるから大事な事だった。




