記憶がないアリサ
部屋に入った私は、雷獅鷹の衣を脱いで普段着に着替える。その間に、アリサは部屋の端っこに座っていた。ミモザさんは、アリサが着られそうな服を見に行ってくれている。
(雷獅鷹の衣はどうしよう。ここで直せる人がいるかも確認しないとかな)
そう思っていると、アリサが立ち上がってケーリュケイオンを持って近づいて来た。
「あ……わ……た……し……なお……せる……か……も……」
「そうなの?」
「う……ん……」
アリサがこう言うという事は、本当に出来るのかもしれない。態々嘘を言う必要はないし。もしかしたら、ケーリュケイオンの力なのかな。
私がベッドに雷獅鷹の衣を置くと、そこにアリサがケーリュケイオンを向ける。すると、青い光が雷獅鷹の衣を包んでいき、少しずつ袖が直っていった。
「おぉ……これもケーリュケイオンの力なんだ?」
「うん……賢杖……ケー……リュ……ケイ……オンは……回復……と……しゅうふ……く……の力が……ある……」
「そうなんだ。大分、喋られるようになってきたね」
「うん……」
「ほら、こっち来て」
雷獅鷹の衣をインベントリに仕舞って、アリサを部屋のベッドに座らせる。アリサは戸惑っているけど、その場に留める。端っこにいられると話しづらいし。
「それじゃあ、色々とお話しようか。話してる内にちゃんと話せるようになるだろうし」
「う……うん……分かっ……た……」
ベッドに上に座ってアリサは、かなり縮こまっていた。爪とかが引っ掛からないように細心の注意を払っているという感じだ。その辺りの配慮が出来るというところから、アリサの人間らしさを感じる。
「アリサは何か覚えてる事はある?」
「…………空……を……飛んで……いた……?」
首を傾げているところから、若干曖昧になっているのだと分かる。でも、空を飛んでいたという記憶自体は僅かに残っていると考えて良いと思う。
「ドラゴンだもんね。私、飛んでいたアリサの血を浴びて【竜の血】に目覚めたんだよ」
「そうな……の……?」
アリサも驚いていた。まぁ、アリサが流した血を私が浴びたと言っても、アリサは高いところを飛んでいたから驚くのも無理は無い。ドラゴンとしての意識でも、地上を意識していなかっただろうし。
「うん。最初はびっくりしたなぁ。でも、あの時のアリサは傷付いていたみたいだけど、何かに襲われたの?」
「えっと……人……かな……? 多分……」
「あ、そっか。怖かったね。私もね。悪意のある人に捕まって、奴隷にされてたんだ」
「っ……!?」
アリサが目を大きく広げる。アリサの黄色い瞳がよく見える。瞳孔は普通の人のものだ。大きく見開かれるとよく分かる。
(奴隷の待遇とかも知っているみたい。奴隷が普通にいた時代の人だったのかな)
こういう言葉の端から、アリサがどういう時代を生きていたのか。アリサの知識がどこまであるのかとかを探る事が出来る。この調子でやっていけば、ちゃんと喋られるようになるだけじゃなくて、アリサの記憶も蘇るかもしれない。
「人の悪意で人生が滅茶苦茶になっちゃった同士だね」
「うん……」
「呪いを掛けてきた人の事は何か覚えてる?」
アリサは首を横に振る。そこの記憶もない。人だった頃の記憶は、本当に真っ白な状態かな。何かをきっかけに思い出せると良いのだけど。
「そっか」
「何……で……私を……助けて……くれるの……?」
アリサは唐突にそう訊いてきた。いや、本当はもっと早く訊きたかった事なのかもしれない。無償で与えられる施し程怖いものはない。それはアリサも同じみたいだ。
「う~ん……同情かな。あの観察記録を読んだ時、あいつの事を許せないと思ったの。そして、もしドラゴンが人なら、助けてあげたいって思った。だから、こうしてアリサを助けたいって想いは、同情から来てるんだと思う。アリサは嫌かな?」
「ううん……正直に……言って……くれて嬉しい……同情でも……」
「そっか。それは良かった。私は旅をしてるんだ。その旅にアリサも連れて行く予定だから、アリサの故郷が見つかるかもしれないね」
旅にアリサを連れていく事はほぼ確定だ。人に恐怖を抱いているアリサを置いていく事も出来ないし、下手に残しておいて研究材料にされるのは本当に胸糞悪いから。一応、言葉が通じる訳だし、この国にある可能性もあるから、私の旅でアリサの故郷に着く可能性はある。
「旅……旅をしてる……理由は……あるの?」
「観光かな。私は両親も盗賊に殺されてるし、故郷もうろ覚えでしかないんだ。だから、どこにも行く場所がないの。そういうところから世界を旅しようと思ったんだ」
「故郷を……探してる……の……?」
「う~ん……見つかったら良いかなくらいだね。正直、行ったところで何かがある訳でもないし」
「そっか……私もついて行って……良いの……?」
「うん。勿論」
そう答えると、アリサは少し嬉しそうな表情をする。アリサからしても、私と一緒にいられる方が安心出来るのかな。そうだと嬉しいな。
「それにしても、アリサはしっかりと言葉を覚えてるね」
「うん……」
「やっぱり記憶がないのは、想い出とかみたいだね。もしかしたら、アリサの知っている国とか土地の名前が故郷になるかもよ」
知識を持っているなら、故郷の知識とかも残っているかもしれない。それが何かしらの手掛かりになるという可能性は十分に残っている。
「えっと……何も……覚えて……ない……かも……」
「言葉の意味とかを分かってるだけ?」
「うん……覚えて……いるのは……ケーリュケイオン……の使い方……?」
「そうなんだ」
土地の知識も想い出の扱いなのかな。いや、そもそもある程度の言葉の知識と賢杖ケーリュケイオンの知識が残っているだけで奇跡なのかもしれない。
「ケーリュケイオンを持っている理由とかは?」
「分からない……なんでだろう……? でも……大切なものだった気がする」
「そっか。取り敢えず、呪いが解けた時に持っていたって事は、ドラゴンになるときも手に持っていたって事だもんね。一応基本は私みたいにアクセサリーにしておいて。ずっと持っているのも大変だろうから」
「うん」
アリサは、賢杖ケーリュケイオンを指輪にして右の薬指に着けた。アーティファクトである事が、ここではっきりとした。こうなる武器なんてアーティファクトくらいしかないから。そして、アリサ自身もようやく普通に喋る事が出来るようになっていた。
「さてと、アリサも普通に話せるようになったし、後は身体の調子を確かめるくらいかな。何か変わったところとかない?」
「えっと……特には」
「そっか。何か不調があったら言ってね」
「うん」
アリサに訊かないといけない事は全部終わったので、世間話でもしていこうかと思ったのと同時に部屋がノックされた。十中八九ミモザさんだけど、一応警戒しながら扉を開ける。すると、そこにいたのは、やっぱりミモザさんだった。
他には誰もいないみたいなので、ミモザさんを中に入れる。
「一応買ってきましたが、やはりアリサちゃんに合いそうな服は少ないですね」
ミモザさんが【アイテムボックス】から取り出した服をベッドの上に並べていく。基本的にショートパンツとかが多い。トップスはベアトップのようなものだった。ホックが付いているので、今のアリサでも付けられそうではある。
「ちょっと失礼」
試しにアリサに着せてみる。羽が邪魔するかと思ったけど、肩甲骨周辺は開いているし、ギリギリ何とかなりそう。
「羽の付け根とか大丈夫?」
「うん。平気」
「じゃあ、下も穿いてみようか」
ショートパンツは、蜥蜴人族に合わせているので、尻尾の部分が空いている。尻尾の上に紐を回して締めるタイプだったので、私が締めてあげた。元々人族なら付け方とか知らないだろうし。私が知っている理由はレパがそうしていたからだ。
「どう?」
アリサは軽く身体を動かす。尻尾を振っても問題なく、足の可動範囲という意味でも問題はなかった。
「これ長ズボンとかじゃないのは、鱗の部分を考えてですか?」
「はい。アリサちゃんの足の鱗はズボンを穿くには向かないと思い、なるべく太腿で終わるようにしてみました。基本は外套で隠す事になりますので、あまり問題はないと思います。外套は破ける事も考えて、数種類買っておいたので確認してください」
「ありがとうございます」
外套の大きさは、大体膝まで隠れるくらい裾の長いものだった。これである程度は隠せるけど、足までは隠せそうにないかな。
「う~ん……脛とかはともかく、足先が問題だよね。爪先を揃えたらギリギリ靴に見えないかな?」
アリサが試してみてくれる。でも、微妙にそう見えるかもしれないくらいで、完全な擬態とはいえないものだった。
「う~ん……やらないよりマシかな」
「さすがに靴までは厳しいですからね。せめて、もう少し人に近いものであれば良かったのですが」
「う~ん……いっそ足元まで覆うような外套にするという方法は無しですか?」
「それだと動きにくくなってしまいますので。旅をするという事を考えると、この辺りが限界かと」
「ですよね」
外套の長さで誤魔化すにしても、動きやすさを削り過ぎるのは良くない。こればかりは仕方ないと諦めるしかなさそうだ。他に思い付くのは、あの坑道から逃げる時に子供達にしたような感じで足を布で覆う方式くらいかな。
「取り敢えず、ある程度誤魔化せるかもしれないから、なるべくその状態で歩けるように頑張ってくれる?」
「うん。分かった」
「そうだ。ミモザさんって、何か頑丈な寝具を知りませんか?」
「寝具ですか? ああ、なるほど。アリサちゃんが眠れるようにという事ですね。寝具に関しては、そこまで詳しくないのですが、寝心地を考えなければ革を敷くという方法が出来るかと。普通の布よりも頑丈ですので」
「革……なるほど。大きな革を買ってみるのも良さそうですね。そうしたら、アリサも安心してベッドを使えるでしょ?」
「えっと……ベッドは怖いかな……」
万が一を考えると、それでもアリサは怖いと言う。これはアリサの気持ちを考えてあげたいけど、私だけベッドでアリサが床というのはちょっとね。
「う~ん……寝具を買って、アリサ専用の布団を作るのが良いかな。どの道旅をするのに必要にはなるし」
「ごめんね……」
「全然良いよ。必要なものだし」
アリサの頭を撫でてあげながらそう言う。こっちが気にしていないという事を言葉だけではなく身体で示すのが一番伝わりやすいだろうしね。
ハヤトさん達が上手くやってくれるだろうから、色々と準備を進めないと。




